174 ジュディのお願い
2021.1.28 ブライトン男爵 → ブライトン子爵
「すぐに相談しようとおもってたのに、いつの間にか魔術庁に居ないから、ブライトン子爵に教えてもらって来たのよ。実はね、年明けからの話なんだけど、猫にヘイクス城塞都市の近くまでの護衛をお願いできないか、ライラ姫にお願いしようと思っているの」
ジュディは応接室のソファに座るなり、こう切り出した。
「おいおい、あそこは、蛮族の支配地域だぞ。たしか自分で魔龍王とか言ってるのが居るんだろ?」
マートはそう言って首を振った。
「すぐ近くよ、都市内部じゃなくてもいいわ」
「とはいってもな、理由があるんだろ?それを教えてくれよ」
「そうね。良いわ。今現在、ハドリー王国と、わがワイズ聖王国とは停戦状態になっているけれど、一時的なもので、なにかきっかけがあれば、すぐにまた戦争になるでしょう。それは猫もそう思うでしょ?」
マートは頷いた。
「今、ライラ姫が必死になって情報を集めていらっしゃるけど、ハドリー王国がハントック王国を併合したのはやっぱり間違いないみたいなのよ。元々ハドリー王国とワイズ聖王国の国力はほぼ互角と言われてたみたいだけど、そこにハントック王国の版図がハドリー王国に組み込まれた。ということは当然、ハドリー王国の国力のほうが、ワイズ聖王国よりかなり上になっていると考えないといけない。国二つ分だもんね。ということは、私達がハドリー王国に負けないためには、なんとかラシュピー帝国の協力が欲しい」
「そうしないと、徐々に押されるだけだろうな」
「でも、今、ラシュピー帝国は、魔龍王国と名乗った魔龍同盟率いる蛮族たちの侵攻を止められていないらしいの。帝都の東部はなんとかマースディンの街・セイアの街・碧都ライマンのラインで防衛できているけど、帝都北部に侵入してきた蛮族には対抗できてないみたいなのよ。このままだと、ラシュピー帝国は十年もたたずに飲み込まれてしまうかもしれない」
「十年?そんなに早くか?でもまぁ、そういう可能性もあるだろうな」
「あなたが領地に帰った後、魔術庁では、一つの案が検討されたわ。それは、転移呪文でヘイクス城塞都市まで跳び、奇襲で魔龍王と自称するテシウスという名の魔人を倒せないかというものだった。魔龍王国は、ごく一握りの魔人によって支配されている国だというのは、猫、あなたが調べてくれた事でしょう。ということは、魔龍王個人を倒したら形勢は逆転できるかもしれない。子爵から伯爵に昇爵し、新しく第1騎士団の騎士団長になったライナス伯爵に至っては、運んでくれさえすれば、倒してみせるって自信満々に言ってたわ」
「んー、あの人なら言いそうだが、実際やるとなると厳しいだろ」
マートは、芸術都市リオーダンで城に潜り込んだ時の事を思い出した。オーガキングと魔龍王と自称するテシウスとかいう魔人は一緒に居た。周りにも沢山のオーガナイトも居たし、転移でもぐりこんだ2人で、彼らを倒し、その後逃げ出すというのはかなり難しいだろう。
「うん、結論からいうと、単純に転移呪文で飛んで倒すというのは無理だろうってなった。でも、何か工夫の余地があるんじゃないかという訳で、私は今、転移門という呪文を調べているの。転移門の呪文というのは、転移呪文の上位呪文で、場所と場所を繋ぐ呪文。ほら、前にあなたの隠れ家に私が行っちゃったあの魔道具と同じ効果の呪文ということよ。あれなら、複数の人間が瞬間的に移動できることになる。転移呪文だとせいぜい送り込めるのは2人ぐらいだけど、転移門の呪文なら倒すだけの戦力を送り込めるんじゃないかと思うの。それならまだ勝算が立つかもしれない」
「へぇ、習得出来そうなのか?」
「魔術師ギルドでもまだ誰も習得している者はいない。もうちょっとかかりそうね。でも、どちらにしても、転移呪文と同じで、私が行ったことのないところには飛べないから、一度転移先に行く必要があるわ。だから連れていって欲しいのよ」
マートは溜息をついた。どうして、ジュディはこんなに真っすぐなのだろうと考えたのだ。
「怖くねぇのか?」
マートは思わずそう尋ねたが、ジュディはその質問に軽く微笑んだ。
「そりゃぁ怖いわよ。でも、これは貴族として生まれた私の務め、そして、聖剣を使う騎士を支える魔法使いになるという私の夢をかなえる事でもあるの」
「魔龍王が予言の邪悪な龍だというのかよ」
「わからない。でも、人々を苦しめている事には変わりないわ。聖剣は邪悪な龍を倒すためだけに作られたものじゃなく、人々を救うために作られたものだと私は思ってる。私はそれを支える魔法使いになりたいの」
ジュディは何の気負いもなくそう言った。マートは大きく息を吸い込んだ。
「そうか、理由はわかった。ついでに聞くが、どうして、俺の魔道具を使って襲撃をしたいと言わないんだ?」
マートは以前から懸念していたことを訊ねた。魔法のドアノブを使えば、転移門呪文と同じことができるだろう。正直なところ、彼自身は命を懸けてまで魔龍王を倒そうとは思わないが、そこまで思っているのなら、利用したくならないのだろうか。
「だって、転移門のほうが便利でしょう?転移門呪文は、門を開くための座標となる鍵アイテムをつくらないといけないし、習得するのに時間はかかりそうだけれど、必要な素養は転移呪文と同じみたいなのよ。もし、猫の魔道具をつかって襲撃するということになれば、猫の隠れ家に一旦襲撃する部隊を移動させ、あの魔道具を現地に運ぶという手間がかかるということでしょう。襲撃する部隊は何日待たないといけないの?それに、もし運ぶのに失敗したら、その部隊はどうなっちゃうの?問題だらけだわ」
「なるほどな。そういう事か」
マートはそう言って納得したように返事をした。マートの魔獣スキルである飛行能力や潜入能力を前提にしないのであれば、さほど特別なものではないのかもしれない。
「今回、シェリーたちを王都につれてくるのも同じだったでしょう?たしかに便利だったけれど、転移門呪文がつかえればそれだけでつれてこられる」
そうかもしれない。今回、海辺の部屋に待機してもらって、ジュディに転移呪文で王都につれてくるという手順を踏んだのだが、たしかに転移門呪文であれば、手順は一つ省略できる。
「あ、でもちょっといい事思いついた」
「えっ?何だ?」
マートは少し不安になりながら訊ねた。
「私が、あの猫の隠れ家に転移すれば良かったのよ。そうすれば、私はマートの居るところに扉を使って出られたじゃない。猫たちが花都ジョンソンまでくる必要はなかったわ」
「ああ、それは思いつかなかった。だが、毎日扉を開けるわけじゃないから、ちゃんと予告しておいてくれないと待ちぼうけになるぜ」
「なるほど、そうね。で、話は戻るけど、どうなの?連れて行ってくれる?」
マートは少し考え込んだが、首を振った。
「ダメだ」
「もし、行けるようになっても私1人で転移したりはしない。それは約束するわ。転移門がつかえて、勝算が立たなければ、それは使わない。だから連れて行って」
「当たり前だ。だけど連れて行くのはダメだ」
「どうして?」
「今さっき、お嬢自身がいい方法を思いついたじゃねぇか。潜入は俺だけでやる。魔法のドアノブ経由で来る方が安全だろう。そうすればお嬢は往復するだけで済むぜ。帰りはお嬢の転移で連れて帰ってもらえるんだろ。日程的には年内は無理だろうけどな」
「すごい、それは嬉しいわ。呪文研究にかける時間はいくらあっても足らないの。ありがとう猫」
「ああ、だが2つ条件がある。1つ目はライラ姫にドアノブの話はしたくない。どう説明するかは一緒に考えてくれ。場合によっては、片道にかかる半月ほどの間、どこかに雲隠れして呪文研究をするとかでも良いかもしれないな。2つ目は、お嬢が言ってたことに似ているが魔龍王を倒そうとするときは、生きて帰れる計算ができねぇとダメだ。場合によっては俺もつれて行くこと。戦力にはなれねぇかも知れないが、逃げる手伝いぐらいはしてやるよ。それを約束してくれないと、連れて行く気にはなれねぇ」
「わかったわ。ありがとう」
そう言ってジュディは頷いた。
“私が戦うー” ジュディの返事と同時にニーナの念話が届いたが、それについてはマートは知らん振りをしたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
以前、ジュディが魔法のドアノブを知った時に水煮ショウユ様に感想欄で頂いたアイディアを少し変更し、ジュディが思いついたこととして書かせていただきました。
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