171 ウェイヴィの治療
2021.1.21 シェリーの真剣な顔 → シェリーの真剣な様子
マートは痛む目を庇いながら、衛兵たちに護衛されつつなんとか政務館の自分の部屋に戻ると、泉の精霊のウェイヴィを呼び出した。
「だいじょうぶ?ねこ」
「ちょっと、目がヤバイ、火に炙られた。それと左腕の骨もたぶんいかれてる」
そう言って、マートはベッドに仰向けに倒れこむ。
「よく見せて」
焼けただれ、かぶさった皮膚を広げてウェイヴィが見ると、瞳が焼かれて白く濁っている。
「酷い。ちゃんと見えてる?」
「少しだけな」
癒しの水を使ってウェイヴィは彼の治療を始めた。癒しの水は戦闘時に使えるほどの即効性はないが、じっくりと使えば効果は高い。
“あいつらはやっぱり第2王子の親衛隊だったね。人の事は言えないけど、敵地に2人だけで潜入って、あれだけ魔人を集めてるのに、どうしてサポート役とかはナシだったのかな”
ウェイヴィの治療を受けるマートにニーナがそう話しかけてきた。顕現していない間、記憶などは共有される。記憶奪取した内容について、彼女は判っているのだが、人格は違うので、どうしても受け取り方が違ってくる。連携と同じで意見交換をしておいたほうがよさそうだった。
“ああ、あいつとグラント王子のやりとりの記憶をたどってみたが、親衛隊はあまり組織的には動いていない感じだな。俺の引き抜きも、あの2人が偵察してみようって言い出したみたいだし、俺を殺そうとしたのもスタンドプレイみたいだ。結果はこの通りだし、しばらくは大丈夫だろう。グラント王子のほうは逆に2人には無理するなって言ってたから、親衛隊に対してはかなり甘い感じっぽい。アレクサンダー領に潜入してた間者とかには、見つかったら死ねとかかなり厳しいことをしてるのによ。それだけ人数が少ないってことか”
“うん、それに個人の力が強いから、あまり強制はできないんじゃないかな。宰相やライラ姫が僕達に甘いのと同じじゃない?裏切られるのが怖いのかもしれないよ。ブライアンが元ハドリー王国の親衛隊のメンバーじゃなかったのかって調べてたのはどういう訳?”
“ああ、今は魔龍王国の幹部になってるらしいが、ブライアンっていうのは、元はドラゴンの前世記憶を持つ男からの使者だったんだろ。実はグラント王子がドラゴンの前世記憶をもつ男なんじゃないかって疑ってたんだ。それで、そういうのを思い出そうとしてみたんだが、違うみたいだな。とはいっても、あの男の記憶だけだから確実じゃねぇけどよ。あと、親衛隊にもドラゴンの前世記憶を持つ男からの元使者ってのが居ただろ”
“あれ?そうだっけ?”
“エイモスという名らしい。あいつの記憶から知る限りの親衛隊のメンバーとか出自とか思い出して調べてたのに、見てなかったのか?ああ、どうせ、強そうな奴の事ばっかり気にしてたんだろ”
“あはは、側近の中にミスリルゴーレムの前世記憶を持つのが居たじゃない。どうやって倒せるかなって思ってさ”
“やっぱりな。俺はもう貴族は疲れた。あのとき宰相から圧されて仕方なく領地を持つことにしたが、狙われたりするのは勘弁してほしい。十分に仕事はしただろ?金もできたし、領地に引き篭もってたらだめかな”
“ドラゴンの前世記憶を持つ男については、ダービー王国に攻め込んだ蛮族の勢力を調べたほうがいいんじゃない?あっちにもっと強いのがいるかもしれないしさ”
“俺の愚痴はスルーかよ。ドラゴンの前世記憶とかも、気になったから確認しただけで、わざわざ調べなくてもいいだろ。とりあえず、この傷じゃしばらくじっとしてるしかねぇさ。ニーナはその間、海辺の家に行ってるか?”
“そうだね。ここに来てそろそろ1ヶ月経つし、あの遺跡の資料研究がどうなったか確認したいと思ってたんだ。あと、ああいうときに飛び出せるように顔を隠すような仮面とか作ったらダメかな?”
“ああ、俺もそう思った。そっちはドワーフと相談してきたらどうだ?ミスリルを使っていいぜ。魔法のドアノブは預けとく。金の延べ棒を渡すから、ついでに小麦とか酒とか買って差し入れてやってくれ”
“うん、わかった”
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「マート殿。襲われたと連絡があったが、大丈夫か」
「猫、大丈夫かい?」
「マート様、大丈夫ですか?」
「猫、賊にやられたらしいな」
「猫、生きてる?」
「マート様、御無事ですか?」
30分程して寝ているマートのところに息せき切ってやってきたのは、シェリー。そして、丁度リリーの街から到着したらしいアニス、アレクシア、エリオット、アンジェ、エバたちの合わせて6人だった。
「ああ、シェリー、ちょっとやられたが、大丈夫だ。姐さん、エリオットよく来てくれた。嬉しいよ。アレクシア、エバもありがとう。アンジェも結局来たんだな」
顔にかぶさっているタオルを取ろうとしたマートだったが、横にいた泉の精霊のウェイヴィがその手を止めた。
「ねこ、とらないほうがいい」
「そうか。わかったウェイヴィ。みんな、こんな格好ですまねぇな。至近距離で炎の息を食らっちまってさ。かすかにしか見えてねぇんだ。腕もちょっとな。でもまぁ、癒しの水の効果で数日したら治ると思う」
マートは軽く身を起こしながら、そう言った。
「むぅ、猫がまた知らない女の人と一緒に居る」
「あはは、彼女は泉の精霊さ。名前はウェイヴィ、癒しの水で治療をしてもらってたんだ。シェリーと姐さんは会ったことあるはずだ。ウェイヴィ、また呼ぶよ。一旦は泉に戻っておいてくれ」
ふくれるアンジェに、マートはそう答え、ウェイヴィの召喚を解いた。
「また、寝る前に布を交換するから召喚してね」
ウェイヴィはそう言うと、軽くウィンクしてすぅっとその場から姿を消した。
「シェリー、捕まえた男は目を覚ましてないよな?牙とか、すごい怪力とか、何か他に能力を持っているかもしれないから、扱いには気をつけてくれ」
「ああ、護送してきた衛兵から聞いた。応急手当はしたが、目覚めては居ない。牢屋に入れて、鉄の手枷足枷をつけた状態で監視をさせている」
シェリーはそう答えた。マートは記憶を奪ったので、あの茶髪の男の前世記憶はオルトロスという巨大で双頭の犬の魔獣であり、どんなスキルを持っているというのは詳しく知って居たものの、それをそのまま伝えるわけにもいかず、そのような伝え方をした。
「あいつら、俺にハドリー王国に寝返らないかと言ってきたんで、たぶんハドリー王国の間諜なんだろう。そのうち王都に向けて護送することになると思うが、当面は牢屋暮らしをしてもらわないといけない。手間だがよろしく頼む」
「わかった、伝えておく。しかし、こうやって命を狙われるということであれば、今までのように1人でうろうろするのは危険だと思うのだ」
シェリーがマートの様子をじっと見ながらそう言った。
「ありがとう、シェリー。だが、ずっと護衛が付くっていうのもな」
「来る途中に相談したのだが、私の代わりにエリオット殿がパウル殿の補佐に入ってくれるそうだ。だから男爵領の運営としては心配ないと思う」
「??、いや、大丈夫……」
シェリーはマートのいう事はあまり聞いていない様子で、どんどん話を進めていく。
「暗殺者は他にも居るかもしれぬ。アニス殿とアレクシア殿、私の3人で、交代で怪我が治るまでの間、護衛をしようと思う。エバ殿とアンジェ殿も身の回りの世話をしてくれるとの事だ」
「ぇ?」
「だから、私達5人は、この政務館でしばらく泊まる。マート殿も安心していいぞ」
「いや、俺は大丈夫……」
「大丈夫ではない。マート殿の身にもし何かあれば、この領の者はみな路頭に迷うことになるのだぞ」
「……」
シェリーの真剣な様子に、結局マートは何も言えなくなったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
男爵領での話はここで一区切りとしたいと思います。次は章を改めます。
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