170 ヘッドハンティング
「そんな気はねぇよ」
そういう事かと思いながら、マートは苦笑いしながら即答した。男の1人が身を乗り出す。
「ホントにねぇのか?今ならクリントン牢獄での事も、ブロンソン州での戦いの事も、碧都ライマンでの事も全部水に流すという国王陛下の有り難い仰せなんだ。乗っておいたほうが良いんじゃねぇか?」
「何のことか判らねぇな」
「何をとぼけてやがる。あれだけ活躍して、ワイズ聖王国の王都じゃ英雄物語にもなってる癖に今更判らねぇなんてよく言えたな。これがお前さんが生き延びる最後のチャンスだ。悪いことは言わない。ハドリー王国に乗り換えな。勝ち馬に乗るのは決して恥ずかしい事じゃなく、賢い事だぜ。お前さんも孤児出身なんだったら、そのあたりはよくわかってるんじゃねぇのかよ」
マートはそう言われて再び苦笑した。生き残るために裏切るという事は仕方ない事だというのは嫌と言う程判っているし、それを非難する気もない。だが、有利だからと簡単に寝返る奴がどちら側からも信頼されないというのも知っているし、そういう役になる気もなかった。
「誘うにしても、もっと違うやり方を考えな」
「そうか、残念だ」
【炎の息】
予備動作もなく、灰色髪の男はいきなりマートの顔面に向けて炎を吹き出した。マートは重いテーブルを蹴り上げて後ろに跳ぶ。
『耐熱』
警戒をしていなかったわけではなかったが、距離が近すぎた。高温で炙られた顔面はジンジンと痛み、視界はほとんど失われていた。ニーナの視界を借り、いつもと違う感覚に戸惑いながらなんとか腰の剣を抜いて、2人に対して身構える。
「ちっ、油断してなかったか」
マートが蹴り上げたテーブルを受け止め、横に放り投げながら、茶髪の男がそう呟いた。
「そうみたいだな」
灰色の髪の男も椅子から立ち上がる。2人共、口が耳あたりまで裂け、犬歯がむき出しになる。
「親父さん、客を逃がしてくれ、あと、衛兵に連絡だ、付近は危ないから立ち入らせるな」
『治癒』
マートが居た周囲と天井は真っ黒に焦げていた。店に居た連中は突然の出来事に呆然としていたが、その言葉で我先にと店の外に逃げ始める。ニーナの唱えた治癒呪文で痛みは少しだけ治まり、本来の視覚もぼんやりとだけ見えるようになった。
「けっ、余裕かましてんじゃねぇ」
灰色髪の男のほうが先に突っ込んできた。その影に隠れるように茶髪の男も突っ込んでくる。
【肉体強化】
灰色髪の男はマートの足元に滑り込むようにして突っ込んできた。
灰色髪の男の<縮地> 格闘闘技 --- 踏み込んで殴る。
そして、ほぼ同時に後ろの茶髪の男が飛び上がり、斜め上からマートの喉笛を目掛けて飛び込んでくる。
茶髪の男の<縮地> 格闘闘技 --- 踏み込んで殴る
『氷結』
【飛行】
上下2連の攻撃に、マートは灰色髪の男の足を凍らせ、飛び込んでくるスピードを殺して、ジャンプで躱した。そして、飛行スキルを使って空中で体勢を変え剣を構えた。茶髪の男は驚きに目を見開いたが、飛び込むのを止めることは出来ない。両手を突き出し、大きく顎を開いてマートが待ち構えるところに飛び込んでいく。
<反剣> 直剣闘技 --- カウンター攻撃
飛び込んでくる茶髪の男を待ち構え、噛み付いてこようとする牙の生えた顔面を強欲の剣でなぎ払う。茶髪の男は剣戟の勢いで横に吹っ飛んだ。
【炎の息】
躱され、足元に入り込んだ形になった灰色髪の男は自分の真上で浮かんでいるマートに再び炎の息を浴びせてきた。だが、マートは耐熱の影響でそれを受けてもダメージを受けた様子はない。そのまま、着地して灰色髪の男の顔面をそのまま思い切り蹴り飛ばす。
「くそっどうして、俺の炎の息が効かねぇんだ。おい、ブラウン大丈夫か?」
顔面を蹴飛ばされた灰色髪の男は、自分の足についている氷の塊を壊して素早く体勢を立て直した。マートはスキルにしても呪文にしても言葉に出して使っていないので、耐熱呪文を使ったことに気付いていない様子だ。そして、彼がブラウンと呼んだ茶髪の男は、マートに斬られた耳の上の傷がぱっくりと口を開けて、そこから大量に血が流れ出ており、身を起こそうとしているが、まだ朦朧としている様子だった。
「よくもやりやがったな」
<旋脚> 格闘闘技 --- 全周囲攻撃
灰色髪の男は身体のバネを使い、脚を振り回しながら、立ち上がった。マートは一歩下がってその脚を避ける。
<発勁> 格闘闘技 --- 遠隔攻撃技
灰色髪の男は、闘技で素早く圧縮した空気のようなものを飛ばして攻撃してきた。射程は短いものの、格闘スキルで使える唯一の遠距離攻撃技だ。★4はないと出来ない技である。
【毒針】 -神経毒
『即死』
躱しきれないと判断したマートは左腕で自分の急所を庇いつつ、毒針スキルで反撃した。ニーナも文様から呪文を同時に使う。
「ぐっ」
マートは受けた激痛に思わず声が出たが、ほぼ同時に灰色髪の男も、ううと呻いて地面に倒れ伏した。骨が折れたらしく痛みで肘がうごかなくなったが、なんとか身構えつつ相手の様子を窺う。ぴくりとも動かない。ゆっくりと近づき、灰色髪の男が絶命していることを確認した。
“ニーナ、ありがとよ”
“ううん。どうしようか迷ったけど、最後は殺すことで一致したね。戦闘中に変に呪文を使うと邪魔しちゃうかなって思うんだ。感覚を共有するのもそうだけど、連携については、練習したほうがいいかもね”
“ああ、そうだな”
マートは周りを見回し、酒場の中には誰も居ない事を確認した。左腕をぶらぶらさせながら、立ち上がろうとしている茶髪の男に近づく。
【毒針】 -昏睡毒
『記憶奪取』
男はそのまま意識を失った。マートは茶髪の男の記憶を奪って、その記憶を探り始めた。そして、しばらくして衛兵たちがやってくると、怪力や牙などにくれぐれも注意するように注意して引き渡したのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
チートなどでよくある並行思考的な事をニーナを使ってやってみましたが、それぞれ人格とかがあると難しく、うまく連携できません。人格が乖離しすぎてるからかな?(苦笑)
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