15 品定め
花祭りはまだ盛り上がっているが、フィンレイの隊商はリリーの街にもどることになり、マートたちは早朝からその準備に追われていた。仕事は護衛だが、いろいろと雑用に引っ張り出されるのだ。
「あーあ、ハリソンたちは結局来なかったな。お茶代と賂分、立て替えたままだっていうのにさ。マクギガンの街に取り立てに行くっていうほどの金額でもないのが微妙だよな」
そんなことを呟きながら、マートも馬車に荷物を積み込むのを手伝っていたが、立派な馬車が1台宿屋の前に到着した。
「ここに猫が居るでしょう?呼んできて」
聞き覚えのある声だ。たしかアレクサンダー伯爵の次女、ジュディ。礼にでも来てくれたのかもしれない。マートはそう考え、手伝いを中断してそちらに向かうと、フィンレイさんと護衛のスティーブが、彼女を出迎えて話をしていた。彼女の横にも護衛役と思われる騎士の格好をした女性が1人立っていた。赤毛をショートに切り揃え、革鎧を着ているにもかかわらず、胸の自己主張が激しい。
「ふふん、猫いたわね」
「お嬢、おはよう」
「お嬢様に失礼な……!」
その横に立っていた女騎士がジュディを庇うようにし、マートにたいして声を荒げた。
「シェリー、良いのよ」
「ですが、お嬢様」
「良いの。わかった?」
「わかりました」
シェリーと呼ばれた女騎士はしぶしぶ了承したが、まだマートを睨みつけている。彼は気にせずジュディに話しかけた。
「えっと、どうしたんだ?この間の礼なら、金とかが良いんだが」
シェリーの眉が角度を増したが、ジュディはまぁまぁとそれを制して話をはじめた。
「ちょっと、用事があって、リリーの街まで行くことになったの。丁度フィンレイさんに一緒にって話をしてたところよ。礼の話は、リリーの街についてからね」
「へぇ、そうなんだ。わかった」
「丁度いいから紹介しておくわね。彼女はシェリー。私の護衛騎士よ。毎年、うちの騎士団での剣技部門の大会では男たちに混ざってベスト8に入る腕前なのよ」
ふんっとばかりにシェリーはそっぽを向いた。
「あとは御者のジョンと小間使いのクララが馬車のところにいるから、後で会わせるわね。とりあえずリリーの街まで護衛よろしくね」
「ああ、任せておきな」
マートは微笑んでそういうと、出発の準備に戻っていった。
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伯爵のお姫様一行が同行するというので、フィンレイの隊商の面々は足取りも軽く、良い所を見せようと張り切っていた。ジェシーやグランヴィルたち護衛も例外ではない。
行きはゴブリンに何度も襲われ最後には犠牲者も出たのでかなり士気は落ちて居たのだが、しばらく続いていた雨が上がったこともあり、そのような雰囲気はまったくなかった。
「お嬢様、今日は良い天気ですね」
4人乗りの小型馬車に揺られながら、小間使いのクララは肩まで伸びたブラウンの髪をかるく払いながら、横に座るジュディに明るくそう話しかけた。彼女は、ジュディの魔術学院での寮にも同行し、身の回りの世話をしており、かなり親しい間柄だ。向かいには、護衛騎士のシェリーが座っている。
「そうね、クララ。ずっと雨だから心配していたけれど、よかったわ。このままずっと晴れるといいのだけれど」
「隊商っていうのは、かなりゆっくりなんですね。いつも学校に向かうときの乗合馬車だともっと速いからお尻も痛くて大変ですけど、これぐらいなら快適です」
「荷物が重たいからあまり速度を上げられないのだろうな」
シェリーがそう応えた。
「なるほど、だから護衛の皆さんは荷物を減らすのに全員徒歩なのですね。大変ですね」
「ああ、いや、彼らは警戒のためにも徒歩で移動しているのだろう。今回護衛隊長のアニスという女性が斥候役の2人に指示して、道の安全を確認したりしているようだ」
「斥候って大変なんですね。あっちの黒髪のほうでしたっけ?お嬢様がお気に入りの猫ちゃんっていう斥候さん。たしかにワイルドな感じのイケメンさんです」
クララにそう言われて、ジュディが不機嫌っぽく頬を膨らませた。
「クララ、そのお気に入りって言い方はちょっとどうなのよ。誤解を招くじゃない」
「でも、わざわざ学校を休んで、杖作りの材料探しっていう理由まで作るなんて…。あー、言いすぎました。お嬢様ゴメンナサイ」
「本当なのですか?お嬢様」
シェリーが心配そうに尋ねた。
「もう、そんなことないって。大丈夫。クララはそういう話好きだから、全部そんな話にしちゃうのよ。魔術学院でも、他のお付きの子とずっとそんな話ばっかりしてたみたい」
「だって、お嬢様が授業の間暇を持て余す人も多くて」
「だから、あなたにも勉強しなさいって言ったじゃない。メイドも教養が求められるんだから」
「本とか読むと眠くなっちゃうんですよぉ。それより、シェリーはどういう人が好みなんですかー?やっぱり筋肉があるあのグランヴィルさんやジェシーさんみたいなタイプですか?それとも、ハリソンさんみたいなさっぱりしたイケメンタイプ?、あーハリソンさんの護衛のレドリーさんとか、今回でいうとクインシーさんみたいな渋いタイプとか?」
クララはそういう話だとすごく舌が廻るようだ。
「いや、私は男は……」
「えっ?シェリーさんは同性が…?」
「同性?よくわからないが、とりあえず私は恋愛には興味がない。今は剣の腕を磨くので精一杯で、男には興味がないよ」
「勿体ない、そんなすごい武器もってるのに」
「胸なんてどうでもいい。剣を振るのに邪魔なだけだ。弓を射るときにも怪我をしたりするしな。それより、お嬢様、本当にあの男、大丈夫なのですか?」
シェリーがジュディに改めて聞いた。
「うん、私はすこし話しただけだけど、いい人だっていうのはわかったわ。あとは、扉の向こうに待ち伏せが居るかどうか、音を聞くだけで判断するだけの力がある。ハリソンとレドリーは、彼に命を助けられたって言ってたわ。2人によると、真っ暗なバッテンの森の奥を迷いなく案内し、無事に送り届けたらしいの。お父様にも話したけれど、私の魔法の杖の材料を探すには、協力してくれる本当に腕のいい斥候が必要なのよ。ホント、お気に入りとかそういう事じゃないの」
「斥候など、他にもたくさん居りますし、第一、あの言葉遣いはどうかと思います」
「おべっかばかりの連中はもううんざりなの。あれぐらいの言葉遣いが楽だわ。彼が本当に信用できるかどうかはシェリーとクララがこの旅で見極めて頂戴。あなたたちは私が小さい頃からずっと一緒にいてくれたもの。実際に見て確かめて欲しいわ」
「かしこまりました」
「うん」
読んで頂いてありがとうございます。