158 待機
「というわけで、捕まえてきた。騎士団が情報を持っているというのがばれない方が動きやすいだろうしな」
マートは、捕まえた男をライナス子爵に引き渡した。
「重ね重ね助かる。我が騎士団でも斥候は居るのだが、それぞれの小隊の中の従士がその役割を担っているだけでな。諜報、防諜という意味では極めて弱いというのは、先程の会議でも話題に上ったところだ。俺などは正直どうしたらよいのかわからん」
「それは、国側も同じようなものみたいだな。だから俺みたいなのに、こんな仕事が回ってくる。ハドリー王国では、第2王子であるグラント王子が俺たちみたいなのを集めて親衛隊というのを作っていると聞いていたが、それを諜報にも使っているみたいだ」
「それが、そなたが捕まえてきたあいつというわけか」
「ああ、軽くカマをかけたら、それにひっかかって、むこうからぺらぺらと喋ってくれたよ。潜入部隊は碧都ライマンの城門を開けようとしているみたいだぜ」
マートは男とのやりとりを説明した。
「そうなのか。ロレンス伯爵は迷っておられたが、これでパーツが揃ったな」
ライナス子爵はにやりと笑った。
「じゃぁ、ここでの俺の仕事は終わったという事で良いか?戦争自体は俺の仕事じゃない」
「もちろん、ここから後は俺たちの仕事だ。任せてくれ。とりあえずこれは返しておく。ライラ姫から必ず返すように念を押されたのでな。だが、今の話だと数日で決着がつくかもしれぬ。その場合、ライラ姫と再度連絡を取る必要が出てくるだろう。1週間ほどはこのあたりで待っていてくれぬか?」
「1週間。長いな。でもわかった」
マートは長距離通信用の魔道具をライナス子爵から受け取るとマジックバッグにしまった。
「ライラ姫から伺ったのだが、そなたは魔龍同盟という魔人の組織を追っているらしいな。それとかかわりがあるかどうか判らないが、芸術都市リオーダンを占領しているオーガキングの軍勢の中に、巨体で角が生え、顔の半分が赤色の人間を見かけたという話がある。逃げ出してきた連中から聞いたのだ。あとは我々が討伐した蛮族の集団にも人間らしき姿を見たという話があった。そのときは見間違えであろうと気にも留めなかったが、関連があるかもしれぬ。一応伝えておく」
オーガキングというのは、オーガナイトのさらに上位種である。数千~数万体のオーガを支配するという恐るべき相手だ。
「わかった。ありがとう。助かるぜ。オーガキングか……近寄りたくない相手だ」
「ラシュピー帝国でも高名な騎士が何人もやられたらしい。俺は戦ってみたいがな」
ライナス子爵はそう言って、凄みのある笑みを浮かべたのだった。
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碧都ライマンは、戦争と蛮族の襲来とでかなりの人々が逃げ出したらしく、通りは閑散としていた。表通りの店は軒並み堅く扉を閉めており、衛兵隊が神経を尖らせながら時たま通るばかりだ。マートは街のあまり人が出入りしていないであろう塔の中に入り込み、階段もないところの壁で魔法のドアノブを使うと、海辺の家に戻ったのだった。
「猫、お帰りなさい」
彼に一番最初に気が付いたのは、モーゼルという名の女だった。元魔龍同盟12人の中の1人で、たしか前世知識はスライムで、溶解☆2、変形☆2、吸収☆1というスキルを持っているらしい。顔の半分の皮膚が溶けたように垂れ下がっていたのだが、ニーナと変形スキルの使い方を練習し、普通の顔になることができたという。
「よう、モーゼル。調子はどうだ?」
「うん、絶好調だよ。ほらっどう?」
そう言って、モーゼルは、たゆんたゆんと揺れる自分の胸をマートに押し付けた。彼女はニーナに変形スキルで一番のコンプレックスであった顔はもちろん、自分の体型も自由に弄れることを教えてもらって有頂天なのだ。魔龍同盟では変形スキルは手や足を武器に変える技としか教えてもらえなかったらしい。
「はいはい、確かに絶好調だな」
「でしょう?今までは誰も私の事を化け物としてしか扱ってくれなかったんだ。ニーナと猫のおかげよ、大好きっ」
「ありがとな、そのニーナはどこに居る?」
キスをしようとしてくるモーゼルをあやしながら、マートは尋ねた。
「ん?たぶん会議室よ」
「ありがと、一緒に行くか?」
「海に魚とか貝とかを取りに行く途中なの。今晩のおかずになる予定。猫も今日は食べていく?」
「そうだな。ちょっと予定が空いたから、たまには食べていくか」
「わーい、じゃぁ、がんばってたくさん取ってくるねっ」
モーゼルは元気に手を振って、海岸の方に向かっていった。マートは、階段を上がり会議室に向かう。会議室ではニーナと他8人ほどが、ああでもない、こうでもないと論議を交わしていた。
「ただいま、研究はどうだ?」
「どうだもなにも、まだ1週間ほどしか経っていないんだ。まだ、何もわかるわけないじゃないか。資料の分類が少し出来たのと、古代語のごく簡単な辞書を作り始めたという程度だね。辞書はまだ100語も超えてないぐらいさ。そのあたりは魔法の素養のある連中とない連中とでは全然理解度が違うっていうのはわかったけどね。それでも、みんないろんなことに興味があるみたいで結局全員で手分けしながらやってるよ。わからないことは魔剣が結構教えてくれてる」
ニーナは楽しそうにそう言った。
「あと、家から海辺への道をすこし歩きやすくして、その道沿いに畑を広げたよ。今は芋ばっかりだけど、そのうち豆とかいろいろ植えたいってさ。それと、自生してるサトウキビを見つけたから、アンジェたちに持って帰るといいよ」
「サトウキビ?」
「ああ、汁が甘い竹さ。暑い所でしか採れないんだ。煮詰めた粉が砂糖で、高級品なんだよ」
「へぇ、甘いものといえば果物とか芋か栗ぐらいしかしらねぇが、そんなに甘いのか」
「今度用意しておくよ」
「そうか。下でモーゼルと会ったよ。すっかり明るくなったな」
「ああ、あの子はね。かなり抑圧されてたから、はじけぶりもすごいわ。どうしたんだい?今日は早いね」
「第3騎士団と話ができてな。しばらくの間、碧都ライマンで時間を潰すことになった」
そう言って、マートはニーナに状況を説明した。
「オーガキング?良いね、一度やってみたかったんだ。早く倒しに行こうよ」
「いや、だから1週間ほど戦争の結果を待ってからだな」
「しょうがないな。わかったよ。それを待ってから一緒に行こう」
「研究はもういいのか?」
「うん、方向性は決まったから、出発までには、12人に任せられるようにする。オーガキングと戦える機会なんてめったにないんだし」
「おいおい、俺は戦いたくないんだ。戦うのは最後の手段だ」
「えー」
ニーナは上目遣いにマートを見た。
「そんな顔をしても、戦わない。狂犬ライナスと一緒だな。この戦闘狂め」
「ちぇっ」
ニーナは口を尖らせた。
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