147 ライラとジュディ
新しく設置された魔術庁は、王城内ではなく、貴族街の外側にある古い塔に設置されているらしく、ライラ姫とマートは馬車で移動することとなった。
王族の移動であるから、さぞ立派な馬車だろうとマートは考えていたが、案に反してその馬車はかなり小さく2人乗れば精一杯のものであった。
「先に乗ってくださる?」
ライラ姫はニコリと笑って、マートに先に乗るように勧め、自分はその後から乗り込んできた。肩が触れ合うほどの距離で、麝香系の香水の香りがマートの鼻腔をくすぐってくる。近くで見ると、ニーナによく似ているが、その肌の白さは彼女の立ち居振る舞いによってより透明感を増しているように思えた。
「マート様が来てくださって、本当によかった。ずっと待っていたのです。衛兵隊の件ではありがとうございました」
彼女の言う衛兵隊の件というのは、彼女の姿で魔龍同盟のトカゲを倒したときの事だろう。
「いや、あの時も捕まえれるかと思ったんだがな、残念だった」
「だから、弓を使われたのですね。どうして精霊魔法や幻覚呪文を使って倒されなかったのかと思っていました」
「ああ、倒すだけなら、もっと楽な方法があったんだがな。どうなるかわからねぇから手の内が判り難い様にわざとああしたのさ。余計目立っちまったかもしれねぇけど、許しておいてくれよ」
「あれ以来、私の事を弓姫と呼ぶ者がおりますのよ。私自身は弓をつかえませんのに」
ライラ姫はくすくすと笑い、身体を寄せると、エメラルドグリーンの瞳でマートの顔を下からじっと覗きこんだ。
「もうすぐ到着します。しばらくは王都に居て私を助けてくださいね」
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魔術庁の塔は、元々は近衛騎士団の兵舎として使われていた建物を再利用したということで、敷地はかなり広く、練兵場なども併設されていた。マートにも、部屋がいくつか与えられたのだが、早速その部屋にメイドのクララを連れたジュディの訪問を受けたのだった。
「猫、ようやく来たのね。待ってたわ」
「お嬢、新年のパーティ以来か。宮廷魔術師になったらしいな。まずは夢の第一歩おめでとう」
「ありがとう。あなたこそ男爵に叙爵するって聞いたわよ。おめでとう。もう、猫って呼んだらダメってお父様に怒られちゃうかもね」
「情報が早いな。だが、俺がそんな事をいうわけないだろ。俺の言葉も相変わらずだしな。ずっと猫でいいさ」
「どんどん功績あげて伯爵様とか侯爵様とかになったらそういうわけには行かなくなっちゃうわよ」
「ならねぇ、ならねぇ。今回も仕方なく叙爵した感じだからな。そんなことがあるとしたら、その頃にはお嬢も勇者を支える魔法使い様ってのになって、もっと偉くなってるだろうさ」
「でも、猫は宰相様、ライラ様のお気に入りだから、どうなるかわからないわ。今回、魔術庁に猫が呼ばれたのだって、ライラ様がかなり推したからって話よ。宮廷魔術師たちは、魔術師に関わりのない者が魔術庁に名を連ねるのはどうなのかってかなり抵抗したって話だもの」
「俺が望んだ訳じゃないんだがな。魔術庁って言っても、事務官や下働きもいるだろうし、真理魔術だけで独占するっていうわけには行かないんじゃないのか?そのうち、神聖魔術、精霊魔術のそれぞれについても精通している者が必要だって話にもなるだろうしよ」
「神聖魔術は既に教会のほうから申し入れが来ているみたい。精霊魔術については、わからないわ。使い手自体どこに居るのかすらわからないのだもの。私も、マートと、あの森の老人以外に精霊魔術師は知らないし、こういうことには興味がなさそう」
「精霊魔術師は参加したがらねぇかもな。そういう権力争いの話はまぁ置いておこうぜ。とりあえず、俺は以前と同じで猫って呼んでくれ」
「わかったわ。ライラ様から聞いた話によると、あなたは、魔道具の資料とかを沢山持っていて、私たちの研究を手伝ってくれるという話だけど?」
「ああ、すでにこっちでは既知の感知の魔道具、魔法無効化の魔道具の他に、空飛ぶ絨毯、萬見の水晶球という魔道具の資料と実物をかっぱらってきている。今は第2騎士団の騎士団長のエミリア伯爵に預けてあるが、彼女の指揮する防衛戦の段取りのつき次第、お嬢の手許にと言ってある」
「空飛ぶ絨毯、萬見の水晶球、そんな魔道具があるのね」
マートは順番にジュディにそれらの魔道具の説明をした
「たしかに、そんなのがあれば、戦況は変わるでしょうね。実物はいつ私たちの手許に来るの?」
「空飛ぶ絨毯については、ランス卿の使者がこちらに向かっているはずだからあと1週間ぐらいだろうな。萬見の水晶球については、エミリア伯爵に全部預けているが、そのあたりはライラ姫と相談してみたらどうだ?」
「わかったわ。ウルフガング教授とも相談してみる。どちらにしても魔道具の解析にはすごく時間がかかるから、すぐには手が回らないでしょうね」
「俺が依頼したあの祭壇のときは2週間ぐらいで終わったじゃねぇか」
「あれは、力の向きを変えてコントロールするだけという話だったから早かったのよ。力の解析とかしていたらあんな時間じゃ終わらなかったはずよ」
「そういうもんなのか。まぁ、俺は専門家じゃねぇからな。俺がこの魔術庁で何ができるのかよくわからねぇな」
「しばらくは、私や、他の宮廷魔術師たちが作る試作品が有効なのかという会議に呼ばれると思うわ。猫はハドリー王国の装置を破った唯一の経験者だからね」
「わかった。じゃぁ、朝から昼過ぎまではこの部屋に居ることにしよう。しばらくはそれで十分だろ。それ以外の時間は第2騎士団の様子や、他の調査などで出歩くので、他の宮廷魔術師たちにもそう言っておいてくれ」
「ライラ様を通じてそういう連絡をしておくわ」
「あと、シェリーからの伝言だ。1年ぐらいでなんとか付近の蛮族を平らげて王都に行きますので、それまで待っていてくださいだと」
「あはは、彼女らしいわね。わかったわ」
「見たところ、ここの警備もかなり甘そうだが大丈夫なのか?」
「ここは王都なのよ?それも、ここは貴族街の中にあるの。大丈夫よ」
「ライラ姫と一緒にここに来たんだが、彼女にも護衛の騎士はついていなかった。ハドリー王国と戦争をしてるのにさすがにどうかなと思うぜ」
そう言われて、ジュディは少し考え込んだ。
「わかったわ。襲われても返り討ちにするぐらいの力はあると思うけど、念のためお父様にお願いして王都常駐の騎士たちを回してくれるようにする。ライラ様にもそう言う話をしておくわ」
「ライラ様とはどういう関係なんですか?」
急にクララが目を輝かせて聞いてきた。
「ん?別に何も関係ないけど?」
マートはそう答えたが、クララは首を振った。
「ライラ様が猫さんのことを特別に気を留めていらっしゃるというのは、私たちの間でもすごく噂になっているんですよ」
「さっき、お嬢もそう言ってたな。俺が王都に居た期間っていうのはすごく短いんだけどな。どうしてそうなったんだか」
「でも、猫さん、ライラ様にはあまりのめり込まない方がいいかもですよ」
「ん?それはどういう事なんだ」
「今回、宰相様やライラ様、第2騎士団長のエミリア伯爵は主戦派ですが、実はハドリー王国となんとか和平を結ぶべしという派閥も存在するのです。ジュディさまのお姉さまが嫁がれたアレン侯爵もその一人と言われています。彼らは国王陛下のお気に入りであるライラ姫がハドリー王国に嫁入りすることで今回の戦争を終わらせようと画策しているという噂です」
「体の良い人質ってやつじゃねぇか」
「まぁ、そうですね。でも戦争で人が死ぬよりはそういう形で講和すべしっていう意見も意外と根強いみたいなのです。マート様はどう思われますか?」
「だから、あんなに焦ってんのか。気持ちは判らなくもねぇけど、俺には関係ない話としか言いようがないな」
マートがそう言うと、クララは詰まらなさそうな顔をした。
「さすが、猫さんです。お嬢様の事をお忘れなく」
「ばかばかしい。ライラ姫もお嬢も俺みたいな冒険者上がりの事なんて眼中にねぇだろうさ」
マートは手を振って軽く否定し、それを聞いたジュディは微妙な笑顔をうかべたのだった。
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