143 新しい生活と小人《リリパット》たちの陰謀の顛末
「お帰りなさいませ、マート様」
「猫、おかえり」
「マート、おかえり」
「マートさんおかえりなさい」
店番をしていたエバとアンジェ、アンジェの親父さんとお袋さんが迎えてくれ、マートもただいまと返事を返して中に入っていく。中では一緒に脱出してきた2組の夫婦がティナたちと一緒に台所と、さらに使っていない鍛冶場にまでテーブルを並べ、なにやら料理を作っていた。ティナたちも最近は少し笑顔を見せるようになり始めたようだった。
「何をしてるんだ?」
マートが尋ねると、2組の夫婦のうち、年上のほうの奥さんがにっこり笑って答えた。
「ああ、何もしないと気が滅入るしね。みんなであんたの店で売る惣菜を作ってるんだよ。元々、私はマクギガンの街でも評判の飯屋だったんだ。おいしそうだろ?」
「そうだったんだ、それは良いな。ランス卿との交渉はもう少しかかりそうだ。好きにやってくれてていいぜ」
「ふむ、まぁ良い。ここは居心地が良いしのう。儂のところは肉屋だったんじゃ。お前さんの燻製はなかなか良い物じゃな」
「ウィシャート渓谷の村でちょっと教えてもらってな。さすがに、あのレベルの味までには行かないが、俺なりに工夫して作ってるんだ」
「ウィシャート渓谷!あそこの山羊の燻製は儂も聞いたことがあるぞ。なるほどな、それは納得じゃ」
「そうそう、ありがとよ。服を買う金まで出してくれたそうじゃないか。どうだい?私達も美人になっただろ?」
元肉屋のおかみさんがポーズを取った。皆笑っている。二組とも監獄では50歳ぐらいに見えて居たが、こうやって見ると40歳手前ぐらいかもしれない。
「ああ、10才は若返ったな。そうやって笑ってるとまだ二十歳ぐらいに見えるぜ」
そうマートも笑いながら返した。
「二十歳ぐらいだってさ。あはははっ」
皆、だんだんと笑顔を取り戻してきているようだ。マートはまた後で食べさせてくれと言い、手を振りながら、2階の自分の部屋にむかったのだった。
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「さて、あの宰相は何を書いてきているのかな」
マートは部屋で宰相からの手紙の封蝋を解いた。巻かれていた羊皮紙を広げる。そこには神経質そうな細い文字でびっしり書かれていた。
彼からの手紙によると、マートからの連絡でキャサリン、タマラ、タラッサの3人の姫の醜聞については知ることが出来、遅れて緘口令を敷いたがあまり効果はなかったこと。ライラ姫が衛兵隊を助けたというマートが演出した事柄を表面に押し出すことで王家全体のイメージダウンは免れたとなっており、マートの策が当たったということで、礼の言葉が連ねられていた。
ただ、せっかく捕まえた小人については、結局すぐに逃げられてしまい、これも、マートが気にした通りの結果になったようだった。
キャサリン、タマラ、タラッサの3人の姫は修道院に入って謹慎する身になり、キャサリン姫とザビエル子爵の婚約は解消されたらしかった。そして、彼の父親であるウォレス侯爵は今回の失点挽回のためにハドリー王国への出兵を提案し許された事、マートが以前発見したハドリー王国の間諜が使っている魔道具をブライトン男爵を中心に、今年魔術学院を卒業し、宮廷魔術師となるジュディがそれらの研究を始める事といったことが書かれていた。そして、マートをジュディの補佐官として、雇いたいので一度話をしたいという事が手紙には書かれていた。
「失点挽回に出兵っていうのは、侯爵領の騎士にとっては酷いとばっちりだな。とはいえ、ハドリー王国は、かなり謀略を仕掛けて来てたみたいだから、そのうち戦争にはなったんだろうけどさ」
マートは思わずそう呟いた。そして、最後にあるジュディの補佐官という話を読んで、マートは考え込んだ。ワイズ聖王国としては、ハドリー王国に対抗するために魔道具の研究が必須だという宰相の判断は正しいだろう。空飛ぶ絨毯の事を知れば、もっと緊急性が増すに違いない。彼のマートを呼びつけるのではなく、雇いたいと依頼する姿勢には好感は持てた。鱗の事を思えば信頼はしきれないが、貴族の中ではまだマシなほうだろう。丁度ウルフガング教授と交渉したい事柄もあったし、王都に行ってみてもよい気になってきていた。
そして、宰相の手紙に追伸として、ライラ姫からの伝言で、通信の魔道具を確認してほしいという事が書かれていた。そういえば、あの魔道具は、魔龍同盟のトカゲを倒すのに協力した後、マジックバッグに突っ込んだままになっていた。
マートがライラ姫から預かった黒い長距離通信用だという魔道具を引っ張り出してみる。するとまた続けざまにピコン、ピコンとメッセージの着信を示す音が鳴りはじめる。そこにはライラ姫からマートに宛てたメッセージが大量にたまっていた。
最初のほうは、“キャサリンお姉さまの件について知らせてくれてありがとう”“小人については、十分に注意します”“私の姿で衛兵隊を助けたのはどうしてでしょう”といった感じだったが、途中から“小人に逃げられました。探すのを手伝ってください”だとか、“キャサリンお姉さまの件が様々な貴族たちの中で嘲笑の的になっているのだがどうしたらいいのか”“王家の人気のために私の姿で衛兵隊を助けてくれたのはありがたいが、私は弓が使えないので大変な事になっている”といった相談になり、最後は“会いたい”“私を助けられるのはあなたしかいない”“どうして返答がないの”という言葉の連続になっていたのだ。
マートは頭を抱えた。頼られて悪い気がするわけではないが、王女にここまで依存されるのも困ったものだ。宰相も扱いに困って、手紙を書いてきたのかもしれない。返信はする気になれず、そのままマジックバッグに戻したのだった。
しかし、まぁ、ランス卿を通じて王都に向かうと宰相には返事をすることにしよう。いくら要請の形を取っているとはいえ、一国の宰相によるここまでの配慮を無視できないだろう。ただし、王都に行くのに普通の人なら急いでもなら2、3週間はかかるはずなので、その時間のずれを利用してシェリーのところにこっそり顔を出してからいくことにしようとマートは心に決めた。
ニーナは毎日のように鍛錬に出かけていたが、そういう生活も一旦終了だ。ある程度満足できているようだから、納得してくれるだろう。
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