140 ニーナの不満
「ニーナ、顕現を解除する前に少し聞きたいことがあるんだが」
ここは、リリーの街のマートの自宅。夜は更け、両親との感動の再会を果たしたアンジェとエバ、彼らと一緒に捕まった近所の連中、そしていまだに虚ろな眼をしたままのティナたち3人は3階の部屋を用意したが、この時間なら、もう寝ているだろう。アニスとアレクシアの2人は毎年恒例の雑貨商のフィンレイさんの護衛で花都ジョンソンに出かけて今日は居ない。
衛兵隊経由でランス卿には連絡を取ってもらって、マートと他の21人は彼の連絡待ちだが、花都ジョンソンの花祭りが終わらないとランス卿も身動きが取れないだろう。
「なぁ、最近よく念話してくるよな。不満があるんじゃないかと思ってさ」
「ふふん、不満ね。不満というか、まぁ、人間の考え方って面倒臭くてね。つい口を挟んじゃう。君が悪いんだよ。外の世界に興味を惹かせるからさ」
「どういうことだ?」
「僕が生まれてすぐは、君に呼ばれていない間というのは、僕自身もうとうとと寝ている感じで、あっという間に時間が過ぎていったのさ。だから、何も口を挟むなんて思わなかったんだよ」
「ああ、そう言ってたな」
そう言いながら、マートはニーナにも椅子に座るように勧めたが、彼女は首を振り、床に座り込んだ。
「悪いね、椅子より床のほうが落ち着くのさ。ああ、それでね、以前、マジックバッグと剣を顕現しない状態で預けたいっていったことがあったろう?」
「ああ、王都のアレクサンダー伯爵邸で急に頼んだ奴だな」
「あれ以来、僕は顕現していない時でも、周りを見て過ごせるようになったのに気が付いたのさ。おかげでパン屋で変わったパンが出てるとかも気付けただろ?」
「そういう事か。四六時中外を見てるのか?」
「いや、さすがにそれは退屈だからね。うとうとしてる時もある。でも、外に居るときには結構周りを見てるよ。最近は、こっそり魔法の練習をしたりもしてる」
「おいおい、不穏だな」
「大抵は魔法感知とか周りに影響の出ないやつだから、心配しなくてもいいよ。君は魔法の練習とかあんまりしないからね。こういうのは日々の練習が大事なんだ」
「うーん、そう言われると何とも言えねぇけどよ、最初の話にもどるぜ。不満があるんじゃねぇか?」
「いや、まぁ、君の考え方は僕には悠長すぎて思わず口を出してしまうが、仕方ないというのはちゃんとわかってるよ。そういう意味での不満はないからできれば聞き流してほしい。ただ……」
「ただ、何だ?」
「僕としてはもっと鍛錬がしたい。強くなりたいのさ。誰よりも強くなることは、僕にとって存在意義であり、それは何事にも代えがたい。そういう点に関しては不満があるかな」
「なるほどな」
「きちんと測ったことはないけど、街に居る間は比較的安全だろう。今まで1月で2晩とか3月で4日寝ていたことはあるが、もしかしたら、今日みたいに半日以上顕現していても、2時間ぐらいの意識不明で済むんじゃないか?そうなら毎日と言いたいところだけど、週に半分ぐらい訓練のために僕は出かけるというのはどうだろう。僕が強くなることは、君が強くなることでもある。遊んでいても強くなれるんだ。悪い事じゃないと思うんだけどな」
ニーナにサボりすぎだといわれたような気もして、マートは苦笑した。
「わかった。とりあえず4時間を一度試してみよう。ただ、くれぐれもライラ姫の姿形であることは隠してくれ。あとは……」
「わかってるよ。金はあんまり使うなとか、魔獣スキルがばれないようにとかだろ?基本、街の中では過ごさないから安心しなよ」
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翌朝になって、エバがマートの部屋を訪ねてきた。
「おはようございます。マート様」
半ば眠気眼のマートはガウンを羽織り、エバを迎え入れると、椅子に座らせた
「どうしたんだい?エバ」
「お願いがあって参りました。昨晩、アンジェの御両親とも相談したのですが、私共を、使用人としてずっとこの家に置いて頂けないでしょうか。厚かましいお願いとは思いますが、アンジェの御両親もマクギガンの街に戻っても徒弟もなく2人で以前の店をすぐに切り盛りするのは難しく、できればこのマート様の店で働ければと申しているのです」
「部屋は余ってっから、別に構わねぇけど、エバの両親って、普通にパン屋をやってたんだろう?今更使用人になるなんてどうなんだ?」
マートはあっさりとそう答えた。
「なんとかお礼をしたいというのと、アンジェがマート様の許を離れたくないと申しまして……」
「俺の許を離れたくないって言っても、俺は年がら年中出かけてることが多いだろうに……。ここで住むのも良いが、ランス卿のおっさんとの話し合いが終わってから決めていいんじゃないかな。あと他の連中はどうなんだ?」
「私たちと一緒に攫われた4人はなくなった2人と共に食堂と肉屋をされていたのです。マート様のお話では、以前の店や家は伯爵様から返していただけるというお話でしたが、商売を再開するにもお金が必要で、雇っていた看板娘2人も居らず、どこまでできるかわからないと悩んでいる様子です。あと、ティナたちについては、酷い目に会ったのでしょうね、まだ心が戻っていない様子で、おかみさん、あ、アンジェの母親もこのままで故郷に返せるのかと不安に思われている様子です」
「そうか、まぁいいさ。3階の部屋でよかったらいっぱいあるからな。俺やアニス、アレクシアは仕事で留守にすることも多い。エバとアンジェだけだと寂しいだろうし、2人が信用できる人間ならしばらく居るのは全然かまわねえって言っといてやってくれ」
「ありがとうございます」
「ああ、そういえば、みんな着替えとかも持ってねえだろうから、今日は一緒に買い物に行ってやってくれよ。9人分か、金貨3枚ぐらいあればとりあえず足りるか?」
「はい、毎月出していただいている生活費もかなり余裕がありますので、頂かなくても大丈夫なくらいですが、よろしいのですか?」
「ああ、今回マクギガンの件で、既にランス卿からだけでも貰ってるし、大きい声では言えないが、今回のハドリー王国でかなりのモノを頂いてきたからな。気にしなくて全然いいぜ。時間もかかるだろうから、昼も一緒に美味しいところで食べて来ると良い」
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