13 花祭り
花都ジョンソンは、マートの暮らすリリーやマクギガンの街を含め、このあたり一帯を治めるアレクサンダー伯爵の居城のある都市であり、年に一度行われる花祭りは春の訪れを祝う有名な祭りだ。祭りとしては、家の前や広場に大きな花の輪を飾り、その輪をくぐりぬけることで新しい春を祝うという極めて素朴なものだが、商人たちが、あたらしい季節に備えて様々な品物を持ち寄り、バザーがひらかれるので、年々盛んとなっていた。
マートは通りに繰り出した人の多さにわくわくして、露店で買った串焼きを食べながら、今日は何をするかと考えていた。
「冒険者ギルドに行けば、なにか依頼はあるんだろうが、グランヴィルに目一杯しごかれて朝から疲れたし、第一、こんな日に働く気にはならねえよなぁ」
街角からは旅の一座だろうか、華やかな音楽が聞こえていたが、その音楽に混じって途切れ途切れに聞いたことのある声が聞こえてきた。
「お嬢、だめだってば。貧民街なんてお嬢が行くようなところじゃない」
「何言ってるのよ、ハリソン。ようやく抜け出してこれたのよ。どんなところか見てみたいの。それも、あなたたちが居るから大丈夫でしょ」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
この間、バッテンの森で迷っていた男だ。たしか、マクギガンの街の商人の息子のハリソンと、その護衛のレドリー。2人は見るからに高そうな服を着た少女となにやら貧民街に行くか行かないかと口論をしているようだ。口論相手の少女はかなりの美人で、年は15、6と言ったところだろう。背中の半ばまである輝くような金髪がとても印象的だ。
「ハリソンとレドリーじゃないか、どうしたんだ?」
マートは声をかけてみた。
「ああ、猫。ちょっと取り込み中なんだ。後で頼む」
ハリソンは忙しいらしい。だが、連れの少女が面白そうにマートのほうを見た。
「あなた、猫って言うのね。面白い名前。その格好はもしかして冒険者?」
「ああ、そうだが?お嬢さんは?」
「私はアレクサンダー家のジュディよ」
「ああ……。お嬢」
横でハリソンは頭を抱えた。
「あれ、ハリソン。名前を言っちゃだめだった?」
「お嬢..城の外で、簡単に名前をお教えするのはダメだと……」
「でも、その猫とかいうのは、ハリソンの知り合いなのでしょう?」
アレクサンダー家というと、この花都ジョンソンを治める伯爵家の名前だったはずだ。ふぅん、伯爵の娘を連れ出したのか。
「やるじゃないか、ハリソン。伯爵様の目を盗んで逢引か?」
「逢引? 逢引って何?」
「あーーー ちがう。お嬢様、その男の話す事を聞いてはいけません」
「何よ。ハリソン!」
「すまん、猫、ややこしくなるから、ちょっと黙っててくれ」
マートは肩をすくめた。話が進まないと見たのだろうか、護衛役であろうレドリーが話に割り込んできた。
「ハリソン様、こんな通りで大声で喋るのは良くない。猫、このあたりで落ち着いて4人で喋れるところは無いか?」
「いや、俺もこの街は殆ど知らないが、あの店でもいいんじゃないか?奢ってくれるのか?」
4人は、近くにあった店に入り、飲み物を注文した。マートはエール、それ以外は紅茶だ。
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「彼女は、さっきの話で分かったと思うが、この花都を治めるアレクサンダー伯爵の次女でジュディ様だ。彼女は、いつもは王都にある魔術学院で魔法の勉強をされているのだが、長期休みで花都に戻っておられるんだ。僕は伯爵家出入りの商人の息子だが、彼女が幼い頃、遊び相手の1人に選ばれてな、それ以来信頼してもらっているのだ」
「そうなの。せっかくの花祭りだから遊びに行きたいっていうのに、お父様がダメだっていうから、ハリソンにお願いして無理やり出てきちゃった」
ジュディは舌をペロリとだした。なるほど、ハリソンは苦労してるってわけだ。大騒ぎになってないってことは伯爵様も彼を信頼しているのだろう。
「猫、あなた冒険者なのでしょう?お金次第で何でもするって本当?」
「ああ、悪いことじゃなけりゃな。でも、俺と違って悪い事でもする奴も居るから気をつけなよ」
「悪い事ってどんな?」
「んーたとえば、あんたを攫ったりとかだな。人質になって伯爵様にお金よこせっていう連中がいるかもだぜ?」
「あはは、大丈夫よ。そんなのは魔法でやっつけちゃうから」
「ジュディ様、油断なさってはいけません」
レドリーは口をはさんだ。さっきもマートは思ったが、以前森と会った時と比べて口調が硬い。かなり緊張しているようだ。
「ねぇ、猫はどういうのが得意なの?剣?魔法?」
「いや、どっちも得意じゃないな。俺は斥候だ。偵察して、敵を見つけたり、罠を調べたりするのが俺の仕事だ」
「へぇー泥棒みたい」
「ジュディ様!」
レドリーがたしなめた。泥棒扱いされて怒り出す斥候も多いが、マートは特に気にしなかった。
「あはは、まぁそうだな。鍵開けとかも得意だよ。で、何を騒いでたんだ?」
「貧民街に行って見たいって言ったら、ハリソンたちが止めるのよ」
「あーなるほどね。その格好じゃ、一歩入っただけで、物乞いが集ってくるだろうな。見物どころじゃなくなるだろうさ。騒ぎになるだけで、すぐ逃げ出すことになるぜ」
「ああ、そういう事?そっかぁ、残念」
マートの言葉でジュディは納得したようだ。
「ねぇ、どこかで服は借りられない?」
「さぁな。俺もここには護衛で来てるだけだから顔見知りが殆ど居ない。ハリソンの店にでも行けば良いんじゃないか?」
「そんなことをしたら、すぐ連れ戻されちゃう」
「残念ながら、もう、お迎えの人がきてるみたいだぜ?」
マートはそう言った。3人は慌てて周りを見回す。
「通りの向こうとこっちの角に4人と5人、店の入り口近くに2人。素人とは思えない連中がさっきからこっちをちらちらと見てる。あんたのお迎えじゃないのかい?」
じっと、角の向こうを見つめたレドリーが顔色を変えた。
「いえ、それは……やばい。連中は伯爵様の配下じゃない」
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