131 ハドリー王国への抜け道 (広域地図あり)
マートはランス卿から聞いた抜け道の上空から地上を眺めていた。
その高度はおよそ1000m 体感的には結構寒い。人間大の存在に気付けるものが居るとはあまり思えない距離だ。マートには南北に繋がる細い山道と、そこに点々と設置されているハドリー王国のものと思われる見張り台、そこにいる兵士たちの姿が手に取るように見えた。飛行スキル★4、鋭敏感覚★4という魔獣スキルとしても破格の力のおかげである。
“弓を使ったら簡単に殲滅させれるよね?しないの?”
ニーナの念話が聞こえてきた。
“殺すのが好きな変態じゃねぇんだからよ、するわけねえだろ”
“アンジェの両親を苦しめた人たちよ?”
“少なくとも今見えてる下っ端は国に命令されてるだけさ。できれば殺したくはねぇ。でも殺さなきゃいけねぇ時には迷うつもりはないけどな”
“うまく見つけれたら、逃げる時に邪魔になるよ”
ニーナが言っているのは、アンジェの両親を見つけたとき、連れて脱出するときに個々の見張り台があると困るだろうということだろう。もちろんそれは判っている。
“魔法のドアノブってどれぐらいレアなんだろうな。国が知って、取り上げようとかいう話にならないなら簡単に連れ出せるんだが”
“さぁ、どうなんだろ。転移呪文が使える魔法使いからみたら、固定の場所しか行けないとか、制限だらけなんだろうけど、人数制限がないからね。持って忍び込みさえすれば一個騎士団をいきなり敵の城の中で展開させれるって事を考えるとすごく強いとも言えるし、忍び込めなければ意味が無いとも言える。どっちにしても戦況なんて、1人の英雄、1人の魔法使いでかわるんだから使い方次第なんじゃないかな。そういう意味では大したことがないのかもしれない。結局のところ、よくわからない”
“ま、いいか、ドアノブを使うか使わないか、あの連中を処理するか処理しないか。どっちにしても難しい話だ。ぎりぎりまで悩んどく。どっちにしても、洞窟とかに隠れて監視してる連中が居るかもしれないし、弓とかの飛び道具を無効化する魔道具を持ってる奴が居るかも知れねぇ。いきなりは悪手だろ”
“相変わらず面倒に考えるんだね。まぁいいや、わかったよ”
最近ニーナが時々呟いてくる。鬱憤が溜まってるのかもな。ウェイヴィやヴレイズは俺が音楽を弾いているときに、普通の人には見えない姿で屋根の上で2人踊ってたりして楽しそうにしているのだが、ニーナにも何か考えてやらないといけないのかもしれない。
マートはそのまま北に向かう。山脈を南北に縦断する抜け道は直線距離でおよそ10キロほどだった。10分ほど飛ぶと、山脈の一番端に間諜が言っていたという砦が見えてきた。ランス卿が間諜たちから聞きだした話によると、そこが諜報活動の拠点となっているらしい。アンジェの両親も一旦はここに運ばれただろうということだった。
その砦は、1m程の深さの堀と高さ3m程の石壁が張り巡らされ、敷地内には見張り用の塔と建物がいくつかあり、城といっても良い位のものだった。建物の規模からいうと、300人ぐらいは普通に暮らせるだろう。忍び込むこと自体はさほど難しくはないような気がするが、あのマクギガンでの隠し部屋や間諜たちがもっていた魔道具を考えると油断は禁物だ。このハドリー王国の施設にも当然魔道具による感知装置があると考えるべきだろう。しかし、それに比べると、ワイズ聖王国の王城ですら警備が甘い気がする。どうしてこれほどの差があるのだろうか。
夜を待ち、マートはマクギガンでやったのと同じように幻覚呪文で自分を透明にした後、魔法感知の呪文を自分に使った。この呪文は、視界内の魔力を持つ物がうっすらと光って判別できるという真理魔法の呪文だ。マートの真理魔法の素養は★1つでしかないので、その光は薄く、効果範囲、効果時間も短い。薄いという点は鋭敏感覚で補う事ができるが、効果範囲、効果時間については、どうしようもない。何度もかけ直して魔道具の感知装置にも注意しながら砦に近づいていく。
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砦の中には、全ての部屋というわけではなかったが、要所要所の天井には、マートの魔法感知に反応する魔道具が設置されていた。魔剣の識別呪文は1日に数回しか使えないので、どのようなものか調べるのは後回しにして、それらは大きく迂回して進む。
砦の中枢部に至るルートは全部そういった魔道具によって潰されていたが、なんとか幹部クラスであろう男の寝室には入り込む事ができた。
【毒針】 -睡眠毒
『記憶奪取』
寝ているとは言え、油断はできないので、睡眠毒で念押ししてから、呪文で記憶を奪う。記憶奪取という呪文は、文字通り、一定期間の記憶を対象から奪う呪文だ。奪った記憶はまるで経験したことがあったかのように思い出すことが出来るが、残念ながら、これによって修行した記憶を奪ってもスキルを手に入れるというような使い方は出来ない。対象は奪われた期間の記憶は喪失した状態になる。以前、ニーナが凌辱されたエルフたちの記憶を消してやるために使ったことがあったが、マートが使うのはこれが初めてだ。
マートは屋根裏に潜んだ状態で、その幹部クラスの男の8年ほど前の記憶から、何があったかを思い出そうとした。8年前ともなると、男の記憶は曖昧だった。幾ら記憶を奪った所で、憶えていないものは思い出すことができない。ワイズ聖王国から連れてきた連中について記憶がないか探る。連れてくるということはそれほど頻繁ではないし記憶にない……いや、ある。
女……ワイズ聖王国から攫ってきた女が居た。あれは、5年か6年ぐらい前の事だ。年は15ぐらいだったか、丁度、メイドとして働くために田舎から出てきたばかりのまだ頼り無さそうな女だった。もう必要な情報は引き出したから好きにしてよいといわれて、仲間皆で弄んだ女。なかなか具合は良かったが、結局鉱山送りにしたんだったな。
鉱山?そうだ、鉱山……蛮族が隠れ住んでいた鉱山が、10年ほど前に見つかったんだ。魔石鉱山だ。魔石鉱山の存在は一般の民衆にも秘密だ。公にできない捕虜や、終身刑の罪人だけがそこに送り込まれて強制労働で働かされているという話だ。
最近は、我々のような諜報部隊が任務上捕まえた捕虜もここで情報を引き出して、必要なくなったらそこに送り込むことになっている。
場所?クリントン地方と言ったか。たしか……表向きは監獄になっていたはずだ。
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