123 前世記憶と宰相
2020.10.18 日本語がおかしかったので修正
彼が子供の頃 → マートが子供の頃
ジークフリートは今で言いう魔人 → ジークフリートは魔人
「魔術師ギルドの長老と話をしてみたのですが、前世記憶というものがあるらしいですね」
「さぁな」
不意をつかれて、マートはそう答えるのが精一杯だった。言葉をつくろう余裕もない。たぶん声は震えていただろう。
「マート殿をどうこうしようと考えている訳ではありません。安心してください」
マートのその様子を見てとったのだろう、ワーナー侯爵は続けてそう言った。
「魔人というと、またマート殿に怒られるかもしれませんが、実は、あれからその魔人について調べてみたのです。蛮族が関わっているというライラ姫の言葉を疑ったわけではありませんが、私には単純に蛮族だけだとは思えなかったのです。そうすると、魔術師ギルドの長老が昔の資料に魔人の能力かもしれない事柄について触れたものがあると教えてくれたのです」
「魔法の素養というものは、天賦のもので、ステータスカードを取得することによってそれを調べることが出来る。それについては、マート殿も御存知でしょう」
「その資料は、魔法の素養について、どのように決められるのか、血筋によるのかといったものを調べた資料だったのですが、その中で、人間には生まれ変わる前の記憶をもつ者が居るらしいということが書かれていたのです。ただし、それはきちんとした記憶ではなく、夢として見る程度でしかないけれど、その前世によって魔法の素質に影響がある可能性が書かれていたのです」
「その根拠として、その資料ではステータスカードに前世記憶と記述された人物が居たと記述されています。前世記憶によって、肉体強化というスキルが得られており、それが魔法の素養を得る仕組みと近いのではないかという説が展開されていました」
「実はその前世記憶を持つ人物こそ、ドラゴンスレイヤーとして有名な伝説のジークフリート本人であり、彼の前世はオーガナイトだったと、その資料は説明しています。彼には額に小さな角があり、人間にはありえないほどの膂力をもって大剣を振るうことができたのだと」
「私が考えるに、おそらく、ジークフリートは魔人だったのでしょう。だが、資料そのものは魔法の素養についてのもので、魔人の前世記憶に関しての研究はおこなわれていなかったようです」
「なるほど……」
マートの喉はカラカラで声はしわがれていた。その隣に座っているライラ姫も、膝の上でぎゅっと拳を握っている。
「確かに……前世記憶というのはあります」
マートは声を絞り出すようにしてそう言った。前世記憶を認めるマートの言葉に、横に座っているライラ姫が驚いたように目を見開き彼の顔をじっと見た。
「ただ、私の前世記憶が何なのかというのを話す気はありません。一応、目は良いとだけ申し上げます」
「あなたの能力について、今はこれ以上は詮索する気はありません。ですが、その2人組というのは、蛮族ではなく、きっと魔人なのでしょう?リリパットと、トカゲと呼び合っている……といいましたね」
「きっと、魔人の中に、王国に反感を持つ組織があるのでしょう。それについて、私に教えてくれませんか?」
さすが一国の宰相を務めているだけはある。その推理の鋭さにマートはここに来た事を後悔しつつ、口を開いた。
「魔龍同盟という組織があります。ワイズ聖王国内ではありません。ラシュピー帝国です。私も一度、このあいだの調査中にヘイクス城塞都市で仲間にならないかと誘われました。彼らは、ステータスカードを作る金を提供する代わりに自分たちに協力させようと考えているようです。報告した2人組、リリパットは身長1mほど、トカゲは、白目部分が黒く、縦長の瞳をしています。彼らのうち、トカゲと名乗っているほうは、王都に住む外見に特徴のある人間に声をかけていたらしいのですが、その時に、自分は魔龍同盟のメンバーだと名乗っていたようです」
「やはり……そうでしたか」
「実は私の知り合いで、鱗の肌を持つドルフという男が、それに引っかかって彼らと同行しています。他にも1人、あわせて2人が協力させられているようです」
「そのリリパットとトカゲにどのような能力があるのかわかりますか?」
「トカゲはわかりません。リリパットのほうが、王城に忍び込んでいた小男で、空を飛ぶことができるのと、何らかの力で透明になれるようです」
「そのドルフという人物は?」
「それもわかりません」
水中呼吸などと言っていたが、それについてマートは明かすつもりはなかった。
「なるほど、話をしてくださってよかった。助かりました。そのドルフという人に関しては、ちゃんと配慮しましょう。ライラ姫、この件は私が預かってよろしいですか?」
「よろしくお願いします」
ライラ姫はワーナー侯爵に頭を下げた。
「マート殿もよろしいですか?」
「……はい」
「あと、これは、マート殿の私からの王城への招待状です。もし、王城にマート殿が来られ、途中誰かに誰何された場合、これを見せて、宰相に秘密の用件で呼ばれていると言えば、余程でなければ通してもらえるでしょう。お渡ししておきます。今後も、私や、ライラ姫の手助けをおねがいします」
ワーナー侯爵は、そう言って、彼の印章が押してある羊皮紙をマートに手渡したのだった。
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マートは王城を出て、鱗が居る郊外の農家の近くに身を潜ませた。
王城でのワーナー侯爵とのやりとりはかなり際どいものだったが、なんとか視覚能力の説明だけで凌ぐことができたので、まずは一安心だった。あの時マートは、場合によって、部屋の外に居たワーナー侯爵の護衛役と思しき2人はもちろん、最悪ワーナー侯爵とも戦って逃げ出すことまで覚悟していたのだ。
魔剣の識別呪文で調べると、羊皮紙には予想通り追跡の魔道具が仕込まれていたが、これは、場合によっては逆利用することもあるだろうと考えて敢えて手をつけず、マジックバッグにしまいこんだ。ライラ姫から渡された通信用の魔道具も同じだ。マジックバッグの中にあれば、魔道具も動かないだろう。海辺の家とかには間違っても持ち込まないように注意しないといけない。
マートはもう王家や宰相といったところと関わりたくなかったが、鱗を見捨てる気はなかったので、此処に来たのだった。マートが子供の頃魔人としてあまり迫害されなかったのは、彼のおかげだった。その恩は返しきれるものではない。一応ワーナー侯爵は配慮すると言っていたが、それを無条件で信用できるとも思っていない。どうなるかは見届けようと考えていた。
明日の夜にリリパットと呼ばれていた小男は王城に行くと言っていた。それまでには片がつくだろう。
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