117 新年のパーティ
2020.10.6 1等騎士・2等騎士の説明部分を書き換えました。
2020.10.17 はるか西の大国、ダービー王国 → はるか東の大国、ダービー王国
邸のメイドたちに手伝ってもらいながら、マートが着替えを済ませると、そこに、伯爵令嬢であるジュディ、そして彼女の護衛をいつも務め、伯爵家の騎士団では姫騎士と呼ばれるシェリーがやってきた。
「猫、遅いわよ」
「マート殿、遅いぞ」
ジュディは伯爵令嬢らしく、ピンクを基調としたかわいらしい服装だ。そして、シェリーも今日は騎士服ではなく、白を基調としたドレス姿である。
「ああ、パーティは明日だと思っていたんでな。ジュディ、ピンクのドレスは可愛いぜ。シェリーも今日はドレスなんだな。初めてみたが、なかなか良いな。姫騎士として人気なのが判る」
彼の言葉に、2人共顔を赤くする。
「猫、からかうのは止めて頂戴。ねぇ、シェリーが明日のパーティで1等騎士に叙爵されるの。私たちはあなたより少し後の入場になるけど、あなた、シェリーのエスコートをお願いね」
2等騎士というのは、騎士としての試験に合格すればなることができる一代限りの職業であるのに対して、1等騎士は、村以上の領地があり、世襲が認められるという扱いになるので、いわば騎士爵という貴族ということになる。シェリーが2等騎士から1等騎士に上がるというのは、庶民から貴族へ上がるということだ。
「おお、すごい、やったじゃないか。シェリーよかったな」
「マート殿、そなたのおかげだ。春のラシュピー帝国への調査での働きが認められてな。丁度アレクサンダー伯爵領で秋に新たに蛮族が支配していた地域が領地に組み込まれることになって、その土地を私が拝領できることになったのだ。そちらでも、そなたが尽力してくれていたと聞いている。本当にありがとう」
マートを見つめるシェリーの瞳がキラキラと輝いているような気がした。
「たしかエミリア伯爵も、領地に組み込めるだろうとか言ってたな。だが、俺は単に金で雇われて手伝っただけさ。1等騎士になったのはシェリーの実力だ。オーガナイトも倒したんだからな」
「ラシュピー帝国への調査では、勲功第一位こそライナス卿ということだけど、彼は隊長だからなのよ。次席がシェリー。ということは、実質的には一番功績を認められたってことなの。それがあって彼女も特別に年始のパーティに参加することになったのよ。伯爵家としても鼻が高いわ。そして、彼女はパートナーが居ないから、あなたにお願いしたいの」
ジュディはそう言いながら、シェリーの手を掴み、マートの方に差し出した。
「ああ、すごいな。ただ、俺もパーティには初参加だ。一緒に楽しみたいとは思うが、俺自身も右も左もわからない状態だから、エスコートと言われるとすこし難しいんじゃないか?」
「パーティは、男爵以上の貴族とその家族しか参加しないものだから、それほど作法にはやかましくはないわ。心配しなくても大丈夫よ。国王陛下が入場されるまでは、立食で、すこしつまみながら普通におしゃべりだけだし、国王陛下が入場されてからは、新しく社交界にデビューした高位貴族の子弟が紹介されて、あとは、ダンスね。猫とシェリーは今年初めての参加だから、高位貴族の後で紹介されるかもだけど、特にそういうのって作法が決まってるわけじゃないし、適当に手を振って頭を下げていれば大丈夫」
ジュディは気楽に言ったが、マートはそう聞いて余計不安になった。だが、気にしてても仕方ない。出たとこ勝負と開き直ることにする。
「わかった。じゃぁ、シェリー、初参加同士、一緒に楽しむか」
「ああ、お嬢様、マート殿、こういうのは全く苦手なのだ。よろしく頼む」
シェリーのほうは、かなり緊張しているようだった。
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マートとシェリーそして、伯爵領の寄子であるノーランド男爵他、数人の男爵は、共に伯爵邸の馬車で一足先に王城に向かった。伯爵本人やジュディ達は、混雑を避けるため、時間差で日が暮れる頃に出発するらしい。
王城では、伯爵の居城と同じように、魔法検知による所持品検査があった。今回は、マートの精霊の文様を覆うような特別製の鍵付きの手甲が事前に準備されていた。城内では魔法を使わないようにということだろう。
斥候である彼にとって、たいした鍵ではない上、実際の所、文様に触れなくても精霊魔法は使えるので何の制限にもなっていないとは思ったが、形式だと思って受け入れることにした。
一行が通された歌人の広間という王城の大広間は、おおよそ200mほどもある大きな広間で2階部分まで吹き抜けになっており、張り出したバルコニーのようなところに、楽団が控えているというかなり壮大な造りだ。天井や壁にも絵が描かれ、豪華な雰囲気を作り出している。
マートが見たところ、ノーランド男爵たちは、他の領地の貴族たちとほとんど面識がないようで、領内の男爵同士や、あとは精々、隣接する領主であり、ジュディの姉が嫁いでいるアレン侯爵家に所属する男爵とすこし会話を交わしながら、伯爵以上の貴族やその家族の入場を待つという感じのようだった。
暫くすると、伯爵以上の高位貴族が、順番に会場に入り始め、日付が変わる少し前の真夜中になって最後に王家が入城してきた。そして、国王とまだ幼い王子が新年を迎えるための儀式を行って、パーティは始まったのだった。マートは知らなかったのだが、今の王家はライラ姫を含めて姫は6人もいるにも関わらず、男子は1人だけらしい。
新年のパーティの中では、行方不明だった聖剣が王家の手許に戻ってきたことが公にされ、その功労に対して、王家の宝である幸運の首飾りが、アレクサンダー伯の娘であるジュディに、そしてワイズ・クロス勲章が新設され、マートという冒険者に与えられたことが告げられた。
続いて、ラシュピー帝国からの救援依頼に対して、調査隊が派遣され、向こうで数多くの蛮族を退治したという功績が発表され、調査隊の隊長であり、第3騎士団副騎士団長であるライナス卿と、アレクサンダー伯爵家の騎士であるシェリーが表彰され、騎士シェリーは2等騎士から1等騎士に叙爵されることも併せて告げられた。
アレクサンダー伯爵としては、自分の家から年始のパーティで表彰されるほどの者が続けてでたことになり、かなり名誉なことであったらしく、豪華な服装の貴族たちに囲まれて、ひっきりなしに乾杯をおこなっていたのだった。
また、ラシュピー帝国に今年度、第3騎士団が派遣されることが発表されたり、また、はるか東の大国、ダービー王国より訪れた外交使者の案内がなされたりと、終始華やかなパーティが繰り広げられたのだった。
ただ、マート自身には直接関係のない事がほとんどであったので、部屋の隅に隠れ、供されている豪華な食べ物を、あまり目立たない程度に摘み、高級なワインを味わいながら、パーティの主役と言ってもいいジュディやシェリーが、次々と高位の貴族たちと会話を交わすのをのんびりと眺めていた。
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「こんなところに隠れているとはね。ジュディ嬢やシェリー嬢がかわいそうじゃないのかね」
マートに話しかけてきたのは、エミリア伯爵だった。彼女は騎士の服で今日は男装している。
「俺が横に居た所で、同じというか、居ないほうが変な詮索などなくて良いだろ」
「ああ、そう云う事もあるかもしれないね」
「シェリーに関してうまく口ぞえしてくれたんだろう?ありがとう、感謝するよ」
「いや、あれは私が言わなくても、アレクサンダー伯爵はそうしただろう。そなたの事もあるしな」
「俺の事?」
マートは首を傾げる。
「ふふん、ここまでくると、滑稽に見えてくるな。シェリー嬢がそなたの事が好きなのは気付いているのだろう?パーティの様子では、そなたも満更ではないはずだ。シェリー嬢が1等騎士になるのは、おそらくそなたへの褒美でもある」
「ああ、なるほど、そう考えるのか。しかし、俺の瞳に、あんたも判ってるだろう。あんたみたいな高位貴族だと実情は知らないのか?もっと嫌味を言われるかと覚悟してたんだが、意外とスルーだったんで実は俺も驚いているんだ。俺たちみたいなのは魔人と呼ばれて蔑視されている。俺みたいなのに惚れても仕方ないんだよ。世間から叩かれるだけさ。せっかく1等騎士になったんだ。別の良い婿を迎えたほうが幸せになれるぜ」
「なるほど、そういう事か。余程、酷い目に会ってきたのか」
「いや、俺はまだ幸せなほうだ。変な話になっちまったな。もう止めようぜ」
「そうか……。そういえば、そなた知っているか。ヘイクス城塞都市が陥落したという噂がある」
「ヘイクス城塞都市が?そんなバカな。あの城壁は余程じゃなけりゃ落ちないだろう」
「ああ、もちろん、私もそう思っていたよ。だからこその第3騎士団の派遣さ。真偽を確かめる必要があるからな。あれが落ちたとすれば、ワイズ聖王国としても北部の守りを考えなおさないといけなくなるかもしれない」
「なるほどね」
マートは、新しい酒をメイドから貰い一口飲んだ。
読んで頂いてありがとうございます。
いろいろな思惑と出来事があり、交差していく感じです。
次から新章になります。徐々に新展開です。
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