116 新年の王都
年の瀬となり、マートは王都にやってきていた。
もちろん、年始に行われるパーティのためである。
新しく買った家が、結局、流れのまま押し切られて、エバやアニス、アレクシア、アンジェの4人が同居することになってしまい、それも、内装についていろいろ相談された結果、面倒臭くなって飛び出してきたわけでは、決して無い。
「嬉しい話なんだけどな」
癖の強い何かの内臓の煮込みをつまみに、きつい酒を一口飲んで、彼はそう呟いた。
マートは例によって、鱗の馴染みの酒場で飲んでいた。彼が居るかと思ってやって来たのに、仕事で出かけているらしく、あてが外れたのだった。
たぶん王都の伯爵邸にはジュディやシェリー達もいるのだろうが、あそこは彼にとっては居心地のあまり良いところではなかった。エミリア伯爵にも遊びに来いと誘われて居たが、きっとおなじようなものだろう。ここでいるほうが余程気楽だと考えていた。
1人で飲んでいる彼にゆっくりと近づいてきた男がいた。以前、リリーの街で、マートに話しかけてきたことがある男。鋭敏感覚という言葉を口にしていた。自分の事をトカゲと言っていた男である。
「やぁ、猫さん。久しぶりだね」
彼はそう言って話しかけてきた。
「もう、1年以上にもなるのに、よく憶えてたな」
マートはそう答えた。
「水の救護人、そしてワイズ・クロス勲章の受勲。あんたは、魔人としてはめずらしく成功している男だからね。もちろん注目してたさ」
「成功……してるのかね。まぁ、ある程度稼げるようにはなったけどな。おまえさんは俺の事を魔人と呼ぶのか?」
「鱗があったり、猫の瞳をしていたりといったのを魔人と言う奴がいるのは知ってたのかい?」
「ああ、当たり前だろう。そうやって蔑視してくる連中がいるのは、嫌と言う程知ってるさ。でも、どうして態々そんな事を言うんだ?」
「おお、怖い怖い。歳を経るにしたがって、魔獣の心が徐々に表面に現れてくるというらしいよ」
「ふぅん、それがどうした」
トカゲはニヤニヤしながら、マートの顔をじっと見つめたが、マートの顔色は変わらなかった。
「怒らないのか?」
「ああ、そんなことで一々怒ってたら、旅芸人の一座では暮らせなかったよ」
トカゲは、肩をすくめ、一転して頭を下げた。
「そうか、だから逆にあんたは成功したのかもしれないな。すまん、悪かった。一杯奢らせてくれ」
「まぁ、良いさ。今日はどうした?」
「いや、今日はたまたま見かけただけだ。鱗って男が最近俺達を頼ってきたんだが、そいつがあんたの事を言っていてな。それで、たまに覗いていたのさ。奴にステータスカードを勧めてたって聞いてな」
「ああ、そうだったのか。あいつも俺も同じ旅芸人の一座出身なんだ。苦労してるが、その分良い奴だ。よろしくしてやってくれ」
トカゲはマートの言葉に頷いた。ステータスカードを勧めた事で、マートが魔獣関連のスキルを知っているというのを確信したのだろう。それで、今日は声をかけて来たに違いない。
「ああ、もちろん。そのための組織だからな。そういえば、あんたはラシュピー帝国に行ったんだろ?向こうでも俺達と同じような組織があったはずなんだが、誰かに誘われたりしなかったか?」
「ああ、魔龍同盟か。声をかけてきたな」
「やっぱりか。あいつらにはくれぐれも気をつけろ。聞いた話では、ステータスカードを作るのに金を貸し、それで恩を売って、いろいろ仕事を無理やり手伝わせてるという話なんだ」
「それで、ドラゴンに気をつけろか」
「ああ、その通りだ。よかったら、俺達のボスと話をしてみないか?お互い悪い事じゃないと思うんだが」
「いや、遠慮しておくよ」
マートは断った。少し酒が回っていたこともあったが、最近、誰も彼も自分の事を利用しているように思えて仕方ないのだ。
「そうか、残念だ。まぁいい、強制するようなことでもないしな。また会おう」
トカゲは、彼の側を去っていったのだった。
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翌日の昼になって、マートはアレクサンダー伯爵邸を訪れた。どれぐらいという連絡を受けても居なかったので、年が明ける前日の昼であれば大丈夫だろうと考えたのだったが、館の執事は、彼の姿を見ると、慌てて使用人たちに指示しつつ応接室に案内したのだった。
「マート、遅かったではないか。新年のパーティは今夜なのだぞ?」
慌てた風の伯爵が、すぐに応接室に入ってきた。
「年始のパーティと伺いましたので、少し早い位と思いましたが、遅かったのですか?誰にも連絡は頂きませんでしたが」
マートは、悪びれず、そう答える。
「少し早い?何を言っておるのだ。年が変わるタイミングで国王陛下が出座されるのだ。それまでに諸侯は会場に入場しているのが慣例であり、そなたの入場は夕方の予定だ。もうすぐこの館を出発しないと間に合わぬ」
「ははぁ、そうなのですね」
「とりあえず急げ。服はあるのだろうな」
「ああ、もちろん用意はしております」
「部屋を用意し、彼の着替えを誰か手伝ってやれ」
伯爵は少し苛立ちながらそう指示をした。マートはその様子に肩をすくめつつ、案内された部屋に移動した。
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