113 ドアノブの先
ある程度崩れなさそうに補強をしながら、埋もれた通路を掘りかえし、ようやく、つながった先は、古い坑道らしきところだった。ドアノブの移動先でここを設定したのが誰か知らないが、余程重要な鉱山かなにかだったのだろうか。
坑道自体はかなり入り組んでいる上に、人の姿もなくて、明かりもないので真の闇という状態だ。念のために、自分自身が出てきた通路については土と岩とで軽くカモフラージュをする。周りの岩壁を見てみたが、ここが一体何の鉱山なのかまではわからない。とりあえず出口を探すことにして、マートは、周囲を探し始めた。
さほど行かないうちに、マートの鼻には、酸っぱいような変な臭いが漂ってきた。アリの蟻酸の臭い。これほどはっきりした臭いがするということは、当然アリの巣が近いということで、臭いの強さからすると、その巣をつくっているのは、巨大アリである可能性が高いと思われた。
巨大アリというのは、その名の通り、体長が1m程のサイズまでになる巨大なアリだ。キチン質の硬くて黒い殻、大きくて強いあごを持ち、尻のあたりから蟻酸と呼ばれる酸性の毒を吐いて相手を攻撃する。1対1でも結構危険な相手だが、彼らは集団で居ることが多く、巣ともなれば悪夢以外の何物でもない。
逆に言えば、ここが昔の鉱山で、今は巨大アリの巣の一部になっているとすると、ここに侵入して来る者がいるというのはほぼ考えられないだろう。理想的な宝物の隠し場所となりそうだった。
念のため、マートは古い坑道内を、外に出る道を探そうとした。だが、巨大アリの数は多く、彼らの嗅覚はかなり発達しているはずなので、痕跡を消したりするのに手間取られてしまう。それでも、途中、木の根がみえてきたりして、おそらく地表近くまでは来たのだが、そうやっているうちに、急に巣の中のアリの動きが慌ただしくなった。
マートの耳には、遠くで人の叫び声のようなものも聞こえてきた。巨大アリの巣穴に人が紛れ込んだのかもしれない。そんな命知らずがよくいたものだ。とはいえ、その場所を見つければ出口は近いはずだ。とりあえずそちらの方向に急いだ。
-----
しばらくして、マートが見つけたのは、巨大アリの巣穴で戦う3人の男だった。3人とも、立派な甲冑を身につけている。天井から日の光が射しており、足元に馬が1頭倒れているのを見ると、アリの巣穴の一部を踏み抜いてしまったのかもしれない。その天井まではおおよそ5mほどあった。
まだ、彼らと戦っている巨大アリの数はそれほど多くなく、マートは、すぐ近くの曲がり角まで、近づくことが出来た。巨大アリの数は7体だった。怪しまれるのも嫌なので、幻覚呪文を使い、天井方向からの声を偽装して、大丈夫かと尋ねる。
「助けてくれ、落ちたんだ」
男の1人が天井に向かって叫ぶ。
マートはさらに天井から何か降りてきたように幻覚呪文を使って誤魔化した後、曲がり角を出て、彼らのすぐ側まで近づくと、巨大アリの一匹に向かって斬りつけた。
「大丈夫か?俺は冒険者のマートという」
「冒険者!まだ、このあたりにも居たのか。我らはファクラから逃れてきた者だ。ラブラの街に向かっている」
「話はあとだ、とりあえず脱出が先」
マートにとってファクラもラブラの街も聞き覚えのない地名だった。それもこのあたりに冒険者はあまり残っていないらしい。まったく判らない状況だが、巣に落ちた人間を助けないわけにもいかない。マートは3人と共同して、手近の巨大アリを倒し始めた。3人のうち、1人は華奢であまり戦力にはならないが、あとの2人はかなりの手練れだった。様子を見る限り、華奢な男は、他の2人の男の主人か何かのようだ。
なんとか、半分程やっつけたが、まだまだ巨大アリは集まってきそうな音が聞こえてくる。
「落ちてきたのは3人だな。ロープがあれば登れるか?」
マートが尋ねた。
「ああ、なんとか。だが 馬が……」
「馬は諦めろ。荷物は持てる分だけ持って上がれ。一旦上に戻ってロープを垂らすからそれまで耐えろ」
マートはそう言ったが、3人のうち、1人の一番華奢な男がなにやら名残惜しそうにしている。
「なんだ?そんなに大事なものでも積んでるのか?」
思わずマートはそう訊ねた。パッと見たところ、水袋、鞍袋、あとは中身はよくわからないでかい布袋だ。なにか口の中でモゴモゴ言っているが、状況としてはそんな余裕はない。
「わかった、とりあえず荷物は全部運ぶから、それで良いな。一旦俺の袋に入れるけど、後でうだうだ言わないでくれよ。馬は……残念ながら無理だ」
あとで、泥棒とか言われても嫌なので、やりたくなかったのだが仕方ない。マートは馬に積んであった荷物を全部自分のマジックバッグに仕舞う。馬はまだ生きていたが、脚の他、内臓を覆う骨も折れて瀕死な状態で、彼の未熟な治療呪文ではどうしようもなさそうだった。
「一旦上がって、ロープを垂らすから、ちょっとの間、耐えててくれ」
華奢な男は懸命に頷いた。左右の男たちは、別れて通路の前後に立って警戒を始める。
「わかった」
マートは壁を蹴って、天井の穴から外に出た。
マートが出た先は荒野だった。すでに夕暮れになり始めている。彼の感覚からすると、すこし時間がおかしい気がしたが、確かめる術もない。周囲を見渡す限りでは、人の気配はなかったが、遠くで何者かが走ってきている足音はしていた。誰も居ない内にと、飛行スキルを使って飛び上がり、周囲を確認する。全く見たこともない地形で、近くに道は見当たらない。
南西の方角に大きな街があり、黒い煙が上がっているのが見え、そこからこっちの方角に移動してくるものの姿が見えた。まだ遠くて、それが騎士や衛兵といった類なのか、或いは全く違うものなのか、視覚では判別できないが、見ていると明らかにこちらの方にまっすぐに移動してきているので、ただの旅人ということはなさそうだった。
大きな街からの距離はおよそ15キロ、移動してくるものとの距離は5キロといったところだろう。移動速度からすると、30分もしたら追いつかれそうだ。
北の方角に20キロほど行った所と東に8キロほど行った先に街らしきものが見えた。
とりあえず、それだけ確かめると、マートは急いで着地し、付近の岩にロープを結びつけて、その先を穴に下ろすと、自分も再び巣穴に飛び込んだのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
のんびりするつもりが、結局いろんなことが起こってしまうようです。
評価ポイント、感想などいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。