102 収穫祭
花都ジョンソンの収穫祭は、例年通りの狩りの後、アレクサンダー伯爵家の長男、セオドールが父スミスの代わりに神々に恵みを感謝する儀式をジョンソン城の大広間で行った。王家からの使者も出席しており、これで公に彼が次の伯爵であることが内外にも明らかにされたということらしかった。
アレクサンダー伯爵家に仕える貴族、騎士たちは拍手や万歳を繰り返し、スミス伯爵、長男セオドール、次男ロニー、そしてジュディはそれに応えて長く手を振ったりしていたが、マート自身は、そういう事には全く興味がなく、ぼんやりとその様子を見つめていた。
その後、式典は進み、伯爵家の内政官の筆頭であるノーランド男爵と名乗る30台前半の男が壇上に上り、誇らしげに話し始めた。
「今年、王家には喜ばしいことがありました。それは240年の長きに渡り、戦乱によって失われておりました王家の宝である聖剣。二振りある聖剣のうちの1本がなんと発見されたのです」
「当主スミス様の次女であるジュディ・アレクサンダー姫が騎士オズワルト・グールド、騎士アズワルト・グールドを従え、王都近くの火山、ヨンソン山にて探索を行った際に、ガイド役であった冒険者マートの協力を得てそれは達成されました」
ジュディ様万歳、オズワルト、アズワルトよくやったぞという声が騎士たちの中から上がった。マートというのは誰だという声も聞こえる。
「国王陛下の使者、第二騎士団団長、エミリア・ブレイン伯爵閣下から、お言葉を頂きます」
すると、ノーランド男爵の背後から、男装をした女性が歩み出た。身長はノーランド男爵よりすこし高いだろう。栗色の髪を短めにしていて目つきは鋭い。年の頃はノーランド男爵と同じぐらいかそれより若いように見えた。
「今回成し遂げられた偉業について、国王陛下は非常に感謝され、その証としてジュディ姫には王家に伝わる幸運の首飾りを、また、実際の発見者である冒険者マートには、ワイズ・クロス勲章、姫の護衛の騎士であったオズワルト・グールド、アズワルト・グールド両名には、剣を下賜することとなりました」
おおお というどよめきの中で、マートというのは誰だという声とワイズ・クロス勲章というのは何だというざわめきが広がる。
「ワイズ・クロス勲章というのは、王家のために偉大な貢献をした者に贈られる勲章で、領地は与えられませんが、年に一度王城で行われる式典に参加することが許され、生きている間はささやかな恩給が与えられることになります」
ノーランド男爵が補足し、式典の進行を続ける。
「ジュディ姫、冒険者マート、オズワルト・グールド、アズワルト・グールド 前へ」
ジュディが進み出て、エミリア伯爵から首飾りを受け取る。召使のクララが落ち着いてその首飾りをジュディから受け取ってその首元に飾った。大きな拍手が上がった。
次にマート、オズワルト、アズワルトの順に前に進み出て、それぞれ勲章、剣を受け取った。マートのときは、ぱらぱらと拍手が、オズワルト、アズワルトは知り合いも多いのだろう野太い声援があがる。
ジュディを中心に4人がエミリア伯爵と、大広間の貴族、騎士たちに礼をして、授与式は終了し、そこから宴会が始まった。仕事は終わったとマートは抜け出そうと出口の方に向かったのだが、そこで顔見知りの女性に声をかけられたのだった。
「お久しぶりですね、マート殿」
そう言ってマートに話しかけてきた女性はハリエット夫人だった。ランス卿の紹介で貴族の作法を教えてくれた夫人だ。たしか収穫祭の前だったので丁度1年前の事になるだろう。
「あの時はお世話になりました」
その時は潜入調査のためにマリソンという偽名を使っていたが、マートと呼びかけてくれたことから、それについて騒ぎ立てる気はないのだろうと少し安心しながら礼をする。周囲は人の出入りも多く、にぎやかに話したり、食事をしたりしているので、それほど目立っている様子ではなかった。
「いえいえ、もうお帰りですか?今日の主役でしょうに」
ハリエット夫人はマートの肩からかかるワイズ・クロス勲章の飾り帯をちらりと見た。
「儀式は終わりましたし、このような高貴な場に私は場違いでしょう。安酒場で飲んでいる方が気楽なのです」
「ほほほっ、そんなことは仰らずに、この後、舞踏会がありますのよ。是非私と踊ってくださいな。それとも私では不足とでも仰るのかしら?」
マートはこの夫人の意図を測りかねたが、面白がっているだけのように思えた。舞踏会で行われているようなダンスは、ラシュピー帝国でのパーティで少し見ただけだが、基本的な身体の動きはそれほど難しいものではなかったので軽くであればおそらく問題ないだろう。
「私のような下賤の者でよろしいのですか?」
「何をおっしゃいますの。新年に王城で行われる式典には騎士、たとえばランス卿は身分が足りず参加できませんのよ。つまり、あなたの身分・格式は1等騎士以上ということですわ」
成程、そういう考え方もあるのかとマートは感心した。
「それでいて、まだ若く、これほどの美男子が現れたのですもの。社交界ではすごい話題になりますわ」
「お口の上手い。私など……」
そんなことを喋っているうちに、音楽が始まった。幸いマートも知っている曲だ。数少ない伯爵家の中での知り合いである。友好関係を築いたほうが、得策だろうと彼は考えた。
「では、ハリエット夫人、一曲お願いいたします」
「喜んで」
マートは跪いてダンスを乞うた。ハリエット夫人は満足げに微笑み、その手を取る。
マートのダンスは最初はぎこちなかったものの、ハリエット夫人のエスコートの巧みさにも助けられて、次第に手足の動きはスムーズになり、無骨な連中の多い伯爵家の社交場の中で逆に2人の所作の優雅さが目立つほどになっていった。
「すばらしいですわ。行儀作法の上達振りも素晴らしかったですが、ダンスも素敵ですわ。周りの方々が目を丸くしていますわよ」
ハリエット夫人がマートの耳元で囁く。
「お戯れを。お願いが一つございます」
マートもハリエット夫人の耳元で囁いた。
「あら、なんでしょう?寝室の窓の鍵を開けておいて欲しいのかしら?」
そういって、彼女はふふふと笑う。
「この曲が終わりましたら、私は姿をくらまそうと思っています。他の貴族の方々で私を探そうとされる方がいらっしゃるかもしれませんので、御迷惑をおかけするかも知れません。お許しください」
「あら、それでは舞踏会でダンスを踊ったのは私だけということになってしまいますわね。ジュディ様がこちらを見ていますよ?よろしいですの?」
彼女は楽しそうにそう尋ねたが、マートは微笑んで軽く頷くだけだった。
曲が終わり、マートはハリエット夫人に軽くお辞儀をし、彼女をダンスを誘った出口近くまでエスコートした後、そのまま扉を出て行ったのだった。
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