100 不審者
2020.9.21 マジックバック → マジックバッグ
“ウェイヴィ、ニーナ、召喚や顕現って一瞬だけは可能か?”
左腕の水色の波と黒い獅子に触れながら二人に念話を送った。その横には赤い炎も描かれている。
“なにをしたいの?”
“どうしたい?”
“面倒な事になるかもしれない。油断してた。今持っているマジックバッグと剣を預けたい。できればなにか誤魔化すための代わりの物も欲しい。だが、この部屋はのぞき窓があって監視されてる”
“私はそれは難しいかな。召喚されるとどうしても完全に姿を現すことになる。幻覚呪文とかでごまかせないの?”
ウェイヴィが先にそう応えてきた。
“ふむ、試してみる。”
ニーナからはそんな返事があった。しばらくして、黒い獅子の文様のところから指が一本出てきた。かなり違和感のある見た目だ。
“どう、出た?”
“ああ、出てるよ。なぁ、もしかしてこれって首だけとかも出せるのか?”
“うーん、出せるかも?でも腕からだと僕の頭のほうが大きいからねぇ、どうなるかは試してみないとわからない。試そうか?”
のぞき窓から死角になるようにマートは身体の向きを変えた。楽しそうにニーナの掌がマートの腕から生えて動いている。
“いや、いらん。とりあえず、これを持ってくれ”
マートは自分のマジックバッグと魔剣をその手に持たせた。それを掴んだ手がしゅるんと引っ込む。代わりに古びたバックパックといつもニーナの腰にぶら下がっているがほとんど飾りでしかない小剣が出てきた。マートは急いでそれを受け取る。
“おっけ、助かった。これで乗り切れる”
“暴れるのなら、呼んでね”
“暴れる気はねぇよ”
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かなり待たされた後、立派な服を着た若い男が、護衛らしき男を2人、そして使用人らしき男女も連れて控え室にやってきた。
「ジュディお嬢様にお会いしたいというのはお前か?」
「ああ、その通りだ」
「名前は?」
「マート」
「用件は?」
剣の話を普通にしてよいかどうかが、マートには判断がつかない。
「お嬢…いや、ジュディお嬢様が俺を探していると聞いたので、立ち寄っただけだ。用件は逆にお嬢様に伺っていただきたい」
「了解した。念のために武器を預かる。また所持品の検査をさせてもらう」
「私は冒険者Bランクだがそれでも必要か?」
やはり、そう来たかとマートは思った。オズワルトの顔がちらちらと脳裏に浮かぶ。まぁ良いだろう。
「当家ではランクAであっても処遇は変わらない」
男はそう言いきった。
腰の剣を渡し、バックパックも渡す。護衛らしき男がバックパックの中身をその場にひっくり返した。当然ながらたいしたものは何も入っていない。
「ベルトや服もだ」
マートは肩をすくめた。何のつもりなのか知らないが、余程執念深いのか、単に馬鹿なのか…。別に裸を見られるぐらいはかまわんさ、と自分に言い聞かせつつ、服を脱ぎ、使用人に渡していく。
「下着も要るか?」
男はすこし躊躇したが、下着は脱がなくても良いと答えた。
そんなやり取りをしている間に、廊下でなにやらやり取りをしている声がマートには聞こえて来た。ジュディの声だった。ランス卿、シェリー、クララの声も聞こえる。
バタンと扉が開く。ジュディが飛び込んできて、裸のマートを見て顔を真っ赤にした。
「ウェイン、何をやっておる。マートという者が来たら、何を置いてもすぐに連絡をするように通達しておったはずじゃ」
続けて入ってきたランス卿が、部屋の中の様子を見て、大声で言った。立派な服を着ていた男は、ウェインという名前らしい。
「しかし、ランス卿、その者は先触れもなく、伴の者もつれず現れたのですぞ。本人とはとても思えませぬ」
「そなたもそのような物言いか。今は時間が惜しい。部屋で謹慎しておれ。マート、良いから服を着てくれぬか、そして一緒に来てくれ。国王陛下がお待ちじゃ」
「国王陛下?」
マートも思わず聞き返した。着かけた服も、国王陛下に謁見できるような服装ではない。
「服はかまわぬ。非公式じゃからな。マートが今、王都にいることを国王陛下は何故か御存知のようだったぞ。そして、すぐ会えると確信しておられたようでな、何度も催促された。念のため儂等が帰ってきたら、このありさまじゃ」
ウェインは顔色が赤くなったり青くなったりした後、その場に座り込んだ。マートはそれを横目に急いで服を着る。クララが手伝ってくれた。
「猫、ほら王城に行きましょう」
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