99 前世記憶
2020.9.3 誤字訂正)ラシュビー → ラシュピー
「私は前世記憶を持っているの!あなたもでしょう?ごめんなさい。確かめたかっただけなの。あなたを害する気は無かったわ。私に対して嘘を言えないようにしたかったのよ」
マートはその言葉に唖然とした。ライラ姫が前世記憶持ち?もちろん呪い呪文をつかった時点で呪術魔法を習得しているということになるし、ということは魔獣としての前世記憶を持っている可能性が高いということは判る。だが、王女である彼女がそれを認めるような発言をするとは...
「マートはステータスカードを持っているから、判っているのでしょう?その瞳をみたときから、確信していたの。私と同じ前世持ちだって。そうだと言って頂戴。ねっ?」
マートはそう言われて困った。彼女は本当の事を言っているのかもしれない。信用すべきなのだろうか?ニーナに記憶奪取をしてもらい、ライラ姫になりすましてもらう?できなくはないが、余計面倒なことになりそうだ。だが、マートは腹をくくった。
「わかったよ、俺はライラ姫の想像通り、魔獣としての前世記憶を持っている。何の魔獣かを言う気はないけどな。だから、暗闇でも目が見える。精霊魔法の素養も高いから、あんたの呪文は俺にはあまり通じないだろう。俺を縛ろうとするな。これ以上何かしようとするのなら、俺は全力でそれに抵抗する」
一気にマートはここまで喋った。
「やはり…そうなのね。前世記憶のある人に初めて出会った。私だけじゃなかったのね。ねぇ、聞いて、私の前世記憶はサキュバスなの」
「サキュバス……」
マートがそう呟くと、ライラ姫は顔を真っ赤にした。
「サキュバスのスキルは使ったことないわっ、信じて」
マートは思わず苦笑した。最悪のケースは避けられそうだ。
「自分が前世記憶を持っていると知ったのは最近なのか?」
「去年ステータスカードを手に入れるまでは、前世記憶なんて全く知らなかったの。酷く悩んだわ。うっすらとメイドたちにも聞いて見たり、本を調べたりした。でも、そんなことは誰も知らなかったし、何の記述もなかった」
「夢は見ていたんだろう?」
そう言われて、ライラ姫はますます顔を赤くする。サキュバスとしての記憶の夢…ああ、女性にそういう事を聞くなんて悪い事をしたなとマートは少し思った。答えづらそうにうなずいた彼女は、さらに言葉を続けた。
「その後、話を聞いたのよ。猫のような目をして、暗闇を見通すことのできる冒険者が居るってね」
「成程……」
「話は、暗い水の中でも仲間を見つけることができる冒険者ってだけだった。でも、私も鋭敏視覚を★1で持っているの。すこしぐらい暗くても昼間位に見えるわ。きっとそれと同じような力をこの人は持っているんだなって思った」
「それで、俺に興味を持ったんだな」
「そうよ。あのパーティであなたを見て確信したわ。この瞳は前世記憶に繋がっている。あなたは私と同じように前世記憶を持っている人だって」
マートは、ライラ姫の抱えている強い不安を感じとった。きっと、この姫は誰にも言えない前世記憶というものを抱え込んでいたのだろう。もちろんマートも同じようなものだが、立場がちがう。彼女は周囲に常に誰かが居り、一人の時間などなかったに違いない。彼にはトカゲとかいうのが接触してきたりして、自分が前世記憶を持っているとしても一人きりじゃないというのも判っていた。そこまで考えが至って、彼女が呪文をかけてきた行為を許せる気もした。
「わかった。だが、呪文をいきなり使うというのは感心できない」
思うがままの事を、マートは言葉にした。
「ごめんなさい。その通りね。私も必死だったの。仲間を見つけたくて……。よかった……。もし、あなたが前世記憶をもっている相手じゃなかったら、私はどうしたらいいかわからなかった」
「王都には、前世記憶を持っている人間が何人かいるはずだ。俺が知っている男は王都の第8街区でトカゲという名前で通ってると言っていた。あと、前世記憶をもつグループで魔龍同盟というのが、ラシュピー帝国にはあるらしい。俺みたいに外見で特徴がある者にステータスカードを持たせて、いろいろ調べているみたいだが、そこは人体実験じみたこともしているみたいなので、あまりお勧めしない」
「王女という立場では、そのどちらにも接触は難しいわ。私一人で行動することすらできない身なの」
「そうだな。それに関しては同情するよ。今みたいにメイドたちを遠ざけることすら難しい事だろうというのは、推測できる」
「あなたは何者なの?失われていた聖剣を見つけ出し、私を助けてくれるあなたは……」
「さぁね。とりあえず、前世記憶というのは自分だけの重荷じゃないというのはわかっただろう?お互いあまり公に出来る話でもないが、1人だけで抱えていなくても良いってわかっただけでも少しは気楽になるだろ」
「ありがとう、マート」
そういうライラ姫の目にはすこし涙が溜まっている。
「あと、外見で特徴のある人間は王都でも苦労していたりすることが多い。彼らのほとんどはステータスカードを手に入れるほどの財力もなく、ただただ偏見にさらされているんだ。もちろんそれ以外でも貧しいものたちはたくさんいるので、それだけを救って欲しいわけじゃないが、すこし思いやる政策をとってもらえるように働きかけてもらえるとありがたい」
「わかったわ。宰相様とは相談しておきましょう。ねぇ、マート、たまには訪ねてきてくれる?」
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その後、マートは、アレクサンダー伯爵家の王都での邸宅を訊ねることにした。遅かれ早かれ彼が王都に滞在していることは、判ってしまうだろう。さっさと終わらせる方が良いと考えたのだった。
ところが、アレクサンダー伯爵家の王都での邸宅を訪れたマートは控えの間でかなりの時間待たされることになった。
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