8. ライーニアのユーリス
ヨルクは、何も言えずに立っていた。
「国が滅びた」なんて言われても、そこにいる全員が嘘をついているとは思えない。
これが大人から聞かされたのであれば「嘘だ」と反発できただろう。ところがそこにいるのは、ほとんどは小さな子供たちだ。子供たちに怒っても仕方がない。
ヨルクは来た道を戻り始める。
「ご主人様ぁ!」とヌンが慌ててヨルクの後を追い、ダンとワルトも追った。土地を知らないヨルクは集落に戻れないかもしれない。
結局、道に迷ったヨルクは、ダンとワルトに導かれてサライに戻り、バツが悪いのか何も言わずに自分が泊まった家に入ってカーテンを閉めてしまった。
とにかくユーリスと年上の者たちは、年下の子供たちを戻らせることにする。
子供たちはヌンの苗を大切に抱えていた。この周辺に生息してない苗は、別の場所に植えるためだ。
ヌンはそんな子供たちと仲良くなっていた。それはヌンの精神年齢が幼い子供ぐらいに設定されていたからで親しみやすかったのだ。
午後になるとサライの気温は更に上がった。
そのジリジリとした暑さの中、ユーリスは森の中を広く見渡すように眺める。
「さあて、どうするか」
ユーリスの言った意味は二つあった。
一つはヨルクのことだ。
彼らはヨルクの乗る宇宙艇がラーウスの軌道に乗ったのを知ってエルナトを出た。
エルナトは、百年ほど前にラーウス人たちがやって来た最初の地で、今でも惑星ラーウスの中心にある。
彼らが迎えに来たのは、ヨルクをエルナトへ連れていくためだが、ヨルクが行きたくなければ強いることはしない。
以前から、百五十年前の時代からセルク・ヨナがやって来るのは知らされていた。それなのにセルク・ヨナが誰なのか記録が無かった。
ヨルクについては、百五十年前に行方不明になった少年だと分かっていた。
そしてラーウスでは「セルク・ヨナがヨルクだと困る」と思われていた。
ヨルクという名の少年には問題があったのだ。
記録に「ヨルクは宇宙ステーションの一室に引きこもっていた」とあったのに説明が無かった。
単に一室にいただけなのか、何かの理由、例えば、
「危険人物として隔離されていた」とか、
「百五十年後の世界に流刑になった」と言う者もいたくらいだ。
ラーウスでは、感情をコントロール出来なくなった者だけが閉じ込められる。
ティアがヨルクに襲いかかった時の様なもので、もしティアが落ち着かなければ、彼女も隔離小屋行きとなる。
もちろん落ち着けばすぐに出られるが、一ヶ月以上かかる場合もある。
ヨルクは、なんと二年以上だ。
百五十年前に「手に負えない少年を流刑にした」と言うことがあったかもしれない。
この惑星には、気の荒いラーウス人を受け入れるだけの自然の力がある。
それでも長く隔離されていた流刑者を受け入れられるのかは疑問だった。
十四歳とはいえ、そんな危険人物を送り込まれても困るだけだ。
それにヨルクが、ここにいたいと思うのかも疑問だった。
百五十年前の便利な社会とは違い、ここで生きていくにはスキルがいる。
生き延びるのに必要な事を学んでいかなければならない。
もしヨルクがここにいたくないのであれば、次の船が来るまでサライで待てば良い。
廃れたとはいえ空港があるのはここだけだ。
体良く追い出すことになるが、情報が少ない以上、それも仕方がない。
さらにヨルクがエルナトへ行く理由についても、様々な意見があった。
「エルナトにヨルクの生きていた時代に戻れる方法があるのでは」と言う者や、「あんな所に戻りたいと思うのか」と訝る者もいる。
「あんな所」と言うのは、いずれ滅んでしまう未来のない社会のことだ。
それでもヨルクは戻りたいかもしれない。
そんな社会でもヨルクは好きかもしれない。
人が望むのはそれぞれで、他人には分からない。
選択は自由で、自分で決めることなのだ。
そうしてもう一つ。
ユーリスと年上の者たちは一人の子供を探していた。
迷子を見つけられないでいる。自然の中で小さな子供を探すのは難しい。気温が上がり続け、皆は焦っていた。
そして…
「あ、いた」
ユーリスが、大きな木の根元がむき出しになり絡み合った奥を覗くと、そこに小さな男の子が隠れていた。
ユーリスは手を入れて男の子を掴もうとする。そして途中で辞めた。
薄暗い穴の中、二つの目が爛々と輝いている。男の子は体を硬直させ、両手をぎゅっと握り、前髪は汗で額にぴったりと張り付いている。
怖いのだ。
子供は好奇心旺盛で、何かに興味を惹かれ、迷子になることがある。そして怖くなれば隠れたりする。隠れて見つからなければ集落へ戻れず死んでしまうことがある。
ここはそういう所だ。
「僕もこうやって隠れたよ」
ユーリスが言った。
男の子はしばらく黙っていたが、少し前に乗り出して言った。
「ライーニアのユーリスなのに?」
皆は彼のことを、ライーニアのユーリスと呼ぶ。
この惑星でライーニア家に属する者には特別な使命があった。
乱暴者と言われるラーウス人を牛耳るのではなく、仕える者としての勤めだ。
以前、ライーニア家には多くの男子がいて、その勤めに付いていたが、今はユーリスと彼の父親だけになってしまった。
他に残っているライーニア家の男子は、ワルトとニケだけだ。二人がその勤めに付くかどうかはまだ先の話で、それを担う者には多くのことが要求される。
だからライーニアのユーリスが隠れたなんて、幼い子供には信じられなかった。
「僕だって怖い時もあったよ」
男の子はそれを聞くとすぐに引っ込む。自分が怖がっているのを知られたくない。
ユーリスが恐怖を克服できたのは、ラーウスの自然にあった。
惑星ラーウスの自然だけでなく、太陽や星、そして大きな宇宙のエネルギーから力を得ているように思えていた。
とはいえラーウスの自然は優しくはない。怖かった感情は、とうの昔に捨ててしまった。そんな感情を残していける程、ここの自然は甘くない。
ユーリスは、ふっと力を抜く。そして目を遠くの方へ向けた。
すると男の子は身を乗り出してユーリスを見る。
「怖くないよ」と男の子は言って、口をキュッと閉める。
ユーリスはニコッとした。
「そう、だったら出ておいで。皆、君のことを心配しているよ」
もう一度ユーリスが手を伸ばすと、男の子は穴の中から出て来た。
「テオー」
遠くから男の子の名前を呼ぶ声がする。
ユーリスは男の子を抱き上げ、声のする方に向かって叫ぶ。
「見つかったよー!」
テオはユーリスの首を抱いてしがみつく。その小さな手は土まみれだ。必死にあの木の根を掻き分けて奥に入り込んだに違いない。
ユーリスは、テオの汗でじっとり濡れた背中に優しく手を当てる。
自分もそうやって優しくしてもらった。そうやって生き残ってきたのだ。
ユーリスはテオを抱きかかえながら、自分たちは、ヨルクがラーウスで生きるのを助けるためにサライに来たのかもしれないと感じていた。