7. 宇宙空港都市
アニタは振り返るとニッコリした。
後ろを付いてくるヨルクの歩調に合わせるためだ。
山道に慣れてないヨルクは早く歩けない。ヨルクは申し訳なく思うが、「遅いよね」と言われている気もする。
道は舗装されておらず、岩や木の根でデコボコしていた。
「こんな田舎に来てしまうなんて」と気持ちがしぼんでしまう。
「とにかく、ヌンの所へ行くんだ」とヨルクは必死にアニタの後ろを追った。
ヌンによると惑星の宇宙空港に着陸したはずだった。それなのに飛行物体が飛んでいるどころか建物も騒音も聞こえない。
ヨルクは「ヌンが火傷したせいで航路から外れ、空港から離れたのだろう」と思っていた。
そして「ヌンと合流したら街まで行って、両親に連絡して迎えに来てもらおう」とだけ考える事にする。
しばらくすると道は平らになり、木々の間隔が広がって、視界は開けていった。
土は湿っていて柔らかく、辺り一面に植物の芽が伸び、まるで柔らかい薄緑色の絨毯が敷き詰められているようだ。
それでも今のヨルクには、この美しさは目に入らない。それどころでは無かった。
突然ヨルクは、はっとする。お金を持っていないのだ。
宇宙ステーションでは現金を使わなかった。田舎ではお金が必要かもしれない。それに両親も攻撃を受けたのだから連絡が付かない可能性もある。
ヨルクが「他の誰に連絡できるのか」と考え始めると、祖母のことを思い出した。
ヨルクの祖母は、ヨルクが寄宿舎にいた時、会いに来てくれていた。宇宙ステーションに移ってからは会っていない。
それで「名前は何だったっけ」と思い出そうとする。「お祖母様」と呼んでいたが、それでは誰なのか分からない。
自分の家族について何と言って良いのか、説明の仕方が分からない。自分の両親とさえあまり会話してなかったのだ。
そこでアニタが自分を「ヨルク」と呼んだことを思い出した。
「もしかして、自分を捜索してくれている?」と期待するが、それなら惑星の軌道を回っていた時に連絡できたはずだった。
あれこれと考えるヨルクは心細くて仕方がない。
それでも「いや、ヌンがいる」と気を取りなおす。「ヌンがいるから何とかなる」
その時、ツンとする甘い匂いがした。
「あれがヌンよ」とアニタが指差す。
その方を見たヨルクはギョッとした。ヌンがいた所には崩れかけた小山のような物があって、大きなオレンジ色の花がにょっきり咲いていたのだ。
ヌンの周りには、前の晩にはいなかった年上の娘たちと、小さな子供たちがいて、蟻塚を出入りする蟻たちの様に動き回っている。
子供たちはヌンの中から苗を持ち出していた。それはヌンの中から苗を盗もうとしている様にも見える。
「お前らヌンに何をした⁉︎」
それはヨルクが初めて出した声だった。皆、一斉にヨルクを見る。
「声が出るんだ」と呆れたようなティアの声。
そして、
「ご主人様!ご無事だったんですね!」と聞き慣れた声がした。
ヨルクが振り向くと、そこにはティアがいて、横に彼女と同じぐらいの高さの棒が立っていた。
棒の天辺には、黄金色をした袋の様なものが乗っかっている。その棒はピョンピョンと嬉しそうに跳ね、天辺のフアフアの塊も上下している。
「ヌン?」
「ご主人様!」
昨日の夕方別れたばかりのヌンとヨルクなのに、感動的とも言える再会だ。とはいえヨルクは目をぱちくりさせる。
「お前、どうしたんだ?」
「明け方に花が咲いてしまったんです!」と、棒は小さく振動しながら声を発した。
「どうしようかと困っておりましたら、サライの皆様に見つけていただき、助けて頂いたんです。あ、ご主人様、お加減はいかがですか?もうお昼時ですが、お食事はされましたか?お茶の準備をいたしましょうか?」
と、その棒は言いながら、ササッとヨルクの方に寄る。するとヨルクは一歩後ろへ下がった。
「おい。お前のご主人様は怖がっているぞ」とダンが言った。
ヌンもヨルクの反応にショックを受けたようで、天辺の袋がカクンと前に垂れる。
ワルトが両手に持っていた苗を下ろしながら言った。
「仕方ないよ。花が咲いたなんて知らなかったんだし。俺たちだって驚いたんだから」
そしてダンはヌンの袋をチョンチョンと突く。
すると巾着袋の口の様な部分が開き、黄金色の粉末がフワッと宙に飛び散った。
「うわっ、ホコリ?こいつ、ホウキみたいだな。ほら、昨日、ティアの尻を引っ叩いたやつだよ。お前ら、ホウキが好きなのか?」
ヌンは慌てて袋の口をキュッと閉じた。
「ダン様。私はホウキではございません。雄しべです。雌しべを探し子孫を残す、と言う重要な使命があるのでこの形なのです。それにこれは花粉です!大切な、大切な!」
ダンはしょうがないと言う風に答える。
「分かった、分かったよ。協力するって言っただろう」
「ありがとうございます!」と、あっという間にヌンの機嫌は治った。
ワルトが、
「苗のほとんどはこの辺りでも生えてるけど、ヌンは違うよね」と言うと、ダンも呆れた様に頷く。
「デカイよ。こんなの見たことないぜ。おい、ティア。お前は植物に詳しいんだろ。分かんないのか?」
するとティアは、ぷくっと頬を膨らませ、なぜか怒った様に答える。
「知らない」
そこにいた娘たちのリーダーのベルカリスも首を傾げる。
「確かに、こんな大きな花は見たこと無いわね」
アニタも口を開く。
「私は、ヌンが山岳の方の植物じゃないかと思うのよ。ティアも知らないなら、ティアが行ったことがない所を探したほうがいいんじゃない?」
それを聞いたティアが、今度はウンウンと嬉しそうに頷き、ワルトがポンッと手を打つ。
「じゃあエルナトへ戻ろう」
ダンもニカッと笑う。
「そうしようぜ!」
「良かったねヌン」
そう喜ぶティアにヌンがフルフルッと体を震わせる。
「ありがとうございます、皆様、よろしくお願いします。ね、ご主人様、良かったですね」
とヌンがヨルクを振り返ると、ヨルクは不機嫌そうな顔をしていた。
「ご主人様…?」
ヨルクは、ヌンが自分より皆と仲良くなり和気藹々としているのが腑に落ちないでいた。
ヌンはもう飛べない。ヌンの体はドロドロに溶け、花を咲かせ、雄しべになってしまった。
ヨルクは「さっさと惑星に降りれば、ヌンは溶けなかったかもしれない」と後悔もしていた。
有機宇宙飛行艇の鉢植えキットの説明書に「花を咲かせる」なんて無かった。
もちろんそれは何を植えるかによるので、花を咲かせる飛行艇があったかもしれない。
それでも「宇宙ステーションの攻撃で避難し、どこかの惑星に降りる時に火傷してしまい、花を咲かせて雄しべになった」などと、おもちゃの制作会社にそこまでの対策は期待されていない。
そしてふと気づく。
「サライって?」
ヌンは「サライの皆様に・・・」と言った。
サライは空港のある街。ということは、ヌンはサライの者と接触したことになる。
「ヌン、サライの街に案内してくれ」
ヨルクがそう言うと、皆はお互いを見る。
ヌンは何と答えて良いのか分からず、トントンと小さく上下に跳ねている。
するとユーリスが切りだした。
「君が昨夜泊まった所がサライだよ」
「え?」
アニタとベルカリスが説明する。
「私たちがサライの住人よ」
「ここもサライ、昔は大きな街で大勢の人々が住んでいたのよ。今は人が住んでいるのはあそこだけ。乾季に入って幼い子供たちだけで留守番しているのだけれど」
「は?」とヨルク。
宇宙ステーションと比べると、ここはあまりにも原始的すぎる。以前は宇宙空港都市だったとしても、この草木で覆われた場所がそうだとは信じられない程だ。
「どう言う事?」
そのヨルクの問いに、皆はしばらく黙っていた。
それからユーリスが口を開く。
「ここは君がいた宇宙ステーションから遠く離れた辺境の惑星なんだ。君のいた頃の生き残りは、今、ラーウス人としてここに住んでいる。君のいた国はもう無い。滅んでしまったんだ」