5. 攻撃
「何だこれは⁉︎」
空から降りて不時着した物体は、宇宙艇には見えなかった。
大きさは小さな家くらい。表面はドロドロに崩れ、焦げている所もある。しかも幾つもの太い管のようなものがニュルッと飛び出し、ダンッダンッと地面を突き刺していく。
「植物?」とワルトが言った。
するとニケが「化け物!」と叫び、そばにあった木の棒を取り、その化け物に飛びかかった。
「あっ、待てっ!」と皆は止めようとしたが、すでに遅い。
化け物は管をシュッと細くしてニコを掴むと、ぐるぐる巻きにして持ち上げた。
「ニケ!」と、今度はティアが飛び出す。
ティアは、ニケに巻き付く管の根元をナイフで突き刺す。するとパックリと開いた傷口から液体が吹き出し、ツルはニケを掴んだままバタンバタンともがきながら泥を撒き散らす。
ニケは空中ブランコのように宙を舞いながら「あーあー!」と叫ぶ。
怖いというより楽しそうだ。
ユーリスたちは「はあっ」と息を吐いてガックリと肩を落とした。
三人は呆れて見ているだけで何もしない。
ところが次の瞬間、自体は変わった。
ティアがバシッと弾き飛ばされたのだ。
そこには一人の少年が立っている。
「どこから現れた⁈」ダンが叫ぶ。
化け物の側面に穴が空いていて、そこから出て来た少年は長い棒を持っていた。それでティアを叩いたのだが、棒の先にはボサボサしたものが付いている。
「ホウキ?」と三人は思った。
その武器は「ホウキ」のような形をしている、が、そうなのかどうか分からない。
過去とは言え宇宙からやって来た少年だ。
「未知の武器なのかもしれない」と思った三人だったが、顔色が変わった。起き上がったティアの目が燃える炎のように光っている。
ティアが戦闘態勢に入ったのだ。
「うわっ!」
「まずい!」
「ティアを止めろ!」
客を迎えに来たのに攻撃するなんて、最悪の自体になってしまった。
元々この民族は、血の気の多い野蛮人として知られていた。
一応、高度な技術を持っていたので、文明的野蛮人と言うことだ。無差別に征服し、得た土地を荒廃させてしまう所から「文明人にはあるまじき民族」という意味でそう呼ばれた。
とにかくそれが災いし、辺鄙な惑星に追いやられ、今はラーウス人としてこの惑星で生活をしている。
島流しの様なものだ。
今は「他民族に迷惑をかけないし」と、好き勝手に騒ぎ、自然に囲まれたこの気兼ねのない田舎生活を気に入っている。
さて、ここの子供たちは、遊びの中で喧嘩が激化しないよう年上の者たちから見守られながら成長していく。幼い子供でも血の気は多いので戦闘態勢に入ってしまえば止めるのは難しい。
特にティアを止めるのは至難の技だった。
ところがヨルクは、そのティアの反撃をひらりと交わした。
それはヨルクにとって自分でも驚くほどのパーフェクト・フォームで、その動きはスローモーションのようにゆっくりと感じ、美しいとさえ感じてしまう。
ヨルクは学校で戦闘の訓練を受けていた。だが、その授業は好きではなかった。
この民族の運動能力は高く、ヨルクは中の下くらいなので負ける方が多かった。自分でも戦闘に向いていないと思っていた。戦闘はゲームの世界だけだった。
とにかく学校の授業のレベルは高かったので、体が卓越した型を覚えていたのだ。とはいえすぐに実力の無さがバレてしまう。
いや、その方がユーリスたちにとって都合が良かった。
彼らはティアを止めるのに必死で、ヨルクに構う暇は無い。これでヨルクも戦闘態勢に入ってしまったら、全員で血で血を洗う騒ぎになっただろう。
とにかくヨルクにその気はなかった。あっという間に、いつもの自分に戻っていた。あの「引きこもり」に。
「危ない!」と誰かが叫ぶ。
ティアのナイフが戦意を失ったヨルクの額めがけて振り下ろされる。
ヨルクは目を瞑った。が、何も起こらない。いや起こっていた。ホウキの柄がバキッと折れ、その衝撃で尻餅をついたのだ。
ヨルクが目を開けると、二人の少年が、攻撃してきた子の両脇を抱え後ろへと引きずっていくところだった。ジタバタするその子はツタのツルで木に縛り付けられる。
その時初めてヨルクは、相手が女の子だと気づいた。
ヨルクにとって、女の子に襲われるなんて珍しい事ではなかった。
好かれているとか特別な意味では無い。
生徒たちは争い事が好きなので、それに巻き込まれることが多かったのだ。
ヨルクはホウキの柄が折れるほどの衝撃に震える自分の手を見ながら、
「この感触は覚えている」と思った。
自分が学校へ行くのを辞めたのも、これと同じ恐怖を味わったからだ。
学校は、身の危険を感じる様な所だった。
ふとヨルクは振り返る。
そこには年上の少年が立っていて、彼は優しく微笑みながら言った。
「ようこそ、惑星ラーウスへ」
この打って変わったような突然の歓迎にヨルクは驚く。そして「自分は攻撃されたよね?」と戸惑う。
「僕はユーリス・ライーニア。セルク・ヨナ、君を迎えに来たんだ」
と言われても、ヨルクは返す言葉がない。
「セルク・ヨナって誰?」と思っている。
ヨルクは右手がズキズキと痛むのを左手でおさえた。
ワルトが、
「あ、手を痛めた?湿布薬ならあるよ」と言って、腰の袋の中をガサガサと探す。
ヨルクはされるがままに湿布を貼られても黙っていた。どうして良いのか分からない。
「おい!ティアはどうするんだ?」とダンが叫んだ。
ダンは、縛られても歯をむき出しながらもがくティアを必死に抑えていた。
「そうだな・・・」とユーリスは言って少し考える。
それからティアに近づき、同じ目の高さになって、ティアの心の奥を覗き込む様に見つめた。
ティアは「うっ」と怯むが、唸り声は低く残っている。まだ興奮が収まっていない。
「ティア、しばらくここにいる?」
ユリスの言葉に、ティアは唸り声を止めた。それでも息は乱れ、目は爛々とししている。
その時ニケが言った。
「ねえ、早く帰ろうよ。お腹がペコペコだ」
ニケはヌンの管から解かれ、泥の中に座り込んでいた。
ユーリスはもう一度ティアを見る。
ティアは、ニケが無事なのを知ったからなのか目から炎が消えていた。
ユーリスはニコッとする。
「じゃ、戻ろうか」
ティアがこくんと頷いた。
「おーなかが空いた、おーなかが空いた」
とデタラメに歌うニケを先頭に、ユーリス、ダン、ティア、そしてワルトが続く。その後ろをヨルクがトボトボと歩く。
ティアは前を向いているが、ちょっと体制を変えただけでヨルクは身構える。ティアから攻撃された余韻が残っているのだ。
ヨルクが行った学校では、生徒たちの騒動の後、生徒たちが高ぶった気持ちを抑えるのに数日かかっていた。だから「この子も簡単に冷静にならないはず」と警戒する。
「ティアが気になる?」
ワルトが振り向いてヨルクに言う。
「あの子は切り替えが早いんだ。もう闘争心は無いよ」
昨日の敵は今日の友だとしても、数分前は自分を襲った女の子だ。
とてもヨルクには信じられなかった。