4. サライ
ティアは人の気配を感じ振り向く。
植生が濃く鬱蒼としている森の中、陽の光が枝や葉の間から細く降ってきている。
ティアは、ぐるりと森を見回した。そして一瞬、明るい方に目を止める。その先には扇状地があり、乾季に入ると水が引き広い土地が現れる。
ラーウスは雲で覆われた熱帯多雨林の惑星で、人が住んでいる場所は年に半分づつ雨季と乾季が入れ替わる。
だが人の気配はそこからではない。もっと近い。
「囲まれている」とティアは思った。
前方に一人、後方に二人。そして、
「一人足りない」と呟く。
この土地の名はサライ。
百年ほど前は大型宇宙船が発着する空港都市だった。ところが今はやって来る船がほとんど無く、街は廃墟と化し草木で覆われてしまった。
つまり隠れる場所はいくらでもある。待ち伏せて襲うには格好の場所だ。
ティアは感覚を研ぎ済まし、もう一人を感じようとする。そしてハッとした。
ザッと音が降ってくる。
「上!?」
ティアは身をかがめ横へ飛びながら降りてきた男の子の足を払い、地面の石を拾って後ろの木へ投げた。
枝の一つが折れ、その後ろにいた少年がティアに向かって怒鳴る。
「危ないじゃないか!もう少しで当たってたぞ!」
ティアは、はーっと息を吐く。それは兄のダンだった。
ティアは自分が倒した男の子に近づいて様子を見て、
「怪我してないわね」と言った。
「平気さ」
男の子はそう答え、身を起こしながら「今度こそ勝てると思ったのに、四敗だ」と忌々しく呟く。
男の子の名はニケ、八歳。そしてティアは十二歳、女の子だ。
「まだティアに勝つのは難しいか…」
そう言ったニケの兄、十七歳のユーリスが、崩れかけた廃墟から出てきた。
「それでも一勝してるよ」
すかざすダンが反論する。
「最初だけさ」
別の木の影から現れた四人目の少年、ワルトが現れる。
ワルトはユーリスの従兄弟、ダンと同じ十四歳だ。
そしてユーリスは、このグループのリーダーだった。
彼らは、エルナトと呼ばれる山岳地帯の集落から来ていた。
ラーウス人たちは、雨季が終わると食料や薬草採取のために遠出する。雨季でも採取できるが範囲は限られる。乾季は近くで採れない物を求めて子供たちもグループを作って出かけるので、子供たちだけで遠出するのは珍しくない。
エルナトは標高の高い所にあり、サライは低地にあった。
始め、ユーリス、ダン、ワルトの三人がサライに来ることになっていた。ところがニケが「自分も行きたい」と言ったので「ティアが一緒に行くのであれば」と許されたのだ。
サライの廃墟で遊ぶのは子供たちにとってワクワクする事だった。
とはいえ十二歳の女の子が少年たちのグループに加わることは珍しい。
許可されたのは、ティアが運動能力が高く、ダンの妹で、ニケが幼い頃に子守をしていたからだ。
ここの子供たちは強い相手に挑戦するのが好きだ。そうして遊びの中で自分の強さを知るのだが、それは相手とコミュニケーションを取ることでもあり、勝ち負けで人の優越を決めるためではなかった。
喧嘩が強くても、敬意を示せる人かどうかは別問題なのだ。
ティアは男の子から挑戦されることが多く、ニケもその一人で、ティアに挑戦し苦戦していた。
ダンはワルトに言い返す。
「一瞬だったけど、ティアはニケに気づいていなかったよ。そこを突けたはずだ」
「すぐに気付かれたけどね」
そう言ってフッと笑うワルトにダンはカチンときたように口を結ぶ。
すぐに熱くなるダンに対しワルトは冷静なところがある。正反対の二人は、ぶつかることも多いが仲は良かった。
さて今回の、彼らの「対ティア戦」は彼女の弱点を付いていた。
ティアは平面的な実戦に強くても、立体的な攻撃には弱い。それでもティアの感覚は鋭いので、木の上や岩陰からの攻撃ぐらいでは簡単に見破られてしまう。それでサライの廃墟は、ニケにとってティアに勝つ可能性がより大きかった。もちろん成功するかどうかはニケのスピードにかかっている。
「ニケがもう少し早く動けば勝てたはずだ」
「そのお前はティアの石つぶてで危なかったけどね」
そこでティアが、ため息をついて言った。
「夕飯時だよ」
二人がティアを見る。それがこの騒動の終わりの合図だ。腹が空いていた。
そうして五人は一列になって歩き出した。
「なあ、俺たちがエルナトを出て二日、サライで三日。もう五日だぜ。本当にやつは来るのか?」
ダンは待ちくたびれていた。
先頭を歩いていたユーリスが振り向いてふふっと笑う。
「セルク・ヨナは来るさ」
ダンはヒョイっとワルトを追い越した。
「そうだけど、百五十年後って、どんな感じなんだろう」
「さあね」とワルトはダンの挑発には乗らないとでも言うように答える。
「なんでここなんだろう」
「それより、なぜ今ってことさ」
「さっさと降りて来いってんだ」
「百五十年と比べると、僕たちが待ってる五日は短いよ」
ユーリスが、空を仰いで言った。
「ラーウスの軌道で回ってるらしいから、いずれ降りて来るよ」
ラーウスは、訪れる人もほとんど無く、忘れ去られた辺境の惑星。
そんな惑星に住む少年たちは、百五十年の昔からやって来ると言う十四歳の少年を迎えに来たのだけれど「こんな所に来るなんて物好きな」と思っている。
「あっ」
とティアが空を指差して声を上げる。
それはユーリスが気づくのと同時だった。
日が傾き森が色を失い暗くなっていく中、空はまだ美しい青をとどめている。
その青を背景に、スーッと細く黄金色の光の線が、黒く影のようになった木々の間を見え隠れしながら降りて行く。
「来た!」とダンが叫んだ。
皆は光の向かう方へ走り出す。
五日間、いや、自分たちが生まれる前から知られていた過去からの客。セルク・ヨナと呼ばれる少年が、ついにやって来るのだ。