17. 自由に
次の日の朝、ヨルクが目覚めると、頭はスッキリしていた。
こんなに良く眠れたのは久しぶりのことだった。
この日は、峠へ行こうとしていた。
ところが山の天気が崩れそうなので、出発は中止となる。
その代わり、レンキが工房を案内してくれると言うので、ユーリスとティアと共に工房へ行った。
ナタリの雪は、乾季に溶け始め、一階は埋まったままの建物の二階から入る。
二階のドアを開けると、雪を払うための小部屋があり、次のドアの奥に大きな部屋があった。
そこには四十ほどの手織り機が置かれていた。
織り機は半分ほどが使われていて、そのまた半分、十人ぐらいの者たちが布を織っている。
糸がかけられたまま放置されている織り機は、採取に行っている者たちのものだ。
戻って来ない者の織り機もある。
その中の一つ、糸がかけられたまま壊れ、放置されている織り機もあった。
「使ってない織り機も多いし、皆、好きにやっているのですよ」とレンキが説明する。
布の織り方は様々で、それぞれに美しかった。
織る人も様々で、体に障害のある者、ない者、年齢も若い者や年寄りもいる。
糸は他の集落から持ってくる。
糸の種類も様々、その中にサライからのもあった。
別の部屋には、紙をすく工房があった。
雪に晒された木の皮は、蒸したり中の繊維を取り出したりしてから紙になる。
ここで作られた紙は、千年以上も色が変わらないという。
全て質の高いものなのに、彼らは、それを売って儲けようとしない。
レンキが言うように、好きに、自由に作っている。
ラーウスでは、産業は重要ではなかった。
産業は、生活に必要な物資を生み出し、経済を回してくれる。
物を作って金銭に変え、生活を潤していくのだが、
ここでは金銭のやり取りはなされない。
金銭は、人々を豊かにするが、束縛することもある。
それは富んでいても、貧しくても同じだ。
それに金銭的自由を得られる裕福な人も、ほんの一握りだ。
また自分のやりたい仕事に付ける人も少なく、何をやりたいのか分からない者たちも多い。
豊かさには教育が助けになるが、全ての教えが良い訳でもない。
教育が、個人より社会にとって必要な人材を生み出す為に利用されたりすることもある。
普通、子どもたちは豊かな生活を得ようと教育を受ける。
だが、何が豊かさなのか、教わらない。
貧困に喘ぐ人々は、一生懸命に働き、金銭を得て、物を買い、物質を得ることで幸せだと感じる。
そして物が十分に得られ、豊かになったのに、幸せだと感じなかったりする。
ヨルクがいた社会では、戦争へ向かう教育がなされていた。
子供たちにとって、戦うことは、興奮し意義のあることだった。
そんな社会に、ヨルクは馴染めないものを感じていた。
毎朝「自分は何の為に学校へ行っているんだろう」と考えながら登校していた。
(あの生徒たちは、幸せだったのだろうか)
そんなことを考えている内に、引きこもってしまったのだ。
ティアは、すかれたばかりの紙をじっと見つめる。
ユーリスがティアに話しかけると、ティアは頬を赤らめた。
それを見たヨルクは(あれっ)と思った。
(ティアはユーリスが好き?)
それまでヨルクは他人に興味を持つことがなかった。
自分と同じ年頃の子どもたちは、勝つことに集中し負けを認めなかった。
男の子だけでなく女の子も気が強く、皆同じだと思っていた。
ところが今、各々が違うと気づけるようになっている。
ヨルクは変わり始めていた。
そしてナタリの工房で、人々がゆったりと、心地よく働いているのに、心が和むのを感じていた。
さてレンキは機織りをしない。
紙も作らないので、ヨルクは、
「あなたはここの責任者ですか?」と聞いた。
「いいえ。私は、皆がここで物を作るのを見守っているだけです」
レンキのおかげで、建物の中は暖かくて快適だった。
「地熱で雪解けの水を温め、それを暖房に使っています。
あなたのいた時代からすれば原始的ですが、持続的で理にかなっています。
セナ夫人がそのようにされたのですよ」
「祖母が?」
「はい。ここから更に登って行くと、峠の辺りに山小屋があります。
そこでもう一泊して、それからエルナトへ下って行きますが、その山小屋を建てたのもセナ夫人です。
セナ夫人は、他にも色々建てましたが、今残っているのは、ここと山小屋とエルナトだけです」
惑星ラーウスに移住してきた者たちが死に絶えると、抑制力が無くなり、次の世代の者たちは争うようになり、多くのものが破壊された。
「ナタリは雪が深いので、気の荒い者は耐えられないのです」
「あなたは残ったのですね」
「私は、惑星ウィルディスから来た使者たちに助けられ、ここで生活するようになりました」
「惑星ウィルディス?」
「十年に一度、使者がウィルディス王国から来ます。ここから一番近い人の住んでる惑星ですが、それでも片道、一年以上かかります」
「ええっ⁉︎」
「彼らが来たのは三年前ですから、次は七年後でしょう」
ヨルクは、今が百五十年後の世界だと言われても、まだ信じられないでいた。
そして今、この惑星から出るのに七年も待つと聞かされ、途方に暮れる。
レンキはそんなヨルクを見て慰めるように言った。
「このナタリの建物が残ったのは、エルナトに近かったのと、一年の半分以上は雪に閉ざされてしまうからです。もしかしたらセナ夫人は、あなたの為に、ここを建てられたのかもしれませんね」
ヨルクは顔を上げる。
「自分の為に」
とはどう言うことだろう。
その時、ダンが大きな音と共にドアを開けて入ってきて叫んだ。
「ニケが消えた!」