14. エルワの実
「自分の将来?考えたことないよ」
とダンは森の中、道から少し逸れた所で呆れるように答えた。
そのあまりにも「考えないのが当たり前」という態度に、
ヨルクは、「変な事を聞いた?」と思ってしまった。
「あー、うん、でも、ちょっと先のことだったら」とダンは続ける。
「エルワの実を取ることかな」
「エルワの実?」
「ほら、あそこ」
とダンが指差す木に、赤くて楕円形のぷっくりした実がぶら下がっていた。
それは両手で包むめるほどの大きさで、房になっていて結構大きい。
房の下の方から熟していくので一番下の実はすでに崩れ、汁が滴り落ちていた。
「食べてみな」とダンは言って崩れてない熟した実を二つもぎ取り、一つをヨルクに渡し、もう一つの実にしゃぶりつく。
それはしゃぶりつくと言った方が良いほど柔らかく甘い実だった。
「こいつは熟すと鳥に食べられてしまうんだ。木の実じゃないから見つけるのが難しくてね」
「でも木になってるよ」
「よく見ろよ。エルワは蔓で、雨季が終わる頃に伸びて木に絡まって実を付けるんだ。成長すると実がなって、熟すのがあっという間ですぐに鳥たちに食べられてしまう。今朝ここを通った時に見つけたんだ。夕方にはもう残ってないから今のうちに取らないとね。これをヌンの異次元物置に入れてナタリに持っていくんだ」
「ナタリ?」
「雪の道沿いにある集落だよ。そこでは紙と布を作ってる。エルワの実は取ると熟すのを止めるし、熟したのは柔らか過ぎて持っていけない。青くても食べれるけど、やっぱり熟したのが美味いからね。異次元物置だったら実が痛まないだろ。これでナタリの奴らに美味しいエルワの実を食べさせられる」
ヨルクは少し感心した。
ダンは粗野な少年なのに優しいところがある。ヨルクに文句も言わず付き合ってくれる。
将来について考えたことがないと言うのも、聞くだけ無駄だった。ダンが自分の未来を心配するなんて似合わない。
それでもヨルクには腑に落ちないことがあった。
ダンは、エルワの実を異次元物置に入れれば痛まないと知っている。異次元物置だけでなく、他にも便利なものは沢山ある。ところがここでは、それらを作る大人たちはいない。大人たちがいれば助かることは山ほどありそうなのに、困らないのだろうかと思ったのだ。
「ダンは、大人たちがいなくて不安じゃないの?」
「あぁ?」
ダンは木の枝からエルワの房を切ってヨルクに渡しながらしかめっ面をした。
「不安?」
「だって、こんな山の中で、子供たちだけだよ」
ダンは、別の枝を引き寄せながら答えた。
「大人たちはいるよ。子供の数より全然少ないけど。それに年上の者たちもいるし」
「ユーリス?」
「まあ、そうだね。お前の言う大人って、お前のいた頃のだろ。ここでも大人は大勢いたけど、争いあってばかりだったんだ」
「ほとんどの大人たちは死んじゃったんでしょう」
「まあ、そうだな」
「酷いことされたの?」
「覚えてない。てか、そんなことを引きずっても、ここでは生きていけない」
「生きていけない?」
「過去は変えられないし、未来だってどうなるかは分からない。お前だって、便利な暮らしをしてたのに、急に宇宙ステーションが攻撃されて、ここへ来たんだろう?ここでも崖崩れはあるし、地震もある。明日はどうなるか分からないから考えない」
「でも何かできることはあるでしょう」
「橋をかけるとか?」
「まあ、そうだけど」
ダンはニカッと笑って、ヨルクの背中をバンバンと叩いた。
「俺たちだって橋をかけられる。お前の言うような立派なものじゃないけどね。壊れればなおす。無くても死なない。食べる物と住む場所はあるから心配ない。ヨルクは考え過ぎなんだよ。それより今することがあるだろ。ほら、さっさとヌンにしまって。次々に入れるからな」
「あっ」
ヨルクはヌンの棒の部分がパカッと二つに割れた中に、持っていたエルワの房を入れた。
ヨルクは、ダンに『考え過ぎ』と言われて少し驚いていた。自分は何も考えないと思っていたし、そう言われたこともある。そして今始めて、自分は不安だったのだと気がつく。
すると、何に不安を感じていたのだろうと考える。
もちろん、今の状態で不安を感じるのは当たり前だ。
両親とはぐれてしまい、便利な暮らしは無く、慣れない山登りをしている。
初めは不安だらけだったのに、一生懸命にダンたちに付いていく内に忘れてしまっていた。
つまりそれはヨルクが本当に感じていた不安では無かったということだ。
ヨルクは、自分が感じていた不安が、ここに来るずっと前からあったのだと気付くようになっていた。
「ダン様、あちらの方にもエルワの実があります」とヌンが言った。
「ようし、熟したのを取るぞ」
ダンは急いで実がなっている方へ向かった。
そうして、そこら辺にあるエルワの実を取り終えると、二人は道に戻った。
ところがダンは来た道を戻ろうとせず、先へ向かって歩き出す。
「この先にティアとユーリスがいるはずなんだ」
「エルワの実を取りに?」
「いや、紙を作る木を集めてるんだ」
「ああ・・・」
とヨルクは答える。紙が木から作られるのは聞いたことがあったが、どのように作られるのかは知らない。『紙って何?』と改めて思うけれど『そんなことも知らないのか』と馬鹿にされそうで何も言わなかった。
「あ、いた」とダンが声を上げる。
その先にはティアとユーリスがいて、細い木の枝の小山ができていた。
「来たな」
「ああ、結構集めたんだな」
「ヌンがいてくれるからいっぱい切ったのよ」
「エルワの実もわんさか取れたぜ。ヨルク、ティアとユーリスにも食べさせてよ」
ヨルクは異次元物置に手を突っ込んでエルワの実を二つ取り出す。そしてユーリスに一つ、ティアにもう一つを渡す。
「わあ」
ティアはエルワの実を受け取ると、目をキラキラさせて溢れるような笑みを浮かべた。
その笑顔を見てヨルクはドキッとした。
そんな笑みを見たことが無かったような気がしたからだ。
ティアの頬はピンク色に染まり生き生きしている。
たった一つの実を貰っただけなのに、彼女は本当に嬉しそうで、不安などかけらも感じてないようだった。