13. 孤児院の惑星
「ヨルク、道を変えることにした」とユーリスが言った。
崖崩れで道が塞がれてしまったのだ。
とはいえヨルクは道を知らないので良く分からない。
とにかく朝早く、崖崩れの知らせを受けたユーリスは、ダンを連れて現地へ向かった。
崖崩れは夜中だったので、怪我人はいなかったが、しばらく通れないと言う。
そこで一緒にやって来たアニタが、
「私が案内するのよ」と言ったので、ティアとニケが飛び上がって喜ぶ。
「雪の道を行くの⁉︎」
「雪の道?」
ヨルクは『こんな高温多湿な所に雪なんて降るのだろうか』と思った。
雪の道とは、北東の雪が積もる高い山の峠越えのことだ。
ここに雪が降るようになったのは百年ほど前からだった。
この惑星は、発見された時は雲に覆われた不毛の地で植物も生えていなかった。
惑星ラーウスに、最初の移住者が入ったのは何百年も前で、植物を持ち込んだのも彼らだった。
ところが、この惑星には問題があった。高温多湿なので雑草がすぐに蔓延るのだ。
しかも火山ばかりで平地が少なく、農場を作るのが難しく、地下資源を採掘するにも障害がありすぎた。
挫折した入植者たちが去ると、残された植物たちは植物の王国を作っていった。
とはいえ、人が食べれる植物が育つ肥えた土を作るのは簡単ではない。
光が届きにくい薄暗い地上は、まずシダ類で覆われ、徐々に他の種類の植物も茂るようになり、空気が浄化され、植物が豊かに育つようになるまでには長い時間がかかった。
次にこの惑星に人が入ったのは百年前だ。戦争から逃れ避難してきた者たちで、最初に彼らが住み始めたのはエルナトだった。
エルナトとは、大きな一枚岩の角が突き出た所で、その岩の下には大きな湖がある。
ユーリスたちは、その湖から流れる川に沿ってサライから登っていた。
その道が塞がれたのだ。
峠越えの山には北から吹く風によって空気が冷えて雪が降るので、踏み固めた道でも、どこが道だか分からなくなる。
それでアニタが道案内をすることになったのだ。
昼食後、皆は自分たちが担いできた荷物を広げ、ヌンの異次元物置に入れようとワイワイ騒いでいた。
ヨルクは何もすることが無いので外に出る。ここはサライほど暑くはなかった。
「ヨルクは賑やかなのが苦手?」
とアニタの声にヨルクは驚いて振り返る。
「わたしも引きこもってたことがあるから」と言うアニタ。
ヨルクは、アニタが賑やかな女の子なので信じられなかったが黙っていた。
「人と話すのは難しいでしょう」
「君は上手・・・と思うけど」
「今はね、ベルカリスが助けてくれたから。始め、あなたって何も話さなかったわよね。用心してるのかなって思ったのよ」
ヨルクは話すのが苦手だった。
自分の思っていることを上手く伝えられないのだ。それで何度も嫌な思いをした。
「あの、引きこもりって?」
と聞かれたアニタは、少し考えて口を開いた。
「わたしの両親は殺されたのよ」
「え?」
ヨルクは衝撃を受け、『急にとんでもない話になった』と、うろたえる。
「ティアもいないけどね」
「ティア?」
「そう、おばあちゃんはいるけど。私たちは『おばば様』って呼んでるわ。ワルトにも両親はいないわね。ユーリスとニケはお父さんがいるけど」
「え・・・と、何で?」
「それはずーっと前、戦争があってね」
「戦争?」
「百年前、この惑星に避難してきたのに、また争いになって、ユーリスのお父さんやおばば様と何人かの大人たちが子供たちを集めて守ってくれたの。それが私たちよ」
「えっ・・・それって、孤児院みたいなもの?」
するとアニタは大笑いした。
「そうね、このラーウスは孤児院惑星みたいなものね」
ヨルクがサライで会った大人は二人だけだった。
大人は採取に出かけたと聞いていたが、三日経っても大人を見かけないのは変だと思っていた。
つまり、ほとんどの大人たちは、戦って死に絶えてしまったということだ。
それは争い好きの種族にとって宿命のようなものだった。
人類はいつまでたっても戦争を辞めない。
ましてや、気の荒い国民が滅んでしまうのはあり得ることだ。
ヨルクは、自分が百五十年後の世界に来たのを信じられないでいたが、『本当に滅んでしまったのかもしれない』と思うようになっていた。
「ここへ移住して来た者たちが生きている頃は、人々が争わないための抑止力となっていたんだけどね。その人たちがいなくなると、あっという間に争うようになってしまったの」
「僕は争いが嫌いだ」とヨルクが言った。
「それは良かったわ」とアニタが笑う。
「もう争いは懲り懲りよ。私たちは平和な社会に生きるのよ」
それを聞いてヨルクは微笑むが、ふと自分に違和感を感じる。
ヨルクは争いが嫌で学校を辞め、部屋に引きこもっていた。
だからと言って『平和な社会』とか考えたことはなかった。
学校を辞めて、自分の将来はどうなるのだろうと不安はあった。クラスの中には、お金持ちの子もいたし、頭が良い子もいて、羨ましく思ったこともあった。
それでも何もしなかった。ただ流されていただけだ。
「おい、ヨルク」
と、突然、ダンが呼ぶ。
「ヌンを連れて付いて来てくれないか。アニタ、お前もすることがあるだろう」
「そうでした!」
アニタは、ふふんと楽しそうに笑う。
そして洞窟の入り口に置いてあった籠を担いで薮の中へ消えていった。