12. 原始的なのに知的
ヨルクは、カンカンと何かが叩いているような音で目覚めた。
周りには誰もいない。
自分が一人なのにホッとして起き上がる。
洞穴の中は涼しくて、昨夜の焚き火は炭となり、息をしているようにゆらゆらと赤く燃えていた。
ヨルクが惑星に降りて三日目、そして子供たちと旅を初めてしまった。
ここは宇宙ステーションからすると別世界で、何をどう考えて良いのか分からない。
とにかく、今まで会った者たちは、ほとんどが幼い子供たちで、皆はヨルクよりヌンを相手にすることが多く、流されるままにここまでやってきた。
洞穴の中でじっとしていても良かったが、カンカンという音が気に触る。
それでヨルクが外に出ると、日の高さから昼が近いのだと分かった。
夜中に起きることも無く、グッスリと眠れたらしくて頭はスッキリしていた。
音は、ニケとティアが棒の刀で張り合うものだった。
ワルトは木陰で手のひらサイズの本を読んでいる。
ユーリスとダンは見えなかった。
ヌンは、草むらの中で体を折り曲げ何かを見ている。そして、
「ティア様、これは私と同じ花でしょうか⁉️」と言った。
ティアが手を止め、覗いて「違う」と答える。
ヨルクも近づいて覗くと、そこにはオレンジ色の小さな花があった。
「全然違うじゃないか」
そう言ったヨルクにヌンが振り向く。
「ご主人様?」
「大きさが違う」
「そうなのですか?」
そしてヌンは少し移動し、別の花を見つけるとまた言った。
「これは私のお嫁さんですか?」
すると今度はニケが答える。
「さっきの花と同じだよ」
「でもこれは私の花に似ています」とヌンは言って、
「あなた、私のお嫁さんになってくれませんか」と花に話しかける。
ヨルクが呆れていると、ワルトがやってきて言った。
「ヌンは色で自分と同じ花だと思ったんだな」
「色ですか?」
そう言ったヌンに、花はツンとそっぽを向いているように咲いていた。
ヨルクは、ヌンがフラれたように思え、クスッと笑う。それと同時に、寂しくも感じた。
ヌンは、色と大きさを同時に見れなくなっていた。
雄しべになったヌンの機能が落ちているのは仕方のないことだ。
「そうか!」と、突然、ニケが大声を上げる。
「ヌンは波長を感じたんだ」
「波長?」
ヨルクは驚く。そして、
「こんな低学年の子が色に波長があるなんて、どうやって知ったのだろう」と思う。
学校で学んだとしても、まともな道さえない所で色の波長よりもっと学ぶことがありそうな気がしたのだ。
「ニケは色について何か読んだの?」と聞くと、ニケは首を振り、ワルトが答える。
「ニケは字が読めない」
「えっ?」
するとニケは口を尖らせる。
「なんだよ。その内、読むさ」
と言って、ティアと棒で張り合う遊びを続ける。
ワルトがふふっと笑った。
「あの調子だと、まだまだ先だね」
つまり、ニケは字を読めないのではなくて、読まないということだった。
ところが誰も責めたり、無理やり読ませようとしない。
ヨルクは、ここの住人は原始的な生活をしているから無知なのかなと思っていた。
だからニケが字が読めなくても、たとえ読み書きのできない障害があったとしても驚くことではない。
ところが、そうでもなかったりする。知識の高さがバラバラなのだ。
ワルトが今読んでいる本も、ヨルクに分からないような専門書だった。
「ニケは学校で文字を習わなかったの?」と聞くと、
「ここには学校は無い」とワルトは答える。
「学校が無い⁉︎」
「うん、本はあるけどね。知りたいことは本を読んだり、聞いたりするんだ。何人か集まって教えてもらうこともあるけど、学校じゃないよね」
学校が嫌いだったヨルクにとって学校が無いのは羨ましい限りだ。とはいえ「大丈夫なの?」と思ってしまう。
「歴史を見れば分かるけど、時代によって教わることは違う。学校は基礎的なことも教えるけど、その時の社会が必要とすることを教えるんだ。例えば」
とワルトは言ってティアを見る。
ティアはこちらを見ていたようで、サッと向きを変えた。
その時、スパンッとニケの棒がティアの頭を直撃する。
「痛ったあ!」と言って頭を抑えるティアに、ニケは大喜びだ。
「二勝だぁ!」
ヨルクは、前から、ティアがチラチラと自分を見ているのに気が付いていた。
彼女の方を見ると、サッと目を逸らされるので、嫌われているのかとも思っていた。
「ティア、気になるんなら自分で言ったら?」とワルト。
「気になるって、それは・・・」
ヨルクは「ティアが自分に好意を持っている?」と言うには図々しいような気がする。
それに「好きになられても困る」と思っていた。
するとティアは、意を決したようにヨルクに近づいて言った。
「あの戦闘の型を教えて欲しいの」
「は?」
ワルトはくすくす笑った。
「最初の日、ヨルクがティアの攻撃をかわした、あれだよ」
「あ〜」
ヨルクはそんな事かと思った。
「ヨルクの時代の学校は、戦闘についての授業が多かったよね」
「わたし、本で見たんだけど、あんな風に動けなかった。あなたの動きは良かった。教えてくれる?」
ヨルクは、学校で初等科なのに戦闘についての授業が多かったので、「ミリタリー・アカデミーでもないのに」と不満だった。
競技があると、自分が出場しなくても応援に行かされる。行きたくなくて図書室で本を読んでいたら先生に怒られたこともある。
ヨルクは、そんな授業を、ただ嫌だと思っていた。
そうしている内に引きこもりになった。
今、ワルトから聞いて、学校で教えることは社会が必要としていること、つまり社会が戦争に備えていたのだと知って驚く。
ヨルクは、自分が嫌だと思うことに疑問すら持たず、ただ不満だけを言っていた。
そんなヨルクだったので、好きでもない授業で習った事を教えるのは変だと思ったが、目をキラキラさせて頼むティアを見て嫌と言えない。
その時ヨルクは、なぜティアが戦闘の型を知りたいのかまでは考えなかった。
そして、
「分かったよ。型だけなら教えられるよ」とヨルクは言って、ニケから棒を受け取り動き始める。
ティアは同じように体を動かし、ニケも別の棒を拾ってきて習い始めた。
それを見ながらワルトは、
「ヨルクに、皆が心配していたような闘争心はない」と思った。
ヨルクが闘争心のある生徒たちから自分を隔離していたのだと分かったのだ。
しばらくするとユーリスとダンが戻ってきた。アニタも一緒だ。
ダンは、ヨルクがティアと一緒に体を動かしているのをみてニヤリとする。そして、
「俺も混ぜろよ」と言って一緒に体を動かす。
ヨルクは不思議な気分になる。
自分が他の誰かの役に立っているのが嬉しく思えたりする。
前の日の歩きで体が痛かったのに、運動して血の巡りが良くなったのか体も軽くなった。
しばらくすると、皆は涼しい洞穴に入って休んだ。
するとヌンが、サッとティーセットを出して、
「皆さま、お茶の時間にしますか?」と言った。
何も無かった所から突然に、豪華な模様の入ったティーセットが出てきたので皆は驚く。
「え?何か?」
皆の驚きに、ヌンは失敗をしたのかと不安になる。
豪華なティーセットと言っても、これもヨルクが宇宙ステーションの倉庫の奥に捨てられていた古いものを見つけてヌンの異次元倉庫の中に入れておいたものだ。
「異次元物置だー!」と言ったのはニケで、その後、皆が口々に言う。
「えーっ⁉︎それ早く言ってよ」
「今まで重い荷物を担いできたのにー」
「もっと荷物を増やせたんじゃない?」
「ヨルクにたくさん持たせれば良かったんだ」
「そしたらヌンが持ってくれるもんね」
ヨルクは別の意味で驚いていた。
異次元物置を知っている、つまり、ここの住人は、原始的なのに知的なのかもしれないと気づき始めたのだった。