11. 橋
出発の朝、雨は上がり、空気は澄んでいた。
ユーリスたちは、背負子に荷物を積んで担ぎ、
ヨルクは、着替えの入った小さなバッグを背負い、
ヌンは、ヨルクの周りをピョーンピョーンとジャンプしながら付いていく。
そうしてサライの住人たちの賑やかな見送りは、森の鳥たちの賑やかな囀りに変わった。
草木の生い茂った森の道は細く長く続く。
ヨルクが「こんな所で獣に襲われないか」と思っていると、この惑星には「人を襲うような獣はいない」とのことだった。
いたとしても、ラーウス人に狩られてしまうので生き残れない。
「毒ヘビに気をつける様に」と言われたが、蛇は人が近くと逃げるので、昼寝をしているとかで無い限り出会すことは無いらしい。
ヨルクは一生懸命に歩いていた。
ニケとダンは、先へ行ったり後になったり、時にはいなくなったりする。必死なヨルクとは逆に、彼らは遊びながら歩いていた。力が有り余っているのだ。
実は彼らがゆっくり歩くのは、ヨルクの為だけではないのだが、ヨルクは自分のせいだと気にしていた。
時々ユーリスが、「ゆっくりでいいんだよ」と言っても、
ヨルクは「大丈夫です」と言って歩き続ける。
これ以上、足手纏いにはなりたくない。
しばらく歩いていると岩や石のゴロゴロした平地に出た。
大きな木も転がっていて、その上を乗り越えたり、くぐったりする。
その平地には、いくつもの川が流れていた。
浅い川は、飛び越えたり、飛び石を飛んで渡ったりする。
平地の中央には広い川があり、流れは急なのに橋が無いので、しばらく川に沿って歩く。
すると大きな丸木が橋のように架けられているのが見えてきた。架けられたと言うより、転がった木が都合良く橋になったという感じだ。
手すりも何も無い橋なのに、皆は軽々と渡って行く。
ヨルクは渡るのを躊躇した。
ダンがロープを持って戻って来て、ロープの端を岩に括り付け、
「ほら、このロープに捕まって渡れよ」と言った。
ロープは反対側も岩に括り付けられているので、ピンと張っていた。それでもヨルクは、丸木の橋を渡れる自信は無かった。
「他に渡りやすいところは?」
「無い」
「橋は?」
「もっと上に行けばある」
「じゃあそこまで行って橋を渡るよ」
「ここを渡らないとそこへは行けない」
「どうして?」
「この先は崖だ。そこは俺たちでも登れない」
ヨルクは黙ってしまった。
「ここは雨期になると大きな川になるんだ。あちこちに大木が倒れているだろう。上から落ちて来たんだ。だからこんな所に橋は作れない。作っても流されるからね」
「だったら大きな橋を作れば良いのに」
「大きな橋って?」
「・・・吊り橋とか」
「ここに吊り橋を渡すんだったら塔が必要だ。そんな工事を誰がするのさ」
そんなことを言われてもヨルクには分からない。
「誰って、誰かいるんじゃない?」
ダンはため息をつくとロープを握ってヨルクの方へ向けた。
「そんな橋は無い。ここを渡るしかない」
ヨルクはしばらくダンとロープを見比べていたが、仕方がないとでも言う様にロープを握理、用心深く丸木の上に乗って渡り始める。
丸木の上はツルツルしていた。何人もの人が通った後がある。
「何でこんな」と思った瞬間、ヨルクの足がツルッと滑った。
「あっ!」とバランスを失ったヨルクの肩を、パシッとダンの手が掴む。
「集中してないと川に落ちるよ」とダンは言った。
ヨルクはダンに助けられたのに怒られたようでガッカリしてしまった。
ダンはヨルクが渡り終えると、ヒョイヒョイと向こう岸へ戻り、岩から縄を外して抱え、また軽々と渡ってこちら側へ戻って来た。
ヨルクの落ち込んだ気分とは反対に、ダンは面白かったようで上機嫌だった。
その後、道は坂になった。
しばらく行くと、木々の間から川が見えて来る。吊り橋も見えてきた。
「ダンが言ってた吊り橋だな」と思ったヨルクだが、よく見てビックリする。
吊り橋は、足場が植物の蔓で出来た綱梯子だった。
両側に手すりは付けられているが、落ちたら、あっという間に流されてしまう。
「エルナトへ行くには、吊り橋をいくつも渡るんだ」
ヨルクは、「こんなのがいくつも?」と驚く。
「吊り橋しかないの?」
「ラーウスの橋はこれが普通だよ」
「危なくない?」
「修理しやすいんだ」
「吊り橋じゃない方が強いんじゃない?」
「どんな?」
と聞かれても、ヨルクは何と答えて良いのか分からなかった。
ところが皆はワイワイ話し始める。
「桁橋のことか?」
「強度を考えるとトラス桁橋だよ」
「斜張橋の方が美しいよ」
ヨルクは、橋について知らないので、彼らが何を言っているのか分からない。
分かったのは、彼らは吊り橋以外も知っているということだ。
「知ってるなら、なぜ吊り橋しか作らないんだろう」と疑問だが、スリルのある吊り橋にワクワクするのかもしれないと思う。
諦めたヨルクは、足をガクガクさせながら吊り橋を渡リ始めた。
足場を確かめながら一歩一歩進むので、下の流れの早い川が丸見えで怖い。
高所恐怖症じゃないのがせめてもの救いだ。
やっと橋を渡り終えると、今度は急な坂が待っていた。
「これって崖じゃない?」と思いながらよじ登っていると、手をかけていた岩がボロッと崩れた。
そのヨルクの手を掴んで助けたのは、またダンだった。
ダンは何も言わず、ニッとしただけだ。それでもヨルクは「集中しろ」と怒られたようでさらに落ち込む。
皆はさっさと登ってしまい、ヨルクがやっと登り終えた時には昼過ぎになっていた。
ヨルクは、同じ年頃の少年たちの体力と比べて、しかもニケはかなり年下なのに、自分と違いすぎるのにガッカリしていた。
少し休んだ後、比較的平らな森の中を歩き、また岩場に出る。そこには洞穴があり、その中に泊まることになった。
洞穴の中は水が流れていて涼しい。
他にもここを使う者たちがいるようで、焚き火の跡がいくつか残っていた。
「この水はミネラルが少ないから柔らかい味だよ」
と言われ、ヨルクは水を飲み、食事をして横になると、そのまま寝てしまった。
疲れていた。
そうしてヨルクが目覚めると、朝になっていた。