表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢日記

「坂」

作者: ひかる



 無機質な白い坂をくだっていくと、行く先はほぼ垂直な崖のようであった。

反比例のグラフの曲線のように、ある点を過ぎると急激に勾配こうばいが険しくなる。

臨界点とも言えるその地点にひとたび足を踏み入れれば、そのまま底に流れ落ちていってしまうような気がした。



 幼い娘の手を引きながら辺りを見回した。私と娘は、知らない世界にいる。

周りにはスーツ姿のサラリーマンや買い物袋をさげた主婦が歩いているので、つまり、ここは少なくとも現代だ。地面が一面に白いコンクリートであることと、遠くの景色が黒一色であること以外に特に違和感はない。空も夜のように黒かった。辺りは明るく、行きかう人々の様子がはっきりと見えた。しかし、どこが光源になっているのかはわからなかった。


 すれ違った女性は、フォーマルな装いだった。クリーム色のカーディガンとスカート、薄いピンクのシャツを着て、黒い髪はゆるく巻かれている。歳は30代半ばだろうか、彼女は片手に白いチケットを握っていた。低めのハイヒールをカツカツ鳴らして、彼女はどこかへ向かおうとしていた。

 向かいからやって来たありきたりな革靴を履いた男性は、ビジネスバッグを片手に急いで歩いていた。目的地に向かっているようだ。彼もまた、白いチケットを握りしめていた。



 人々は、皆どこかへ急いでいる。

全員が手に手に白いチケットを持っていた。

催し物でもあるのかしら、と思ったとき、坂の底からうめき声のような低い音が響いていることに気づいた。


 妙なリズムの重低音と、牡牛の鳴き声のような歌声が聞こえる。坂の底を覗き込めば、簡素なつくりのステージで何かショーをやっている。ショーは私たちよりずいぶん下の方に、遠くにあった。見下ろすようにして、私は娘の手をしっかり握り、催し物を観察した。

ぼろぼろの衣服をまとった人間が4人と、司会役であろうピエロ。ピエロの化粧は、お世辞にもコミカルとは言えなかった。ステージの役者は奇妙な踊りをしていて、観客の笑いを誘っていた。


「皆が持っていたチケットはこれね」


 独り言のように娘に話しかけた。娘はそもそも何が起こっているのか見えなかったのか、ショーには目もくれず私の右手にぶらさがっていた。


 「さ、行こうか。」


 ショーに背を向けて娘の手を引いた。娘は素直についてきた。ショーを見にいった人たちは、坂の上に戻って来られるのだろうか、と考えた。ぼんやり明るい世界は、気が付けば、私たちだけになっていた。


 私は先ほどのショーの役者が気になった。あやつり人形のようなおかしな踊りと、うめき声のような歌声には、どうも違和感があった。ピエロは鞭を持っていたような気もする。役者のぼろぼろの衣服は、衣装ではないように思えた。観客たちは笑っていたが、やがてピエロにステージへ上げられる運命にある気がしてならなかった。



 娘は私を見上げて言った。


「ママ、こっちでいいの?」


 周りに誰もいないから不思議に思ったのだろう。


「うん、いいんだよ。」


 私は答えた。

娘はまた安心して私の右手にぶらさがった。



「あっちにはいつでも行けるから」





(完)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ