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欠けた世界のその先に  作者: 安久呂 流可
第1章 好きの無い世界への旅立ち
3/18

1-2

「沙也加が?何で?」


「別に。ただ最近、妙に仲がいいみたいだから」


「友達だよ。絵の描き方について教えてもらっているんだ」


嘘はついていない。

本当に、沙也加には絵について教えてもらっていた。

この学校で芸術について一番詳しいのは彼女だからだ。


それなのに、急に出てきた名前に戸惑い、何かを誤魔化しているような雰囲気になってしまった。

焦れば焦るほど失言しそうだけれど、何も言わなければ図星のようにも捉えられてしまいそうだ。


「知ってるけど、それにしたって仲良さそうじゃない?この間だって、三上さんの家まで送っていったって噂になってたし」


「噂って……。送っただけで、何で噂になるの?」


女子のそういうところが苦手だ。

確かに家まで送ったけれど、自分のせいで帰りが遅くなったのだから当然の行動だろう。

家だって同じ方向だし、借りたかった美術雑誌もあったし、噂になるような面白いネタなど何も無かった。


それなのにどうして、噂など流すのだろうか。


「それは、二人が付き合ってるのかどうかってことじゃない?知らないけど」


「付き合っていたら駄目なのか」


「付き合ってるの?」


大した一言ではないのに、美波が予想以上に食いついてきた。

ただでさえ大きな目を、さらに大きく開き、いかにも驚いたという顔をしている。


「いや、付き合ってないけど」


「付き合ってないのか」


「え?付き合っててほしかったの?」


「いや、そういうことじゃないけど。ていうか、付き合ってない方が……」


最後の言葉は、もにょもにょと口籠っていて聞き取れなかった。

美波はハッキリと自己主張をするタイプなので、こうも何を言いたいのかが伝わってこないのは珍しい。


椅子に座ったまま上半身を前後に揺らす。

伝えたいことがあるけれど、言葉が見つからないということなのだろうか。



また、視線をキャンバスに戻す。

言葉が見つかれば、美波から話かけてくるだろう。

僕は「創立パーティのダンス」や「女子の噂話」よりも、この絵を少しでも完成に近づけたかった。


今日は木曜日だから、芸術学科の沙也加は休みだ。

明日、絵を見てもらうことになっている。

少しも進んでいなければ、沙也加に無駄な時間を使わせてしまうし、失望されてしまうかもしれない。


それだけは避けたかった。



雑音が消えていく。

美波が揺れることで鳴っていた椅子の音も、外で走る運動部の掛け声も、時計のカチカチという秒針の音も。

あるのは、つんと刺激的な油絵の具の匂いと、海の絵だけだ。


パレットで作った色を、絵の上に少しずつ重ねる。

乾ききっていない箇所は特に注意が必要だった。


沙也加のような上級者なら、キャンバスの上で色が混ざっても良い味になるのだろうけれど、僕みたいな初心者は駄目だ。

色が濁って汚くなる。

筆の先で擦らないように、優しく触れるように重ねた。



5月の暖かい風が、窓から流れてくる。

校庭に植えられた桜は、少し前に散ってしまったけれど、今は青々とした葉が美しい。


新しい学年になって1ヶ月が経過した。

受験や進級テストなども無いので、高等部に上がったからといって、中等部にいた時と何かが変わったかと言われると、特に何も変わってはいなかった。

唯一変わったのは、授業の内容が少し専門的になったことと、学科ごとに授業日が分かれるので他学科の生徒との交流が減ったことくらいだ。


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