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欠けた世界のその先に  作者: 安久呂 流可
第1章 好きの無い世界への旅立ち
2/18

1-1

見えるはずのない、夕焼けに染まる海を描く。


「何で海なの?」


「全ての生物の母だからっていうのもあるけど、海が好きだから、っていうのが一番の理由なのかな。正直、僕にもわからない」


「ふーん」


斜め右前、僕の視界に入る席に座る美波は、興味の無さそうな相槌を打つ。

自分から質問しておいて適当に流すというのが、彼女の悪い癖だ。

もう慣れたけど。


「ねー、慎二。さっきの二者面談、何て言われた?」


思い出したくもなかった。普段はそんなに気持ちが昂るタイプではないのだが、先程の二者面談では、担当の生物教師の言葉に怒りを通り越して呆れた。

ため息を吐く。

もやもやとした気持ちとは不釣り合いなくらい爽やかな風が、窓から流れ込んできた。


「画家にはなるな、って言われた」


「へ?」


「だから「画家にはなるな」「絵で食べていけるわけがない」「君は内科医にならないといけないんだぞ、分かっているのか」って言われた」


先生の真似をして、ちょっと小馬鹿にしたような言い方をする。

ふんっと鼻を鳴らし、持っている筆を美波に向けて上下に動かす。


笑いを堪えきれずに美波は吹きだした。

自分でも馬鹿みたいだなって思う。

よくわからないけれど、笑いが込み上げてきた。

面白い。


「馬鹿だね。石田先生だっけ?画家にはなるなとか、本気で言ってるんだ?」


「ああ。あの人は部外者だから『理想都市-Ideal(アイディール)-』のことをあまり理解していないんだなって思ったよ。面倒だから「大丈夫ですよ。あれは趣味です」って言っておいた」


「島に入る前に説明聞いてなかったのかな?」


「知識としては知っているのかもしれないけど、理解は出来ていなかったんじゃないか?」


「なるほどね」


視線をキャンバスへと戻す。

殆んど波が立っていない穏やかな海。

その中心に、夕日の優しい光が一筋通っている。


自分の中では七割ほど完成していた。

あとは、グラデーションに深みを出せれば、なかなか良い作品が出来ると思う。

海はどっしりと重く、光は優しく軽やかに仕上げたい。



筆に油を染み込ませる。独特の香りが鼻の奥にまで届いた。

初めは不快だったこの匂いも、今では少し気に入っている。

癖になる匂いだ。


「くさい」


「だったら先に帰りなよ。制服に臭い移るよ」


「一緒に帰りたいのぉ」


「我が儘だな。いつも一緒に帰っているわけじゃないのに、何で今日は帰りたいの?」


僕に用事があるなら、さっさと済ませて帰ってもらおう。

そう思って聞いた当たり障りのない質問に、美波は黙り込んでしまった。


「美波?」


キャンバスから目を離し、美波の顔を見つめる。


「えっと、その、さ。創立パーティのダンスの相手、もう決まった?」


急に黙り込むから何かと思えば、そんなことか。


「ダンスって、一緒に踊ると結ばれるとかいうジンクスのやつ?」


「そう」


創立パーティは、理想都市が出来たことを記念するものだ。

島全体がお祭りムード一色で、理想都市の住人が毎年心待ちにしている行事の一つでもある。


その中で行われるダンスが、若者の間では一大イベントとなっていた。

町の中心にある広場のステージで演奏する音楽団に合わせて、男女がペアで踊る。

特別華やかな衣装を着るわけでも、決められた踊りをするわけでもない。

ただ、大切だと思う人と一緒に踊る。


その「大切な人」が、いつからか「好きな人」に変わってしまい、若者の間では告白イベントのようになってしまっていた。

ダンスに誘うということは、あなたが好きだと言っているようなものなのだ。


「別にダンスには興味ないかな」


「興味ないって……誘われたりしなかったの?」


「誰から?」


「三上沙也加」


ここで彼女の名前が出るとは思わなかった。


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