5-1
不安だ。
呼び出されたのは僕の方なのだから、不安にならなくても良い。
それでも、どうしてこう、胸のあたりがざわざわするのだろう。
前に冷たい態度をとられたせいか、アリーナと秘かに会っているせいか。
後者であれば、僕が悪い、のか?
顔合わせの日と全く同じ位置で、僕はシルヴィアが来るのを待っていた。
あの日と違うのは、両家の父親がいないことと、アリーナが自分の個展を開いているため隣町に行っているということだ。
つまり、二人きりで話すことになる。
「紅茶のおかわりはいかがですか?」
ふんわりと柔らかい雰囲気の女性が声をかけてくれた。
シルヴィアとアリーナの母だ。
僕のお義母さんになる人でもある。
「ありがとうございます。頂きます」
そう言うと彼女は、持っていたティーポットを傾ける。
ほのかに香るアールグレイ。
そのスッキリとした柑橘類の匂いが、僕の心を落ち着かせてくれるような気がした。
僕の表情が硬いせいか、話題を振ってくれた。
「シルヴィアの事、悪く思わないであげて頂戴ね。あの子、照れ屋なのよ。本当は、あなたに好かれたくて、前日に一人でファンションショーをするような子なの。でも結局、朝になると前日に選んだ服が気に入らなくて、また準備に時間がかかっちゃうの」
「そうだったんですか」
納得したような声を出すが、実際はそうでもない。
婚約者に向かって自分の娘を悪く言う親が何処にいるというのだろう。
つまり、娘をフォローする親の優しさ、くらいにしか受け取れなかった。
でも、お義母さんとは上手く付き合っていけそうだ。
僕の反応の薄さから、この話題は無しだと悟ったのか、話を変える。
「ええ。そういえば、アリーナの個展が今日で最終日なのよね。行ってみた?」
「はい。アリーナに聞いていたので、昨日行ってきました」
「どうでした?」
「最高でした。僕は芸術については、まだまだ知識は浅いのですが……アリーナの絵には強く惹かれるものを感じるんです。彼女の感性の豊かさには圧倒されます」
「それは良かったわ。私も、アリーナの絵、とっても好きなのよ。昔は今みたいに上手じゃなかったんだけど、それでも「なんか良いな」と思う絵を描く子だったわ。親バカだって笑われてしまうかもしれないけど、今でも当時の絵が残ってるの。捨てられなくて」
お義母さんは嬉しそうに話す。
自称親バカは伊達ではなかった。
アリーナが話し上手なのは、きっと母親譲りなのだろう。
内容は二人の娘の自慢話だったが、独特の表現の仕方や抑揚のある声は、聞いていて飽きない。
アリーナとシルヴィアは全く似ていないと思っていたが、お義母さんも二人とは似ていなかった。
それぞれが、それぞれの魅力を持っている、と言えばいいだろうか。
話の途中で、控えめにドアが開いた。
盛り上がっていたせいか、入りづらそうにシルヴィアが顔を出す。
最初に話してくれた話は、意外と本当の事だったのかもしれない。
「シルヴィア、遅いわよ。いつまで準備してたの。自分から呼んだのに、待たせたら申し訳ないでしょう?ママ、色々なこと話しちゃったじゃない」
「待って、何話したの?」
「覚えてないわ。マルクスに聞いてちょうだい」
シルヴィアが軽くパニック状態になる。
それを面白そうに見つめながら、出て行ってしまった。
部屋に二人きりになる。
少し気まずい。
「ママに、何か聞いた?」
シルヴィアは控えめに尋ねてきた。