4-2
足が自然公園の方へと進む。
平日のこの時間帯であれば、ガゼボが空いているはずだ。
今日は暖かいから、外にずっといては日焼けしてしまうだろう。
ガゼボは屋根があるので、その点は気にしなくても良い。
マルクスの妻になるのだから、常に美しくなくては。
締め切りが重なり、数日間、家に缶詰めになっていたので、坂道が地味にきつい。
自然公園までの道のりは、どこを通っても上り坂がある。
帰りは下り坂になるから良いのだが、緩やかに一〇分ほど登り続けなければならなかった。
首筋がほんのりと汗ばむ。
時折吹く風が心地良い。
公園の敷地内に入ると、木陰になっているので、涼しく感じた。
豊かな自然を再現するために作られた土の道を歩く。
ぼこぼことしていて歩きにくかった。
狙い通り、周囲に人影はない。
きっとガゼボも空いているだろう。
林を抜けると、噴水のあるメイン広場が見えてきた。
足を止める。
「どうして……アリーナが?」
噴水近くにあるベンチで、アリーナは誰かを待っていた。
私は、あちらから見えないであろう位置に、身を隠す。
「図書館に行ってくる」と言ってアリーナは少し前に家を出た。
図書館はこの公園とは反対の方角に建っている。
ここで友達と待ち合わせて、図書館へ行くとは考えられない。
別に、身を隠す必要はなかった。
姉妹なのだから「あら、アリーナ。誰かと待ち合わせ?」などと軽く声をかけて、さっさとガゼボへ行ってしまえばいい。
分かっている。
それでも身を隠して、アリーナの待つ相手を知りたいと思うのは、あの噂がどうしても気になるからだろう。
マルクスが、アリーナのことを家まで送ったらしい。
その話を聞いたのは、学生時代からの友人である、カタリーナからだ。
カタリーナは、私がマルクスに失礼な態度をとってしまったことを知らないので「良かったじゃない、シルヴィア!理想だって言ってた未来の旦那様と、家族ぐるみで仲良しなんて」などと喜んで悲報を伝えてくれた。
彼女自身が見たわけではないそうだし、噂はあくまでも噂。
背びれ尾ひれがついて当たり前だ。
それに、アリーナは私がマルクスのことを理想だと言っているのを知っている。
二人が会うはずがない。
自然にアリーナに声をかけようと、木の陰から出た時に、マルクスが駆け寄ってきた。
もちろん私にではない。
アリーナに、だ。
「ごめんね、待たせちゃって」
マルクスはそう言って、額に滲む汗をハンカチで拭う。
格好良い。
普通の男性であれば服の袖で拭うところを、わざわざバッグから出したハンカチで拭う。
その、育ちの良さが出ている仕草が、私は「理想だ」と感じている。
でも、彼が汗をかくくらい急いで来た相手は、私ではなくアリーナなのだ。
「大丈夫ですよ。元々、少し遅れるって聞いていたし」
「君ならそう言ってくれると思った。でも、ごめんね。今日もいつものところ?」
「ええ。それとも、別の場所が良いですか?」
「いや、あそこにしよう。今日から、季節限定のケーキが出るらしいから」
「マルクスは本当に、甘いものをよく食べるわね」
二人は見つめ合って笑う。
サイクリングコースの方へ歩いていった。
どうして?
私が、彼と結婚するのに。
私の方が、彼に相応しいのに。
私の方が、アリーナより彼を……。
カタリーナから聞いた噂が現実味を帯びてくる。
二人は、あの日以降、頻繁に会っていたのだろう。
時間がもったいないからと、外出をほとんどしなかったアリーナは、最近になって少し外へ出るようになった。
服装は相変わらず、ジーンズ、ブラウス、パンプスの三点セット。
それでも珍しく、可愛らしいピアスを付けていた。
アリーナもマルクスのこと、良いなと思っているのだろうか?