表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠けた世界のその先に  作者: 安久呂 流可
第1章 好きの無い世界への旅立ち
14/18

3‐6

アリーナは、そのことについては何も言わない。



「この店、変わっているけど良い雰囲気だね。初めて見るものが沢山だ」


丸い窓を見る。アリーナは満足そうに微笑んだ。


「そうでしょう。マルクスだったら、そう言ってくれると思った」


「この窓はどうして丸いんだろう?鍵も無いし、換気のためのものではなさそうだね」


「それはデザインだよ。昔の建物には、そういった「遊び心」があったらしい」



店主が珈琲と焼き菓子を運びながら答える。


遊び心とは何だろう?

それは何かの意味があって、施されるものなのだろうか?


ぐるぐると考え込む、僕の頭の中を読み取ってか、アリーナは教えてくれた。



「意味なんていらないのよ。ただ、なんとなく「良いな」って思えばそれで良いの。それだけのために、その窓は存在しているのよ」


分かるような、分からないような曖昧な表現だったけれど、しっくりくる。


「じゃあ、この木製のテーブルとイスも?」


「そう。普通の椅子と違って固いし、座り心地も良くないけど、なんか良いでしょ?」


「ああ。装飾も綺麗だし、木目や色味が、なんか良いね。優しい感じがする」



アリーナと話していると自然と笑顔になる。


珈琲を一口。

口に含んだ瞬間、珈琲豆の良い香りが鼻を抜ける。

苦みで舌が痺れるが、スッキリとした後味で、何杯でも飲めてしまいそうだった。


砂糖やミルクもいっしょに運ばれてきたが、もったいなくて入れられない。

ブラック派ではなかったが、苦みは一緒に頼んだ焼き菓子で抑えることにする。



「美味しい」


焼き菓子も、とても美味しかった。

一口サイズのクッキーは、サクッと軽い食感で、甘過ぎず、バターの風味とも良く合っていた。

マドレーヌはレモンが入っているのか、甘酸っぱい。

僕の理想の味だ。


思わず、頬が緩む。


「良かった。マルクスったら、幸せそうな顔してる」


「仕方ないよ、事実だし。こんなに美味しい珈琲や焼き菓子を食べたの、初めてだ」


アリーナと一緒に食べているからより美味しい、というのは黙っておく。

アリーナもクッキーをつまむ。


「うん。美味しい」と笑顔で呟いた。



「マルクスは、普段どういった仕事をしているの?」


「高等部生の家庭教師だよ。近くにある「花園女子学院(ジャルディーノ・フィオリト)」の生徒とかの勉強を見ているんだ」


「そこ、私の母校よ。懐かしいな」


「そうだったんだ。じゃあ、かなり頭良いんだね」


目を見開いて、小刻みに顔を左右に振る。

その可愛らしい仕草に、つい、吹きだしてしまった。


「違うの?」


「全然でしたよ。私だけいつも赤点だったし、先生にも「よく入学できたな」って呆れられていたんですよね。卒業出来たのが奇跡」


そこまで言うか、とまた笑ってしまう。



ジャルディーノ・フィオリトは、国立の中高一貫校で超エリート校だ。


偏差値が高く、地域からの評判も良く、制服も可愛いことから、親娘揃って「行きたい・行かせたい学校ランキング一位」と何かの雑誌にも掲載されていた。


そんな学校出身で、頭が悪いはずがないのに。



「本当かなー」


「本当ですよ。それに私、芸術推薦で入ったし」


それには納得だった。

赤点が現実味を帯びてくる。


アリーナの描いた絵であれば、多少頭が悪くても合格させてしまいそうだ。

そのくらい、人を惹きつける魅力がある。



アリーナと一緒にいると、時間の流れが速く感じる。

話下手な僕が、こんなに話が尽きないくらい盛り上がるのは、ダヴィードといる時くらいなのに。

とても楽しかった。


他愛もない話が多かったので、特にこれと言って覚えていることは無いけれど、久しぶりにこんなに「楽しい」と思えた。



「あ、そろそろ帰らなくちゃ」


「そうだね。家まで送ろうか?」


「ううん。今日、姉さん家にいるから」



アリーナと一緒に立ち上がる。

会計を済ませて、ドアを開ける。

カランカランと、あの、特徴的な鈴が鳴った。


外はもう、茜色に染まり始めていた。随分と時間が経っていたようだ。



「それじゃあ、ここで。また今度」


元気な挨拶と僕を残して、アリーナは帰っていった。


「また今度、か……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ