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「ありがとうございます。……あの、もし良かったら、少しお茶でもしていきませんか?近くに美味しい珈琲を出してくれるお店があるんです」
神は僕に味方しているようだ。
「時間、大丈夫なの?」
「はい」
「じゃあ行こうか。案内お願いして良い?」
二人並んで歩きだす。
まさか、アリーナからお茶に誘ってくれるとは思わなかった。
僕もどうやって誘うか、そもそも誘っても良いのか悩んでいたのだ。
女性と親しく話すことが無かったので、誘い文句も分からない。
こんなことなら、ダヴィードに聞いておけばよかった。
「マルクスと姉さんが結婚したら、私達、義兄妹になるのね。全然実感が湧かないわ」
「僕もだよ」
「二人は一緒に住むの?」
「いや、多分、シルヴィアが嫌がるだろうから、別々かな。今まで通りの生活をすると思う」
「そう。マルクスが我が家に来てくれたら、一緒に絵を描いたり出来るかなって思ったのに」
それは良いな、と思ったことは伏せておく。
噴水から東に向かって続くサイクリングコースの途中で、左手に細い道があった。
周りは林になっているので、すぐ近くまで来ないと見つからないような道だ。
そこを進む。
太陽が当たらないせいか薄暗かった。
「もう少しで着きますよ。あの、煙突のついている建物です」
そう言って指差した先には、小さな建物が見える。
童話にでも出てきそうな、煙突のついたレンガ風の小屋だ。
近くに行っても、さほど大きくはなかった。
ドアを開けると、カランカランと乾いた鈴の音が店内に響く。
珍しい。
鈴もそうだが、濃い色のフローリング、クリーム色の壁、丸い窓、木製のテーブルとイス。
全てが珍しかった。
写真では見たことがある。
本物は、初めてだ。
アリーナは常連なのか、店主が何かを言う前に席に座る。丸い窓の席だ。
「珍しいでしょう?ここに来ると、何故かは分からないけど、わくわくするの」
僕も座る。
二人が向かい合う形になった。
緊張する。
「おすすめの珈琲とかってある?」
メニューには五種類ほどの珈琲の名前があった。
家ではインスタントコーヒーばかり飲んでいるので、名前を見ても、どれが美味しいのかよく分からない。
珈琲の他には、紅茶、ジュース、焼き菓子、ケーキ、パン、ランチ用の軽食など、種類は豊富だ。
「そうねえ。私はいつも、このお店独自のブレンド珈琲を飲んでるけど」
「じゃあ、僕もそれで」
「他には何か頼む?」
「そうだな……焼き菓子のセットもいいな」
「ねえ、二人で分け合いっこしない?」
アリーナの言葉に乗った。
普段なら、外で菓子類を食べることは無い。
「甘いものが好きなんだ。意外だね」と、ダヴィードと仲の良い女の子達に言われてから、甘いものを口にするのが気恥ずかしくなってしまったのだ。
悪口ではない。
ダヴィードも「気にするな」と言ってくれたけど、彼だって、甘いものを口にしたところを見たことが無かった。
気にしない方が無理だ。