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欠けた世界のその先に  作者: 安久呂 流可
第1章 好きの無い世界への旅立ち
12/18

3-4

「もしもし、マルクスですか?」


アリーナだ。この優しい声は間違いが無い。


「アリーナ?どうして僕の番号を」


「姉さんに「マルクスに貸した本を返してもらいたいから」って言って、番号聞いちゃった。急にごめんなさい。返すの、いつでも良いって言ったのに」

 

申し訳なさそうに謝るその声が……。


「僕も、そろそろ返さなくちゃって思ってたんだ。家まで返しに行っても良いの?」


「それはちょっと、姉さんが不機嫌になりそうだから……自然公園で待ち合わせしましょう。少し遅くなっても「ついでに買い物してきた」って言えば大丈夫だと思うし」



明後日の十時に、自然公園の噴水の前で。



約束を取り付けて電話を切る。

今から、明後日が待ち遠しい。


僕は一体、どうしてしまったのだろう。

さっきも、アリーナの謝る声が、何と言いたかったのか分からない。

この、優しくて、考えるだけで心が温かくなる、幸せな気持ちを表現するための言葉が見つからない。

これは、何なんだ?





人工的な空だ。

余程の時以外に雨など降らない。

今日も、快晴だった。

外で待ち合わせをするには、ちょうど良いくらいの気温だ。


乾いた涼しい風が、木々を揺らす。

さわさわと葉の擦れる音が聞こえた。



約束の時間までは、あと二〇分ほどある。

早く着き過ぎでしまった。



自然公園の中心近くに、噴水はある。

三メートルほどの高さで、昼間はいつも、水が静かに流れていた。

飛沫が上がるほどではなく、近くにいても服が濡れることは無い。

暑い時期はもう少し水量があっても良いのに、と思うほどだ。


噴水の周りにはレンガが敷かれていた。

赤、オレンジ、茶。

少しずつ違う色味のレンガが、規則正しく並べられている。



僕は噴水のすぐそばにあるベンチに腰掛けた。

アリーナに借りた雑誌は、折れないように、人工皮革の大きめのバッグに入れてある。


一緒に持ってきた、仕事に使う資料を取り出した。

ファイルには、僕が担当している生徒のテストの内容が書かれている。



学年は違えど、どの生徒も今回のテストの出来はなかなかだった。

優秀な生徒は教えやすくて良い。

分からない箇所を聞いても「何が分からないか、分からない」などと言われなくて済む。

それだけでも有り難かった。


一通り資料を確認し終えると、アリーナがこちらに近づいてくるのが見えた。


「おはようございます。早いですね、私の方が先かと思ってたのに」


アリーナが隣に座る。


「せっかくだから、外で仕事しようと思って」


「あら、今日お仕事だったんですか?すみません、わざわざ来てもらっちゃって」


「いや。仕事って言っても、資料に目を通すだけだから大丈夫だよ。はい、これ」


借りていた雑誌を手渡す。

アリーナはそれを自分のバッグに仕舞った。

これで、今日の約束の目的が終了。

本当に呆気なく終わってしまった。




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