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記憶喪失者の偽善(仮)  作者: 法相
9/18

幕間

「ったく、うそだろ……武器持ちで正面からやったのに……あのアマも連れ合いもバカみたいに強すぎるだろ!」

 一人だけ逃げのびることに成功したリーダー格の男、笹山ささやまは息を荒げながら人気のない路地裏にいた。

 衆目の中ではあったが、確かに武装をしていたからすぐに仕留められると思っていた。

 だが、そんな笹山の思惑はあっさりと崩壊した。予想以上の強さであり、もしや噂の正義感の強い少女とは彼女のことではないかと考え始める。

 しかし前回のことで怜奈のことは甘く見ていた節があったのには違いなく、笹山は怜奈の実力に気がつかないままが挑んだゆえの結果だった。

 それに付け加え、まさか刃物を見せてもカケラも驚く様子を見せない朗人と怜奈には動揺が隠せなかった。

 だが何よりも驚愕したのは、朗人の存在だった。

 一蹴されたあの日、怜奈の顔を覚えて復讐を狙っていたのだが━━笹山はまだ自分を吹き飛ばした男とわかっていないが━━連れ合いである朗人の強さは異常だった。

 これでも笹山は多少名前の通った不良であるつもりだった。近隣である荒谷町に自分の知名度を上げるために踏み込んだのもそれゆえだった。

 黙らせるのには複数で一人を囲む、卑怯なれど確実に仕留める戦法を好む。それに加え普段では使わない得物まで持ち出したというのに結果はこのざまである。

 それもこれも朗人というイレギュラーな存在のせいだった。

 先ほどの一戦を思い出す。

 最初にカッターナイフを持ったケイタが飛び込んできた朗人を突き刺そうと腕を前へ出した瞬間、その腕をひるむことなく掴んで関節を極めてケイタの背後に回り、スタンガンを持った小太りの仲間、ヒロヤの方へケイタを向けた。

 一瞬の間、ヒロヤの思考は混乱して動きが止まり、その隙を逃さず押し出してケイタを感電させまとめて蹴り飛ばした。

 たった十数秒にも満たない時間でこの始末だ。勝ち目は全くないと悟り、素直に笹山は逃げ出した。

 それが功をそして逃げ切ることに成功はしたが、この屈辱は晴れない。

 武器を使用してまで勝てなかったことに笹山はただ腹ただしい。せめて怜奈ともう一人いた優奈だけであったならすぐに決着はついたはずなのに、と。

 衆人観衆の中ではあったが、そんなものは気にならないくらいの怒り。その身勝手な怒りは笹山のプライドに関わっていた。

「絶対許さねぇぞあのアマァと男……!」

『なら、力を貸そうかい?』

 あ? と背後を振り向いたら金髪の男性が立っていた。背は笹山と同じくらいで、少しつり上がった目つき。ニコニコと笑っているが、どこか薄気味が悪い。

 いつの間にいたのか……先ほどまでは確かに笹山一人であったのに。

 そう考えたと同時に笹山の背筋からは悪寒が走った。

 なんで、と考える必要はない。理由は目の前にいる男性から発せられている殺気じみたなにか。

 男性はニコニコと笑顔でいるが、それは今笹山を逃がそうとしないためのものだろう、と容易に推測できる。

 なにか一つ問いかけられ、答えを間違えてしまえば死んでしまう。そんな印象を強く与えた。

「あん、た……誰だ」

 どうにか言葉を絞り出すが、今すぐにでも逃げ出したい。

 目前の男は関わってはいけない。それだけの恐怖感を本能が受け取る。

 しかし逃げることも殺気を飛ばされて逃げようものならばすぐさまに殺されてもおかしくない。つまり逃走は不可能。よって会話を『強いられて』いた。

 男性は「そんなに緊張するなよ」と陽気に笑っているが、全くもって無茶な相談だ。正体不明の殺気を出す相手に緊張しないわけがない。

「君、スカッフルってサイト知ってる?」

 質問に質問で返すな、と普段の笹山ならばすぐさま返す言葉。

 だがそれすらもできず「知ってる」とだけ事実を返す。

 スカッフルというのは有料の、いわゆるアダルトサイトだ。笹山自身はそのサイトに世話になったことはないがケイタがよく使用していると言っていた。

「俺はそのサイトの管理人さ」

「その管理人が、なんで俺に力を貸そうってんだ? まるで意味わかんねえぞ」

 必死に冷静さを装いながら━━足は無意識に震えているが━━質問をする笹山に男性はただ笑顔で答える。

「いやね、君、というか君たちのさっきの騒ぎを見てね。俺は君たちが襲った女の子に興味をひかれてね。俺が力を貸すことで俺はあの子をウチのサイトに出させる。それで君も出演すれば互いにいい関係を結べそうじゃないかい?」

 確かに、それだけ言われれば魅力的な提案である。殺気さえ出されなければなお良かったのだが……ここで断ればなにをされるのかわからない。

 笹山は「わかった」と声を震わせながら、承諾の意を伝える。

「よかった。断られたらどうしようかと思ったよ」

 断らせる気などないくせによく言う、と内心で舌打ちしながらも息を飲み込む。

「それじゃあ俺は、もう一つ君に情報を明かすとしよう」

「なんだよ、スカッフルの管理人以外になにがあるんだよ」

 さっさとこの場から立ち去って、逃げたい。それが笹山の本音だった。

 そんな笹山の様子を見ながら男性はおどけた様子で「そんなに怖がらなくていいじゃない」と言ってから続けて言葉を紡いだ。

「君はある噂を知ってる?」

「……最近のなら、悪魔憑きってやつか」

 頭の片隅に置いていた噂。

 いわゆる特撮に出てくる怪人のような存在が暴れているという話だ。

 けれどもそれはよくある誰かの作ったデマ話、あるいは子どもに教育をするための大人の方便だと一笑に伏したものだ。

 仲間内では「絶対いるって!」と力説していたのはケイタだったなぁ、と思い出す。

 だがそれが一体……

「そう、それ! 実はね、それは俺なんだ」

「は?」


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