二章−4
十数分後、三人はドンドコドン亭荒谷支店に向かい、店内に入って店員に促された掘りごたつ式の部屋へ案内され、そのまま部屋に上がる。
室内は温まっており、外の冷気で冷えた肌がほだされていく。
そのまま羽織っていたコートやジャンパーをハンガーにかけ、それぞれ思いのままに注文をしていく。
怜奈は牛肉を勢いよくかっ喰らい、朗人は豚肉をガツガツと食べ、優奈は鶏肉をもそもそと食す。三人はタレを使わずに塩を適宜ふりかけ、白米と合わせて食べていく。
タレも悪くはないのだが、三人は塩の方が好みのようだった。
タレでは甘すぎる、というのが怜奈と優奈の意見で塩は肉の味をより引き立ててくれるような気がするので、タレを基本使わない。
そしてやはり白米におかずを足すというのは最強の組み合わせだ。基本的にはなんにでも合う。
肉汁と塩が口内で広がり、焼いている間の肉の香りもさらに食欲を沸かせ、優奈はほどほどであったが朗人と怜奈は店が赤字になるのではないかというほど食べていた。
さらに、肉だけではなくきちんと野菜も取っている。スキがない、というかその食欲は恐るべきものがあった。
怜奈はペースダウンを始めてきたが、朗人は一向に衰える気配はない。いざという時のためにキャッシュカードも持ってきていたが、食べ放題のメニューを注文していたので問題ない。
これが食べ放題でなかったら財布は確実に身軽になるどころか手持ちでは足りなかっただろう。キャッシュカード一直線である。
そこに少しだけ優奈は安心しながら朗人を見る。
直感で正解したがやはりこうやってじっくりと見ても顔だけ見れば女性と間違えてしまうほど整った顔立ちだ。髪の艶も男とは思えない、さらに加えるならば重傷を負っていたようには見えない。そして『中身』も見えなかった。
気絶していた優奈に手を出さなかった以上、そして二日過ごした怜奈にも手を出していないことから一応は怜奈を任せることができるだろう。だが男は狼という言葉もあるので完全に安心して任せるわけではない。
本当に一緒の地域、もとい地元の方に怜奈が帰って来ればいいと考えざるを得ない。そうすれば今よりも密接に怜奈と関わりあえるし、危ないことをしないか監視もできるというのに。
そんな優奈の不安をよそに怜奈はドリンクバーで入れてきた野菜ジュースを飲んで穏やかな笑顔を浮かべている。
親の心、もとい姉の心妹知らずと言ったところか。
だがそんな自分と正反対の性格の怜奈だからこそ、優奈は朗人のことに疑問がつきないでいた。
そもそもなぜ大怪我を負っていたのか。病院に駆け込んではいけなかったのか。
記憶がないことは本当のようだし、うかつに踏み込めない話題であるのは違いない。
しかしそれは不安材料であることは違いない。冷静に考えれば朗人の背後は真っ黒であることは明白なのだ。
どのような世界で生きてきたのか、あるいは巻き込まれたのかそれすらも想像がつかない。
けれども現状で大怪我の元である人物がいないのも追っ手が来ていないのも事実。察するに殺したと思っていた朗人に隙を見せて返り討ちにあったか、そのまま気づかずに去っていったのだろうか。
怜奈の話を聞く限りでは確率としては前者の方が高い。仮に気づいていたなら怜奈を助ける間の空白の期間で追撃はなくとも、病院に行けば身元がわかってしまうから危険を避けるための配慮……?
と、ここまで考えた時に優奈は思考を停止する。
いくらなんでも妄想がひどいと内心で自嘲せざるをえない。
現状ではあまりにもピースが足りない。朗人本人ももしここまでで自分たちを騙しているならば相当な役者である。
だが、これだけ不審な点がありながらも不思議と朗人を憎む、あるいは怒りなどのいわゆる負の感情はわかない。
出会った直後は怜奈がなにかに巻き込まれているんじゃないかと焦って━━実際のところは怜奈が首を突っ込んだのが原因だが━━愛する妹分を心配していたぶん冷静さを欠いていた。
自分が甘いだけなのかなと、と思いつつ二人より一足早く頼んだデザートのレモンシャーベットを口に含む。
ほどよい酸味と甘みが口に広がり、脳に糖分が行き渡るかのような感覚に心地よさを感じる。
なににしても、なるようにしかならないか。
そう結論して優奈はレモンシャーベットをもう一口食べた。
「いやー! うまかった!」
「店員さん、唖然としてたね」
「接客業なんだからそこは少し改めた方がいいと思うけど、味は満足だった」
「「いや、朗人さんが食べ過ぎ」」
同時につっこまれた。
優奈がデザートを食べ終えた頃に怜奈もデザートのピーチシャーベットを頼んだのだが、朗人は変わらずに肉を食べていた。それも口元を汚さずにきれいなものであった。
終盤は豚肉、牛肉、鶏肉を三皿ずつ頼んでそれもきれいにペロリと平らげた。ラストオーダーでも追加一皿ずつにデザートを頼み、ようやく終わったくらいだ。
「そう言われても食べれるうちに食べときたくて……」
しょぼんと落ち込む朗人に二人は笑う。
「でもそれだったら昨日は量少なかった? あんだけ食うなら食費しっかりと考えとかないと……」
「いや、そこは心配しなくていい。これでもかと詰め込んだから。というのと、予感かな」
「その割には苦しそうなそぶりは見えませんけど……」
朗人の体格を考えればどうやってあそこまで肉が入り込めるのだと言わんばかりの量を食べていたので正直、どうしてあそこまで食べられるのかと新たな疑問が現れた。
お腹も特に変化している様子はないし、もしやもう消化してしまったのではないかと疑ってしまう。
と、帰路につく間のたわいない会話を楽し━━
「おい、ツラ貸せよコラァ……」
━━もうとしていたところに後ろから声をかけられた。
最初に反応したのは朗人だった。
金髪の男と他三人。朗人には知らない顔だった。
いや、本当に知らない顔か? どこかおぼろげながら記憶が……
「ゲッ! こないだの!」
朗人に次いで反応したのは怜奈だった。
優奈の前にかばうように立って臨戦態勢をとる。優奈は状況がよくわからなかったが、このあいだ、という言葉で朗人が怜奈と出会った日が連想される。
つまり、朗人に成敗された不良ということが推測できた。
「先日はどうも……忘れたとは言わさねえぞ」
鼻にガーゼを当てられた黒髪の男が威嚇をするように怜奈の前に行こうとする。
朗人はそれを阻止するように怜奈の前に出る。そしてマジマジと男の顔を見るがすぐに首を横にひねった。
「……ダメだ、さっぱり思い出せん」
当の朗人はまったく覚えていなかった。
「朗人さんがやっつけた例の連中だよ」
すぐに怜奈がフォローに入る。
なるほど、と朗人は頷いて「で、なんの用?」と切り返す。
「仕返しさせてもらうぜ。この前は不意を討たれちまったが……今回は容赦しねぇ」
それぞれが得物を取り出す。
スタンガン、カッターナイフ、トンファー、長棒。
周囲にはざわめきが走り、怜奈もさすがにまずいと判断して朗人の裾を引いて「まず得物をどうにかしないと」と語りかける。
「なんで立ち向かう前提なの!?」
もっともな意見が優奈から飛び出る。
至極当たり前だが、たいていの人間は凶器を持った相手には反射的にすくむ。
物怖じしないという点ではこの二人はそこらの人間よりはるかに肝が座っているということが見てとれた。
急いで警察に電話を、と優奈がスマホを取り出した時、トンファーを持っていた男が三人の方めがけて走りだす。
━━通報している暇がない。
それだけわかった時、二人は気軽に口を開いた。
「こいつは任せろ」
「怪我すんなよ、怜奈ちゃん」
これだけの会話で、あとはもう二人に迷いがなかった。
トンファーを振り下ろそうとする右手、厳密にゆえばトンファーの軸である寸分を怜奈は抑えて、そのまま顔面に頭突きをかましていた。
同時に朗人はその横をかい潜り残りの三人に向かう。
「っが!?」
仰け反る男を逃すまいと右腕のトンファーの先を掴み、膝蹴りを入れて軸足のバランスを崩させて膝をつかせたところで渾身の膝蹴りを放った。
グルン、と男は目を上にあげそのまま気絶した。
「……え?」
「優姉! 早く通報して!」
「あ、う、うん!」
怜奈に急かされて今度こそと手早く通報する。
「さて朗人さん助けに……いらないみたいだな」
ははっと、怜奈は苦笑する。すでに男二人は気絶していた。
残りのリーダー格らしき男はいないので、早々に諦めて逃げたのだろう。朗人が「シット」と少し苦虫を噛み潰したような表情をしていたのはそれが原因か。
「さっすがぁ……」
怜奈が一人倒す間に二人は気絶させるとなると、実力差は恐ろしいほどまでにあるなと断言せざるを得ない。
正直にゆえば武装した相手だと怜奈は一対一でしか余裕を持って戦えない。二人以上となるとなおさら不利だ。
普通はそれで上等なのだが、怜奈自身がそれをよしとしていない。
本当に目標にしなきゃいけないな、と深く思う。
それから数分も経ってから警察が来て周りにいたヤジ馬、男たちの得物を見て非は男たちにあるとそのまま警察に連行してもらった。
男たちの幸いしたことは、記憶がない間に連れて行かれたということか。
そして家に戻ったあと二人は揃って優奈に叱られていた。
「な・ん・で! なんであそこで普通に武力解決しようとするの!」
「「さーせん……」」
先ほどまでのかっこよく敵対者を撃退した二人の面影はなりを潜め、ただ優奈『お姉さん』の説教を素直に受けていた……