一章−2
翌日、二人が起きたのは朝の十時だった。
文字通り、二人は__というよりも怜奈の__勢いに乗って2クール、一本約三十分として二十四話。食休憩などもはさめばまだ時間は経っているのだがほぼ休みなし、ぶっ通しで見続けていたために思った以上に疲労が溜まったのか爆睡していた。
怜奈は「あーよく寝た!」と若さゆえかすっきりと起きていたが、朗人の方は思った以上に疲れていた。まぁ傷が治りきっていないので仕方がない。
「怜奈ちゃん、目辛くないの? まだ微妙に俺目がきついんだけど……」
「え? 全然平気だぞ。朗人さんも見た目からしてすごい若いんだからそんなジジくさいこと言うなって」
「ジジくさ……!」
少なからずショックを受ける朗人。
無念なり、とでも呟こうと考えたが確かに鏡を見ている限り自分が若いということに間違いない。シャワーを浴びた際に鏡を自分の顔を見たがどう高く見積もっても二十代後半と言ったところだ。
記憶がないので定かではないが、とりあえずその程度だと推測しておく。
個人設定、八神朗人。男性で自称二十八歳。重傷を負っていた記憶喪失者。
自分で考えても不審者でしかない設定だった。しかしこれも事実だというのがタチが悪い。
そしてそんな不審者を疑いもせずに━━助けたらしいとはいえ━━記憶がおぼつかない男を家に入れて看病までしてくれた怜奈の胆力には感嘆の声しか出せない。
その純粋さ、あるいは大胆、豪胆さはそんじょそこらの男には絶対に負けないものを持っていると確信させる。
事実、彼女の足の筋肉のつき方を見ればわかる。
ほどよく引き締まったしなやかな足に脂肪はほとんどなく、全力の蹴りを見舞えばよほどのことがなければ相手を仰け反らせるのは容易なことだろう。
体脂肪率も想像だが一桁クラスには鍛えているのでは、と考えるもののそれを女性に聞くのはマナー違反だろうと口を慎む。
そういえば、とふと思ったことを朗人は口に出した。
「今さらだけど、なんで一人称が『オレ』なの?」
「ほんと今さらだな……まぁなんて言えばいいのかなぁ。俺の幼なじみに一つ上の姉ちゃんいてさ。よくいじめられてたからそいつら蹴散らしてたんだよ。まぁしょっちゅう泣かされてもいたけどさ、いじめっ子どもに負けじと男言葉まで使ってたら自然と。ま、その延長線上で厄介ごとに首突っ込むクセができちゃって。今じゃその幼なじみからはしょっちゅう心配はされている」
「そうだろうね。俺も心配だ。こんな不審者の言うことを真に受けて病院に行かず自分の家で治療するんだから」
「治療なんてたいしたもんじゃねえし、自分でそういうこと言うんだから朗人さんは思っているよりもよっぽど善人だと思うよ」
さいですか、と朗人は両手を大げさに広げる。
それから昨日の余った味噌汁と白米を食べると「さて」と怜奈は口を開く。
「今日は朗人さんの服を買いに行こうか。俺の服を貸してもいいけど、さすがに女と間違われるのは嫌だろ、ぶっちゃけそのままでも間違われそうだけど」
「おっとグサリときたぞぉ? ま、まぁ? 自分でも鏡見たらイヤでも女性もの着用したら女に間違われるってわかってしまったから辛いけど」
「いやそれもあるんだけど、そもそもサイズ的に合わないよね。オレはメンズのが好きだからけっこう買ってるけど、朗人さんが着たらつんつるてんになりかねないし。それだったらまだジャージで動いた方がいいだろ」
「君もそもそもなんで大きめのジャージ買ったんだよ」
「おっきい方があったかい気がするから」
ケラケラと楽しそうに笑う怜奈。明るい顔がよく似合っているな、と微笑ましく思う。
「それにしても布団まで二つあるって……」
「オレの姉貴分用のだな。まぁ姉御肌っていうことからは一番程遠い人なんだけど……その幼なじみのおかげでオレはオレでいられるんだよ」
「……本当に大好きなんだな、そのお姉ちゃん。いい笑顔してるよ」
「ああ! だから今後もちょっかい出す奴いたら絶対許さないぜ!」
純真無垢で、綺麗な水晶のような笑顔だ、と朗人は認識をさらに上書きする。
いい育ち方、そしてその姉貴分、いや認識するなら優しいお姉さんのような存在のおかげで正義感が強い今の彼女になれたのだろう。そして仮面ナイトという存在も確かに彼女を形成することに助長したのだろう。
うらやましいものだ、と朗人は思う。
今の朗人は記憶喪失であるため彼女から教えてもらった自分の名前以外、なにもわからない。
だからこそ、彼女に羨望の眼差しを向ける。自分の身を顧みずに人助けをためらわず動けるということはそうそうできることではない。
自分が助けたとはいえ、傷だらけの身だった朗人はきっと『なにも』考えずに助けただけであり、信念はない。
だから、朗人は何者でもない。むしろなにかが欠けている実感すらある。
「朗人さん?」
意識を思考から現実へと戻す。
顔を移せば不思議そうに朗人を見ている。
「体調悪いのか?」
「いや、大丈夫だよ。行こうか」
「大丈夫ならいいけど……あ、ちゃんと金は朗人さんのから出すからな。そこは勘違いしないように」
「当たり前だっての」
「ほぉ、かっこいいじゃん」
「……そうか?」
試着室にて、装いを新たにした朗人の姿を見て怜奈は素直に褒める。
なるほど、中性的な顔立ちこそすれどやはりメンズの服を着ればしっかりと男性に見える。けれどもどこか女性的にも見えるのが不思議だ。
冬場なので黒の長いヒートテックの下着とボクサーパンツを先に購入し、それから服を今試着しているのだが、実に似合う。黒い長袖のシャツに下はベージュのチノパン。そして少し濃い緑色のジャンパー。
━━これでいいんじゃないか。
「朗人さん、これにしよう。で、色違いの長袖とチノパン数種類だ」
「お、おお?」
怜奈の威圧のようななにかに気圧されながら、そのまま購入をすることと相成った。
なお、ここでの出費は約二万四千二十円。財布に残っていたらしき残金はのこり約一万円と六千円。そして百八十円。この半端な数字がなんとも言えない。
会計をしていると「姉妹さんですか?」と店員に言われてしまったが、ここで怜奈が男性ものをよく買っているのでそれで間違われてしまったのだろう。素直に諦めて「親戚で兄みたいなもんです」と他愛ないウソをついておく。
店員も━━ついでに怜奈も━━それで納得する。
店の外へ出れば冷たい風が防寒をしていない顔を突き刺す。冬場ゆえに風が寒いを通り越して痛いとすら感じる。よくもこの寒さの中とあの怪我で怜奈に会うまで生きていたものだ、と考えつつ自分の手元にある衣服の入った二つの袋を見る。
「けっこう買ったな……」
「一つくらい持とうか? まだ怪我治ってねぇんだしそれくらいは」
「いや、大丈夫だよ。痛まないといえばウソになるけど、このくらいなら……」
「バカめ。そういう細かいところからケアしないと怪我は悪化すんだよ。ほら」
強引に一つ、いや二つとも袋を取られる。
「あ、おい」
「好意は素直に受け取れ。以上だ。さ、行こうぜ! 近場に行きつけのドリンク屋があるんだ!」
ほら、と手を掴まれる。
柔らかく、暖かい優しい手。
この手に導かれ、朗人は彼女の行きつけのドリンク屋へと向かった。




