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記憶喪失者の偽善(仮)  作者: 法相
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四章−2__ヒーロー見参

 途中小走りを含めて約三十分ほどの時間をかけて怜奈は目的地にまでたどり着く

 外は冷気で肌を冷やすが、そんなものを気にしないほどに怜奈の身体は温まって、怒りで滾っていた。

 道中は不思議なほどに人の気配を感じた。徹底的な人払いをしているのだろう。獅子のような悪魔憑きを仲間にいれているわけなのだからそれもわけはないのだろうが、と考えながら視線を上げる。

 三階建の廃ビル。築何年になるかはしらないがだいぶんボロボロになっており、所々ガラスなども割れている。夜中ということも相まってお化け屋敷と言われても信じそうだが、と考えつつ深呼吸をしてなるべく身体をリラックスさせておく。

 いつ、どこでどんな襲撃があっても対応できるように心がけていることだった。心のゆとりは身体のゆとり。とはいえ優奈の身に危険が迫っている以上本心からゆとりが生まれるかは定かではないが。

 塗装が剥げ、所々欠けている入り口に立ったところでスマホが鳴る。

「……もしもし」

『よく来ました。どうぞ最上階にある社長室までどうぞ』

 あいよ、と呟き通話を切る。

 中に入れば見かけと同じ通りでボロボロの内部だったが、それとは別の生々しい嗅ぎ慣れない匂いが鼻に付く。

 月明かりだけでは足元が危ないのでスマホのライト機能を使い足元を照らす。

 空いている手で鼻を押さえ、着実に一歩ずつ進んでいく。

 そのまま順調に進んで、社長室までたどり着く。

 いやな気配は肌でひしひしと感じているが、それでも憤る心は決して薄れることはない。

 容赦なく自分は今から対峙する相手をボコボコにするだろう。もしかしたら本当に加減がわからずに殺してしまうかもしれない。

 そうなったら家族は、優奈はどう思うだろうか。目をつむりしっかりと数秒考えて、思考を優奈に助けることに切り替えた。

 チリチリと首筋になにか走るのがわかる。大事なのは今だ。

 乱暴にドアをけやぶり、中へ入る。

「ようこそ」

 ドアの先は最低限の照明だけで薄暗く、奥では少し古びた社長専用の椅子でニコニコと笑う何者かと先日朗人が逃した不良、笹山がいた。他には見慣れない男が二人ほど。もっとも、見慣れる気はないのだが。

 そして笹山の足元にはガムテープで口を塞がれ、縄で拘束されている優奈がいた。

 チリ、と脳内でなにかが弾ける。

「おっと、少しだけ待ってくださいよ」

 それをわかっていたのか、椅子に座る男はいう。視線をやりよく見ると、風貌は二十代後半くらいだろうか目に痛いほどの金髪に嫌悪感を与えるつり目。いかにもチャラそうな男だった。

「待つ必要が、あると思ってんのかゴラ」

「もちろん。それからが本番だ。おい」

 近くの男に指示をし、金髪の男の背後に少しばかり屈み、女性を抱え上げて一人怜奈の元へやってきた。

 男の体格は怜奈よりもひと回りほど大きく、筋肉もしっかり付いていて鍛え上げているのは容易に想像できた。ともあれ勝てない敵ではない。

 だが、その考えは男が連れてきた女性を見て打ち消される。

「この、人は……!」

 怜奈はその女性に見覚えがあった。ほんの数日ほど前のことで、朗人と出会った日に。

「そ。そこの笹山くんがお仲間と一緒に襲おうとしたところ君が助けた娘だ」

「お、まえぇ……!」

 すぐにかがんで女性を抱きかかえて、近くの壁にもたれ掛けさせる。

 女性の瞳は虚ろでろくに口も動かせないようだった。それに加え衣服はボロボロ、なにをされたかは容易に想像がついた。

「なん、で……! こんなことができるんだ!」

 限りない怒りの声が部屋中に響く。笹山と二人の男はその怒気にわずかに押されるも、金髪の男は飄々とした様子で「決まってるじゃないか」とのたまった。

「飯のタネでもあるからね。おかげさまで儲かってるよ」

「とことん、クズ野郎だな!」

 怒りのマグマが吹き上がる。それこそ血管がこれだけでちぎれそうなほどに。

「おい、そうすんなりと」

 行く手を阻む男が言い切るまえに、鳩尾に怜奈の全体重を乗せた一撃が正確無比に打ち込まれた。

 えづく隙を逃さずにそのまま渾身の蹴りも股間に打ち込み、トドめに掌底を顎にきめる。そのまま男は脳震盪を起こして簡単に倒れこんだ。

 その様子を見て「すごいなぁ」と声が漏れるが、その声は怜奈の耳に入っていない。

 倒れ込んだ男を踏み台に一直線に乗り込む。距離は約十メートル。

 ほんの数秒もあれば余裕を持って叩きのめせる。

 その予想通り、怜奈はすぐさまもう一人の護衛と思わしき男の近くにまで接近する。

 男の拳はすでに振りかぶっていて防御は間に合わない。ならばどうするか。

 跳躍。

 そのまま怜奈は渾身のローリングソバットを男の顔面に叩き込んだ。

 怜奈の奥の手の一つ、超至近ソバット。鍛えに鍛えた力を怜奈はいかんなく発揮し、男の意識を刈り取った。

「うっそだろこの女ぁ!?」

 笹山は足元に転がっている優奈を人質にしようとするが、その一手も遅い。

「自分より強い奴がいるからほうけてたか。クズが」

 すでに二度、今回を含め三度目の面識がある笹山の愚かさに悪態をつきながら倒れそうになった男を踏場にして全力の膝蹴りを笹山の顔に打ち込んだ。

 嫌な、しかし生々しい手応えが膝に伝わる。間違いなく鼻の骨は砕けただろう。

 同時に踏場となった男も反動で飛ばされ、そのまま崩れ落ちて笹山も気を失った。

「……残りはテメェだけだ、ゴラ」

 綺麗に着地を決めて睨みつける。それに対して金髪の男は飄々として拍手をしていた。

「これは思っていたよりもすごい。話じゃ一回そこの笹山くんたちに遅れをとったらしいけど」

「知ったことか。いつもよりすこぶる調子がいいんだよ」

 ボキリ、と指の関節を鳴らす。実際普段の怜奈以上の力が出ているのは間違いない。

 優奈をさらわれたことと、助けたはずの女性がひどい目にあわされていたことで怒りは完全に頂点に達していた。

「当社比三割り増しだ」

「そうですか。ようは今全力以上、ということかぁ」

 うんうん、と頷く男。続く言葉は突拍子もなかった。


「それじゃあ、今から君達が外まで逃げるのを待ってますからどうぞお逃げください」


「……は?」

 呆気にとられ、思わず間の抜けた声がこぼれる。

 この男はなにを言いたいのだろうか。逃がしてやる、という上から目線も大概に感じるのだがなによりもここで怜奈が逃げると思うのだろうか。

「逃げる、という言葉が不適切であれば俺が外で戦いたい、とでも思ってください。ほら、早く」

「……」

 うさんくさい、ということも考えるがすぐに頭を回す。

 今の状況であれば、実は一旦引くということもありといえばありだ。優奈ともう一人の女性を外に出すことができれば逃がすことができる可能性は大きくなる。

 けれどもなぜそんな定案をこの男がするのか、それもわからない。それだけ余裕があるということか。

 ここはあえて乗るのが吉、と判断する。いくら気絶していようと男らはいつ起き上がるかわからないし、そうなれば逃げる際に不利だ。あえて余裕を持ってくるというのなら、乗っておく。

「ご安心を。基本的に不意打ちは好きではないので」

「どうだか」

 警戒心を抱きながら、優奈を縛っていたロープを解き、口のガムテープを勢いよく剥がす。地味に少しずつ剥がす方が痛いので仕方ないと諦めてもらおう。

「れ、れーちゃんなんで来ちゃったの……」

「優姉がピンチなら、オレはいつだって駆けつけるよ。今までも、これからも。それに……今のオレなら負ける気はしない」

 優しい笑顔を優奈に向けて肩を貸して立ち上がらせる。本当に邪魔をしてこなかったので言葉は真実なようだ。もう一人の女性をおぶり、優奈とともに部屋を警戒しながら後にした。

「……そういえばあいつらスマホのロックどうしたんだ?」

「そこは地道にしてたよ。私がつけた瞬間のスマホをさっきまでポチポチと押してつねにつきっぱなしの状態にして」

 本当に地味だな、と怜奈は呆れる。

「……もうすぐ出口だよ。優姉はこの人連れて逃げて」

「え……? だめだよ、れーちゃんも一緒に」

「あんだけ暴れたのに余裕綽々なんだ。絶対に裏がある。時間稼ぎに徹するから、その間に朗人さんを……」

「でも、でも……」

「……ごめんけど、優姉をかばいながら戦えるほど甘い相手じゃなさそうなんだ。だから」

 お願い、ともうしわけなさそうな表情で怜奈は口を閉ざす。

 優奈はなにかを言おうとしたが、泣きそうになるのを抑えながら頷いた。

「ありがとう。それじゃ、この人もお願い。お姉さん、この人と一緒に逃げて」

 こくり、と背中の女性は頷く。逃げられると思って元気が出たのだろう。だったら、しっかりとにがして上げねばいけないと強く意識をする。

 優奈が女性に肩を貸し、そのまま速いとは言えないが着実と進んでいく。

 その時だった。

『外に出たねー。それじゃ、狩りを始めようか』

 男の声が聞こえた。

 声の方向を見れば三階の窓が開いており、そこに金髪の男がいた。

 約束を違わず、本当にまだいるということは自信の表れだろうか。けれどもここから階段を使って降りてくるなら小走りでも三分間は要する。

 狩り、などと言っているが有利な条件になっているのは怜奈だった。

 しかし次の瞬間、男は信じられない行動に出た。

 三階の窓から『飛び降りた』。

「ハァッ!?」

 自殺願望? いや、そんなものは微塵もないと上で顔を合わせた時に怜奈は直感的にわかっている。けれども三階から飛び降りるなど自殺行為。最低でも骨折は免れない。

 そんな怜奈の思考が追いつく前に、男はそのまま落下し……『綺麗』に着地を成功させた。

 衝撃は確かにあったようで、まるで漫画のように男の足元の地面はわずかながら陥没している。冗談みたいな光景だ。

 そして察する。この男もまた昨日出会った少年と同じ悪魔憑きなのだと。

「余裕綽々だった理由は、これか」

 忌々しいと言わんばかりに唾を吐き捨てる。

「驚いてもらってるようでなにより。それにしても面白い『前座』をどうも。三階からでもよく聞こえてたよ」

「どんどんタメ口になってんじゃねえよ!」

 勢いよく駆け出し、そのまま飛び蹴りを放つ。

 先ほどよりも勢い、体重。共に乗せた蹴りだった。その蹴りをもろに鳩尾へ叩き込んだ。

 人体急所の一つである鳩尾は下手をすれば命に関わる。渾身の一撃で、手ごたえもある、


「……ま、こんなものでしょ」


 なのに、ダメージは全くなかった。

「っそだろ」

 すぐに距離は取れたが、ここまでの差があるとは。

「れーちゃん!?」

「早く行け!」

 事態の深刻さがわかったのだろう、思わず歩みを止めた優奈に乱暴な口調になりつつも続けざまに技を仕掛ける。

 しかし渾身の一撃も通用しなかった相手に他の攻撃が通用するわけもなく、最後に放った超至近ソバットが顔面に直撃したものの、まるで意に介してなかった。それどころか足を捕獲されそのまま無造作に高く投げ飛ばされた。

 男の身長の二倍以上の高さに放られ、すぐに重力に従って怜奈は地面に打ち付けられる。派手に転んで可能な限り衝撃は逃したが、ダメージは大きい。

「じゃあ、俺のターンだね」

 声が聞こえたと同時に視認。両腕を交差させると同時に勢いのある蹴りが防御した腕ごと後ろへ飛ばされ転げる。先ほどよりも衝撃は逃がせず、痛みが身体中に走る。

 かぶっていた愛用の帽子はどこかへ飛び、口の中も血の味がする。戦力差がありすぎる。

 だが、もう一つだけ狙っていない場所がある。男性最大の急所。

「邪、ァアア!」

 起き上がり、加速をつけて股間を蹴り飛ばす。金的、それも残っている力を振り絞っての最大限の力を込めた一撃だ。

 そこから続けざまに連続で顔に拳を叩き込んでいく。ほとんど傷がつかずとも脳震盪を起こせれば、そんな気持ちだった。

 しかし、

「効かない、なぁ」

 気の抜けた声で、怜奈渾身のラッシュを意にも介さず胸ぐらを掴み逆にその顔に一撃を入れた。

 ビリィ、と衣服の破れる音が聞こえ、そのまま怜奈は吹き飛ばされた。

 今度は自分で衝撃を逃がす余裕などなく、もろに一撃をもらった。一回、二回……それからもう数回ほど転がりようやく止まる。

「これで俺の余裕がわかったでしょ?」

 ニィ、と意地の悪い笑みが男から溢れる。

「や、ろぉ……!」

「おっと、無理はしないほうがいい。手加減したけど、いい一発だったろ?」

「知った、ことか」

 確かに身体中が痛いが、なんとかまだ立てる。服が破かれスポーツタイプの下着があらわになるが気にする余裕はない。それに時間は多少なり稼げた。これならば少なからず優奈たちは距離をとれたはずだ。

 怜奈のその思考を察したのか、男はさらに、悪意を込めた笑みを浮かべた。

「本当にさ、逃げ切れると思ってる? あんなひ弱な娘が一人に肩を貸しながら」

「……あ?」

「いやぁ、バカだなぁと思って……俺がそんなに簡単に逃がすわけないって。余裕があるって言ったでしょ」

 指を鳴らす。

 同時に優奈の声が聞こえた。

 まさか、そんな、嘘だ。

 思考が巡り、そして最悪の方向に向かっているのがわかる。

 二人の逃げていった方向から、足音が近づいてくる。視線をやれば、二人が『なにか』に捕まって引っ張られていた。

「んな……!?」

「ごめん、れーちゃん……急に、なにか……現れて……」

 悔しそうに泣きながら優奈は謝る。

 優奈と女性を片手で持ち上げている『ないか』は一言で言えば真っ黒な人間であった。その高さは約二メートル、体格の方も筋骨隆々と言うのが相応しい。

「これが俺の力だよ。すごいだろ。これでも本気じゃないんだぜ」

 自慢げな男の声が聞こえる。


 勝てない、絶対に勝てない。


 生まれて初めて、怜奈は心の底からそう思った。もちろん、今まで一度も負けたことはない。けれどもそれは多対一という数に負けたものだ。一対一ならばどんな男にも負けなかった。だが、今は一対一で手も足も出ないことはなかった。

 ずっと強くあり続けたいと、正義の味方のようになれればと思っていた。けれども、その力は目の前の敵には通用しなかった。それどころか余裕さえ持たれている。

 二人だけでも逃がすということは、不可能になった。悔しさから涙がこぼれる。

『なにか』無造作に優奈と女性を投げ、転がす。すぐに優奈の元へ駆け寄る怜奈。

「優姉……!」

「れーちゃん、ごめんね……逃げ切れ、なかった……っひぐ」

 大粒の涙をボロボロとこぼす。

「ちが……優姉は、悪くないよ……悪いのは」

「そうだね。彼女は何も悪くない。悪いのは君だ、『鳳』さん」

 男の声音が、変わった。

 先ほどまでのどこか愉悦を含んだ声ではなく、聞き覚えがある。

 この声は……怜奈はよく知っている。だけども、彼女の知る該当者とは見た目があまりにもかけ離れている。

「もしかしてまだ気づいてない? こうしたらわかるかな……ほら、こっち向きなよ」

 乱暴に怜奈の髪を掴み、無理やり男は自分の方向へ振り向かされ投げ落とされる。

 そして男は片手で前髪を後ろに全てかきあげ、その目を細めた。髪の色こそ異なれど、この容姿は間違えようがない。怜奈はこの男を『知っている』。

「てん、ちょう……?」

 行きつけであるドリンクシャドウの店長、影山だった。

「そうそう。やっと気づいてくれましたね。それだけ俺の演技も上手だってことだね。満足満足。どうも、ドリンクシャドウの店長兼アダルトサイトスカッフルの管理人影山です」

 普段となんら変わらぬ笑顔で、影山はのたまった。

 信じられない、という衝撃がわく。普段から仲良くやっていた影山が悪魔憑きだったこともだが、なによりも誘拐するような人物だとは露とも思わなかった。

「う〜ん、いい顔ですね鳳さん。どうして俺がこんなことするのかわからない、そんな顔だ。いやはや、俺としてもここで常連さんを襲うのも正直惜しいところではあるんですけどね、鳳さんだったらアクセス数や後の商売のほうでも稼げそうだからね」

「ぁ……?」

「……いいねぇ、普段の強気で獣みたいな視線から一転。信じていた人間に裏切られたその弱気な目と表情。さいっこうだよ! テンション上がる! 俺はそういう顔が大好物なんだ! サンキュー! サンキュー! ひゃっふぉおう!」

 興奮した声で、影山は叫ぶ。

「商売、とか……スカッフルとか……え? え?」

「疑問に思ったよね。そりゃそうだ。まぁ早い話が稼げるだけ稼いだ女は人身売買で海外に売り飛ばしてるんだ。資源の有効活用ってやつだね。基本的にヤク漬けにしちゃうから壊れちゃう子も多くてさぁ」

 それでも需要はあるからやっているわけだけど、と影山は楽しそうに。実に楽しそうに言う。

「特に鳳さんは胸はないけど、やっぱりそのビジュアルは最高だよ。スレンダーでボーイッシュ、しかも現役女子大生でその辺の男どもなんざよりよっぽど強い。そんな娘がサイトに出たらアクセス数や広告料もがっぽり間違いなし」

 ネットのことになど疎いが、怜奈にも意味することはわかった。

 女性にしたことと同じことを怜奈にしようというのだ。それも優奈も含めた形で。

 だが解せない。なぜ、なぜ優奈まで巻き込まれなければいけないのか。

「ん? ああ、お姉さんを巻き込んだ理由か。そりゃ鳳さんがこの間スマホの写真見せてくれたからだよ」

「え……?」

「だから本来ターゲットには入ってなかった。でも、あんな仲良さそうにしていたら……セットで楽しまないともったいないよねぇ」

 ニコリ、と、怜奈のよく知る影山の顔で笑われた。

 その事実は思っていた以上にショックで、その場で怜奈は叫んだ。

「くそ、ったれがぁ……!」

 悔しかった。何もできない自分がこれほど口惜しいとは思わなかった。

「いいね。そういう表情が欲しかったんだ」

「れーちゃん……」

「ごめん、優姉……オレが巻き込んだ……あの時、写真をこいつに見せなければ……!」

「違うよ、れーちゃんのせいじゃないよ!」

 優奈の謝罪と同時に、涙が溢れてくる。どこまでも無力な自分と、軽率であった自分に……

「くそ、くそっ……」

「そういうことで、せいぜい自分を呪いながら堕ちていってもらうよ」

 影山の手が、変化する。いや、手だけではない。身体全体が変化していく。

 黒い何かと似て非なる存在へ、変わっていく。比較すれば影山本体は体格がさらにごつくなり、目はまるで特撮怪人の眼のようにオレンジのラインが引いてあった。「絶望が鳳さんのゴールだよ」と影山は言う。

(絶望……? 確かにこの状況は絶望的、か。はは……くそ、優姉を巻きこんだ上に守れないなんて……ちくしょう……)

 声が出ない。けれど、確かに思う。

 自分はどうなってもいい。だから、誰でもいい。誰か……

「誰か、助けて……」

 今まで一度も言わなかった言葉。

 強くありたかったがために、憧れの仮面ナイトのようになりたかったがために。

 ヒーローは、都合よくやってこないことなど怜奈は知っている。だから自分を鍛えた。大好きな人を守れるように。しかしそれを果たせない今、怜奈にはドス黒い絶望の闇が……


『誰か、なんて水臭いぞ。待たせたな怜奈ちゃん』


 絶望しきる、本当に寸前で優しい声が聞こえた。

「あ……」

 ボロボロと溢れる涙を気にせず、声の方へ振り向く。

 月明かりに照らされた長い黒髪が、風に揺られてたなびいている。

 はたから見れば女性と見間違うほど整った顔立ちに、高い身長。

「あき、とさん……」

「遅れてすまなかった。ここからは……俺の出番だ」

 遅れてやってきた朗人は、本物のヒーローのようだった。



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