四章−1
「お、優姉駅についたって」
自分でもわかるくらい嬉しさを含んだ声で弾んでしまう。やはり自分は優奈のことが大好きなのだな、と考えて、またもう一度自分の顔が破顔するのがわかる。
このような連絡に一喜一憂してしまうくらい、優奈のことを思っているのは間違いなく親族以外でなら自分だけだろうと思いながら『気をつけて帰りなよ』と返事をする。
「嬉しそうだね」
「そりゃね。正直いえば優姉以外に友達もいないような女だしね、オレ」
「おろ? そりゃ意外だな。怜奈ちゃん、地元ならたくさん友達いるんじゃないの?」
「言い方悪かったね。心を許せるような友達がってこと。まぁかれこれほぼオレの年齢イコールの付き合いしてるんだから当然だとは思うんだけど」
長い付き合いだよなぁ、と考える。もう物心がついた時には「ゆうねぇちゃん」と呼びながら一緒に遊んでいた。大きくなってからは勉強を終えてもらったり、おままごとでダンナさん役をやったりなど、思い出には困らない。
時には風邪の看病をして互いに移しあって長引いたこともあった。発覚した後は互いの両親によって強制隔離されてしまったが、当然の対応といえよう。小学生の頃はなにごとにも無頓着なものである。それは優奈も一緒だったようだから嬉しく思いもしたことであるが。
一時期、優奈にくっつきすぎで鬱陶しく思われてないか不安な時期もあったが、勇気を出してそれを告白すると優奈も同じようなことを思っていたようで、互いに似たようなことを感じて、安心して涙が出て、抱き合ってより一層仲良くなれた。
高校までは同性カップル、と揶揄されるくらいだ。
だから今後も優奈になにかあれば、捨て身の覚悟で優奈を助けに行く。コレクションの中で武器に使えそうなものがあればそれが壊れてでも……
「いや、そもそも持って行く意味あるか……? コレクション壊れやすいものが定番だから実用できるに足るのを厳選しなきゃ……」
「なにを言ってるの?」
「ん、いやこっちの話だよ。真面目に考えたら使えないのが多すぎて……」
「よくわからないけど、あまりよろしくないことを考えているのだけはわかった」
そう? と返すが、確かに優奈や朗人から見ればよろしくない考えには違いなかったとすぐに把握する。
「ま、朗人さんは気にしないで。それより今日のご飯は?」
「鶏肉の塩胡椒で炒めたものにピーマン、ジャガ芋、玉ネギを炒めたもの。鶏肉with野菜炒めってとこか。男飯だから格好の無様さは許してな」
「俺だって男飯みたいなもんだし全然オッケー。というか朗人さんは意外に料理上手だよね。もう専任してくれたら助かるかなー」
「ご所望とあれば。厄介になってる身だからそのくらいはね」
「マジで? やったね」
心底嬉しく思う。料理の腕は確実に朗人の方が見た目も味も上だ。まぁ、見た目は五十歩百歩であるが、一つ負担が減る分には申し分ない。とはいえ、本当に毎日してもらうのには申し訳ないので週に二日くらいはちゃんと自分でするつもりだが。
野菜炒めと白米だけの簡素な食事ではあるが、白いご飯は最強のおかず。たいていのどんな料理に合わせてもおかずの味を引き出してくれる。とくに今回の野菜炒めは塩胡椒が効いており、白米の甘みがさらに引き出され口の中でハーモニーを奏でている。
「やっぱり白飯って最強だな」
「最強かは知らないけど日本人の心ではあるよね。うむ、自画自賛だがうまい」
こうして穏やかに時間は過ぎていく。
食事を終え、朗人が怜奈の食べた皿も一緒に持っていき皿洗いに向かい、水音がなる。量がかなり溜まっているので時間がかかるのだが……文句も言わずに不言実行するとは。
本当に紳士だな、この人、と内心で思っていた頃に電話がかかってきた。
着信主は優奈。
時間を見ればまだ優奈が家に帰るには少し早い時間だが……嫌な予感がする。
スライドし、電話に出る。
「……もしもし」
優奈に対しては絶対に出さない低めの、威圧をかけた声。
怜奈の直感は全力で通話の相手が優奈でないということを『確信』していた。
『おお、怖いねぇ』
男性とも女性ともつかない声。おそらくはボイスチェンジャーを使用しているのだろう。
警戒を解かずに怜奈は「誰だ、テメェ」と強く怒りを表す。優奈の電話番号でかかってきたということは『そういう』ことだ。怒りを隠せるはずもない。
電話の主は『そう慌てなさんな』とおちょくるように、というか実際にその通りなのだろう。電話越しでもわかるくらいに嘲笑を含んだ声で怜奈を静止する。
『君もわかってる通りだと思うけど、このスマホの持ち主である女の子は今、俺らの手元にいる。君はスカッフルってサイトを知ってるかな?』
「知らん」
『そっか。知らないなら知らないでいいよ。ただ、このままだと彼女にはそれに出演してもらうことになる』
「優姉に手ぇ出すんじゃねぇ……! ぶち殺すぞ」
スマホを握る手に力が思わず入る。いや、思わずではなく当然。優奈に仇なす者は例外なく怜奈の敵だ。大げさではなく、心底から思っている事実だ。
そんな怜奈の思いを知ってかしらずか『熱がこもってますねぇ』と電話の主はいう。
『電話越しでもわかります。敵意、殺意……実にいいですね』
「御託はいい。オレになんかあるんだろ。とっとと言えよ」
『察しが良くて助かります。あなたにだけは場所をお教えしますから、どうぞ彼女を助けに来てください。念のためを言っておくと、男の方は連れてこないように』
「……朗人さんのことまで知ってんのか。ますます何者だよ」
『情報収集は基本中の基本ですから……』
電話の向こうでもニヤニヤといやらしい笑いを浮かべているのがよくわかる。怜奈の嫌いなタイプだ。
その時だった。なにやら電話の向こうで騒がしさが聞こえた。
『れーちゃん来ちゃダメ! このひ……ケホッ!?』
電話の主の背後から優奈の声が聞こえるが、直後に鈍い音が聞こえ優奈が沈黙する。
「優姉!?」
『黙ってろ。こっちは話してるでしょう? おい、ガムテープで口をふさげ』
黙々と指示をする電話の主に対し、完全に堪忍袋の尾が切れた。
ミシリ、とスマホが軋む。
そして朗人に聞こえないように最小限の声量で「場所は、どこだ」と怒りの籠った声音で聞く。すでに彼女の額には青筋が出ており、こうなって止まる術は彼女は知らない。
触れてはいけないスイッチを押された、逆鱗に触れた、まさしくその形容が正しい怒りだった。
条件を指定された以上朗人は連れていけない。それでも、今の怜奈は引かない。引くつもりなど欠片もない。
鳳怜奈とはこういう存在なのだ、と自分に強く言い聞かせる。冗談や伊達ではなく、心底そう思っている。
不器用だとは自分でも思い、でも仕方ないと思う。幼い頃から、優奈と仮面ナイトと出会った時からこういう不器用で、でもまっすぐな生き方をずっと続けてきた怜奈だからこそ、自分を否定しない。その結果、自分がどれだけの手傷を負おうが、一生消えない傷が残ろうが知ったことではない。
明確な害悪を己の手で、全力でぶちのめす。
『では場所を言いましょう。荒谷町の外れにある廃ビルです。あなたの行きつけのドリンク店があるでしょう? あそこからあなたの足なら十分もあればすむでしょう。今から……そうですね一時間後に家を出てください。男には適当に言い訳をつけて』
「言われなくてもそうしてやる。だけどこれ以上優姉に手を出してみやがれ……殺してやるからな」
『怖いですねぇ。女の子ならもう少しおしとやかにしてはいかがですか?』
「余計なお世話だ」
『でしょうね。ま、楽しみに待っておきますよ』
そう言われ、通話は切られる。それとほぼ同時に水音が途切れた。
「怜奈ちゃん。皿洗い終わったよ」
にこり、と優しい笑顔で朗人がキッチンから戻ってくる。それからすぐに怜奈は表情を戻す。
「ありがとう朗人さん。やっぱ朗人さん超紳士だな」
「褒めてもドヤ顔しか出ないぞ」
「いやいや事実だよ。ほんと、朗人さんはいい人だよ」
電話の直後で、自分の感情を押し殺しながら怜奈は笑顔を見せる。そもそも朗人は部外者だ、怜奈のことを思ってくれるのは本当に嬉しいし、自分よりも強いことから尊敬している。
しかし朗人には悪いけども、今回は自分でどうにかしなきゃいけないと心から強く思いながら喋る。
この一時間後、怜奈は「散歩に行ってくる」と家を出た。