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記憶喪失者の偽善(仮)  作者: 法相
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序幕

久方ぶりの投稿です。

というか三年半ぶりです。前の作品はなんというか、いろいろありまして……

今はオリジナル作品を書いてはGA文庫に応募して仕事をしてな毎日です。ここには落ちた作品をちょこちょこ訂正や加筆して応募用とは別の展開にすることでまた利用と思っています。

主人公はここに残している喪失者の道中と同一ですが、ヒロインが違います。

バシバシコメントなどをしてくださると非常にテンションがあがりますので、ぜひよろしくお願いします。

 夜中の十一時、喧騒に包まれる街中の路地裏で一人のオレンジマークの帽子をかぶった小柄な人物が路地裏をふと目にした。

 女性の泣くような悲鳴と、愉悦を含んだ複数の男の下衆じみた笑い。

 迷うことなく『彼女』は全力で走って不意打ちに四人の一人に背後から蹴りを入れて、倒れ込ませた男を足場にして男たちの前に立ちはだかる。

「な、なんだ、テメェ!?」

 蹴られた男はすぐさま動揺を含んだ声を出す。

「通りすがりだよ、クソども」

 驚く男たちをよそに悪態をつきながらも彼女はチラリ、と自分の背後を見る。

 泣きそうになりながら着衣と髪を乱している女性がいた。状況を完全に理解できないのかポカンとはしているが、ギリギリ間に合ったようだ。

 すぐに彼女は視線を男たちに戻し、目前の男たちが女性に乱暴しようとしたことは目に見えて明らかだった。むしろ本当にギリギリだったのだろう。

 最悪の事態を想像できたからこそ、彼女は男たちと女性の間に割り込んだわけだが。

 敵意や嫌悪感を隠すことなく舌打ちをし、彼女は毒づくように口を開いた。

「最低だな、あんたら」

 侮蔑の感情を隠さずに口に出し、嫌悪感を表情に出していた。

 彼女は昔から曲がった事が嫌いだった。幼なじみのいじめを見過ごせずに幼なじみを助けるために動いたことや見知らぬ生徒をカツアゲから守ったのは一度や二度ではない。

 一方で男たちは声質から男に見えた━━服装だけ見れば男だった━━女性だと判断し、明らかに男たちは愉快そうに笑う。不意打ちをいれられた男だけはわかりやすいほどの敵意を示しているが、根幹は他の男たちとなにも変わらない。

 自分たちの欲望を満たす獲物が増えた、とでも思っているのだろう。

 そう予測して彼女、鳳怜奈おおとり れいなは首を軽く回し拳を鳴らす。彼女は構えをとる。空手のような構えだが、喧嘩で鍛えたために多分に我流が混じっているために独特の印象を思わせる。どちらかといえば獣を思わせるような気配を漂わせている。

 だが、それを見た男たちは、今度は心底おかしそうに笑った。

 しかしそれも無理はない。なにせ体格差は男たちの一番小さい者よりもさらに小さい。おおよそ百六十三センチと言ったところだろうか。女性としてはともかく男性と比べれば小柄な部類である。

 不意をついて転ばされたのには確かに音たちも驚かされたが、真正面からやりあうとなるならば怜奈に勝ち目はないだろう。

 事実、怜奈自身も『真正面』からなら勝算は薄いと思っている。

 昔から一つ上の幼なじみをいじめっ子から守るためにケンカ慣れをしている。

 そのため十九になった今でも荒事に首を突っ込んで慣れているとはいえ二人までなら勝つ自信、最大三人なら勝てる。

 しかし四人ともなると別だ。男たちの力量にもよるが、数では負けているのは事実だ。

 一人を相手している間に別の男が三方向から襲ってくる、のはこの路地では難しい。

 相手も動きは制限されるとはいえ圧倒的不利には違いない。むしろ路地裏でないほうがやりやすかったかもしれない。

 とはいえすでにすんだことなので、考えないことにした。

 大事なのは今、なにをすべきかである。

「……お姉さん、オレが引き受けるから隙を見て逃げて。オレのことは気にしないでいいから」

 視線を男たちからそらさずに背後の女性に話しかける。

 え? という女性の反応を無視して最善手を頭で選択していく。

 一人は速攻をしとめ、わずかな間だが行動不能にさせて怜奈に気を引きつけさせる。

 男たちは怜奈を無謀な女であるということで油断している。ゆえに成功すれば三人がかりでしっかりと抑えようとするはずだと。

(不意打ちをかけられたバカのくせに、そんな笑いをこぼせる時点で基本小物なんだよ)

 内心で笑いながら、一度軽く跳び、一呼吸を入れて踏み込んだ。

 対象は一番背が高い金髪の男。

 思った以上の怜奈の瞬発力に一瞬、男は驚愕しながらも怜奈のモーション、拳を顔面へとめがけていたので受け止めようと腕を交差させ防御しようとする。

「バーカ」

 ほくそ笑み、拳の動きが止まった。

 拳の動きはフェイントだったと気付いた時、金髪の男の股間に痛烈な衝撃が走る。

 いわゆる金的、男性の急所へのためらいない蹴りが打ち込まれた。

 当然この痛みは尋常なものではなく、すぐに金髪の男はその場で声にならない声をあげて膝をつき、転がる。

 ケイタ! と仲間の一人が金髪の男の名前を慌てて呼ぶ。

 ━━想定以上に動揺している。

 考えた瞬間には、続けざまにその男にも勢いをつけた裏拳を叩きつけ体重を乗せて壁に抑えこんだ。

 そして背後から四つの手が怜奈を掴んだ。残った二人が引きはがそうとしているのだろう。

「いまだ!」

 怜奈の言葉と同時に、女性は走り出す。

 足音が遠ざかっていくのが聞こえ、女性は少なくとも圏内から逃げれたものとわかった。

(あとは、こっから大暴れして逃げるだけ……!?)

 そう考えた瞬間、痛烈な衝撃が背中から走り身体の自由がきかなくなり、力が入らず倒れる。

「くそ! 一人逃がしちまった」

「ったく、あの女にもソレ使っとけばよかったのに。したら二人ヤれたのに」

「ケイタ、大丈夫か……しばらくダメそうだな」

 動けない怜奈の上で男たちは会話をしている。なにをされたのか状況をよめなかった。

 そんな怜奈の考えを遮るように金髪の男が座りこんで怜奈の帽子をとってから頭を掴み、持ち上げる。

「へぇ、暗がりで帽子だったから顔わかんなかったけどけっこうかわいいじゃん」

 短い黒髪に、整った顔立ち。

 声を聞いていなければ服装も相まって男と見間違ってもなんら不思議はない。だがそこには女性的な幼さも残っておりきつい目つきもギャップをもたせて愛らしくすら見える。

「でもよくもやってくれたな。ケイタの潰れてたらどうしてくれんの?」

 知ったことかクズ、と言おうとしたがうまくしゃべれない。おかしそうに、笑いながら小太りの男も座りこんでぶらぶらと手に持っていた物を見せる。

 パッと見れば黒い電動のヒゲ剃りにしか見えないが、先端は明らかに違う。バチバチと光りながら音をたてていることを見れば容易に正体はスタンガンだと断定できた。

 しかし怜奈の服装は今、冬場ということもあって厚着している。露出している場所に当てられたならともかくなぜ……

「バカだな。スタンガンはかなり強力なんだぞ? 厚着でも貫通するんだよ」

 怜奈の疑問に自慢そうに小太りの男は言うが、怜奈には屈辱の感情しかわかなかった。

「とっととやっちまおうぜ。その間にケイタも回復すんだろ……まだ無理そうだな」

 哀れな、とぼやいてヒゲを生やしたリーダーらしき男は二人をどかせ、怜奈を足で蹴り転がし仰向けにさせる。

 そのままリーダーの男は彼女のジャンパーのジッパーを開け、上着を無理やり上までたくし上げる。

「……ちっちぇ上にスポブラかよ。色気皆無だな」

「ッ……!」

「ズボンの方も下ろしてやれよ。ま、自分から首突っ込んだんだ。せいぜい後悔しろよ」

 舌なめずりをし、リーダーの男は怜奈のズボンに手をかけ━━

「……誰だ?」

 ━━ようとした時、新しい足音が聞こえ気だるげに振り向く。これから楽しもうとしているのに邪魔をしようとは無粋な奴は誰か。女であったら今手にかけようとしている怜奈と一緒に『遊ぶ』のも悪くはない、そう考えながら視線は第三者を捉える。

 視界に映ったのは、ケガを負っている長髪の人物だった。

 暗がりでやはり顔はよく見えないが、それでも一目で弱りきっているというのは目に見えるほどにはその人物の息は荒かった。

 どこかでホームレス狩りにあってここまで逃げ込んだ浮浪者なのか、ともリーダーの男は考えたが関わってこようとしなければ問題はない。

 暗がりでよくわからないが、女だとしても浮浪者を相手にする気はない。

「誰だか知らねーけど、こっちは取り込み中なんだ。とっととよそに行きな」

「……君たちは、なにをしている?」

「見りゃわかんだろ?」

 ニィ、と下品な笑みを浮かべ、みなまで言わせるなと考えているのは目に見えた。

「というわけだからとっとと」

 消えろ、と言い切る前にリーダーの男の意識は消えた。

「……は?」

 金髪の男は間の抜けた声しか出せなかった。

 今、リーダーの男と浮浪者らしき男の間には自分と小太りの男がいたのだ。しかし、気が付いたら……長髪をなびかせて誰かがリーダーの男を壁まで殴り飛ばしていた。

 まったく反応できなかった。その事実が二人に恐怖を与え、逃げようとする。

 が、その前に頭を掴まれ……抵抗をする間もなく二人の頭同士をぶつけられ。意識を刈り取られた。

 ようやく回復してきたケイタと呼ばれた男も顔に蹴りを一撃加えられあっけなく意識を失う。

 数分も経った頃、ようやくスタンガンの効果が切れた怜奈は上着を着直し、震えながら起き上がる。まだ身体に力が入りきっていないから仕方ない、と割り切る。

「にしても……どうなってるんだ?」

 ほんの数分の間に四人の男たちは意識を失った状態で倒れていた。声は聞こえていたので誰かが来たというのはわかったのだが……怜奈は完全に蚊帳の外であった。

「大丈夫、かい?」

 か細く、力のない声で誰かは言う。声質的に男の人かな、とぼんやりと思いながらも素直に頭を下げてから口を開いた。

「ありがとう……って、これあんたが?」

「ああ」

 短く頷くだけの肯定。その時、月明かりが路地裏にさして誰かの顔はあらわとなった。

 中性的な顔立ちに、黒く艶やかな長髪。そしてその瞳は、綺麗な緑だった。怪我でボロボロになっているが、それでもまるで女性のように見えてしまう。それに加えて、助けてもらったという心からなのか、怜奈は綺麗だな、と素直に口に出した。

 まるで天使のように慈愛を含んでいるような……

 しかし月明かりが照らしたのは綺麗な場所だけではない。顔だけではなく所々に傷を負っており、一目で重傷とわかった。特に胸元のティーシャツは破れて紅く濡れている。

「ちょ、あんたその傷は!?」

「わけありで、な。病院には……いけないから……」

 力なく笑う男性。

 こんな重傷で男たちを一蹴したというのか、と怜奈は驚嘆するが、それはすぐに思考を切り替える。

「だったら家に来い! ケンカとかしょっちゅうしてるから薬や包帯の類はあるから!」

 自分のジャンパーを脱いで彼にかぶせ帽子もかぶせる。防寒の意味もあるが、病院にはいけないわけありだというのならば変装の意味も含めて必要なことだと判断した。

 幸い怜奈の家は少し遠いが十分に歩いていける距離だ。そもそも今回の件も散歩中にでくわしたわけなのだが、ああいう件に首をつっこんでいるのはしょっちゅうであった……この悪癖は幼なじみの姉貴分からもずいぶんと心配されている。

(って、んなこと考えてる場合じゃないな)

「オレは鳳怜奈。あんたの名前は?」

 歩みを進めながら、怜奈は男に聞く。

「俺は……」

 そのまま名前を言いながら、二人は人ごみの中へと消えた。




「おもしろうそうなことになったなぁ」

 町の人ごみの中に消えていく二人を見て、茶髪の男は車内でレモンをかじりながら笑う。

 その隣には、先ほど怜奈が逃したはずの女性が両手両足で拘束された状態で猿轡をされていた。その表情には恐怖が現れ、大粒の涙をこぼしており暴れている。

 そんな彼女を一瞥し、男はひっぱたいて黙らせる。

「いい拾い物と発見、まさに一石二鳥だな。これからが楽しみだ」

 ニヤリ、と男は笑って車を走らせた。



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