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短編集

綾地さんは天童くんの気を引きたくてしょうがない

作者: 遠出八千代





 母の香水は大人のにおいがした。

 嗅いだことのない香りで、なんというか上品なサラダ油みたいなにおいだった。




 私は、香水を始めにつけた首筋の匂いを確認するため、顎を引き、くんくんと嗅いでみたけれど、自分の体につけた香水の香りがどんな匂いなのかさっぱり分からない。香水とはこういうものなのだろうと、何となく納得するしかない。

 これで彼の気を引ければいいのだが、本当のところは不安だった――。



「おつかれ綾地」

「おつかれ天童くん」


 別々の塾を終えた私達二人は、夕暮れの、橙色の明かりに照らされるバス停のベンチで合流した。

 彼はベンチに腰掛けており、私もそれにならい彼の隣に座る。

 一時間に一本しか停留所にとまらない、帰りのバスを待つためだ。


 夕暮れの帰り時の時間だけれど、今はバス停には私達二人しかいない。終日こんな感じで、まるで私達二人専用の空間となっている。そして待ち時間のあいだおしゃべりをすることが私と天童くんの決まりごとになっていた。どちらが決めたことではないのだが。


「学校の小テストどうだった?」

 天童くんはたくさん付箋のついた参考書をカバンから取り出し目の前で広げた。参考書のページをめくりながらそう私に尋ねてくる。


「難しいね、次のも不安だよ」

「嘘付け、綾地なら大丈夫だろ。今日先生に褒められてたじゃないか」

「そうだったかな?でも、天童くんはいつもよりよくない点数みたいだね。もうすぐ高校受験なのに」


 彼の小テストの点数はすぐ分かった、ひらっきぱなしのカバンから小テスト用紙がはみ出していたから。△と×がそこそこあって、普段の彼ならとる事のない点数だった。


「何か、気になることでもあった?」

 彼は返事をしない代わりに、ページをめくる速度が上がっていく。私はその様子を流し目で見ている。

「ベビードールか?」

「へ?」

「その香水だよ」

 そんな名前なんだね、と我が事ながら他人事みたいに答える。

 だってしょうがないじゃないか。この香水は母ので、どんな名前なのかも知らないのだもの。

 彼は栗色の髪をぽりぽりとかいて、困ったような表情を浮かべる。


「……綾地がそういうのつけるの珍しいな、誰か気になる奴でも出来たのか」

「知りたいの?」

「そりゃあ」

「実はその人の気を引きたくてつけてみたんだ」

「俺の知ってるやつか?」

 天童君は口と眉をへの字に曲げて、いまだ参考書の方に目を通している。

「誰だかヒントをあげようか?一つ目は私と同じ学校の学生だよ」

「なら先生ってことはないな」

「二つ目は受験に向けて真面目に勉強してる人」

「じゃあ同学年かな。受験近いし」

「わからないよ、最近は1年生でも受験に備えて勉強始める人っているからね」

「ふうん」


 彼は生返事をする。なんだか不服そうに見えた。

 もしかしたら自分のことかも、と期待していたのかもしれない。ちょっと意地悪だったかな。



「三つ目は…そうだね。いつも私とバスで帰る人」



 電光掲示板とヘッドライトを輝かせ、私達が待ちわびたバスがやってくる。

「ほら、天童くん。帰ろうよ」

 私は立ち上がり、呆気にとられる彼に微笑む。




 そして待っていたとばかりにバスのドアが開いた。





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