鬼畜キム兄3
「1万なのは本当、相当稼げる」
女性は微笑む。
やっぱり本当なんだ。
凄い…じゃぁ、欲しい本もゲームも、服も…色々と買える?
僕はまるで宝くじが当たったかのように欲しい物を連想した。
「で、赤いカップは向こうだから、アンタもコーヒー飲むん?だったら客用は白」
女性はカップのありかを指さす。
「あ、すみません」
僕は慌てて赤いカップと白いカップにコーヒーをそそいだ。
「砂糖は隣」
女性が指さす方向にスティックシュガーがある。
僕はスティックシュガーを上着の胸ポケットに入れると赤と白のカップを手にし、
そして…ふと、我に返った。
「マミさん?」
さっき男性がお茶と叫んだ時に言った名前だ。
「何、気安く呼んどん?」
マミさんは僕を睨んだ。
用事って…忙しいって煙草で忙しいって意味なんですか?
そう聞きたかったが勇気は無かった。
「すみません」
僕はカップを手に男性の元へ戻った。
「ご苦労」
男性は笑顔でカップを受け取る。
なんだかココはおかしいかも。
客にコーヒーつがせるし、働いてる人は仕事せずに煙草吸ってたし。
僕はカップを持ったまま立ち尽くす。
このまま…帰った方が絶対にいいような気がする…
時給1万円は…惹かれるけど…でも、なんか…とにかく逃げたい。
「あの…」
すみません、僕やっぱり…と続けるつもりだったんだけど、
「座らんの?」
と男性に言われ、思わず座ってしまった。
だって、何かこの人…威圧感があって怖い。
ちょっと僕を見ただけだと思うけど、まるで目が
「殺す!」
と言ってるようで…
ほら、よく犬が強いモノにお腹見せて降参するように…僕も逆らえない。
本能が彼に逆らうなと教えてくれている。
「ほいじゃぁ、名前書いて」
と男性がボールペンと紙を僕の前に差し出した。
「これ…?」
紙は履歴書ではなく、いろいろと質問が書かれている。
「アンケートじゃ、何か文句あるんか?」
そう言って彼は僕を見る。
見ただけなのに怖いよぅ。
僕は小さくイイエと言って名前を書いた。
「日當ってそう書くんか…」
マジマジと僕の名前を彼は見入っている。
「あの…質問してもいいですか?」
僕は恐る恐る彼を見た。
「ええよ」
彼は笑ってくれたが…
目…笑ってませんよ。
「あの…なんで僕が博多駅に居るって分かったんですか?」
僕的にもビックリした事だった…いきなり筑紫口って。
「あぁ、簡単や…博多駅でしか配らせてないからのぉ」
あ…そんなカラクリ。
なんかガッカリ…
って言うか考えたら分かる事かも。
「自己紹介まだだったのぅ、わしは本名は名乗らんよ、コードネームちゅうので呼び合ってるんよ、…キム兄でええけんのぉ」
と自分をキム兄と名乗る彼は笑顔で僕に握手を求める。
いや…だからね、貴方…目が笑ってませんから。
僕は愛想よい笑顔で握手をした。
「採用じゃ」
「は?」
僕はキム兄と握手をしたままキョトンとなる。
「だから、採用じゃ言うとろうが」
キム兄の声のトーンは威嚇をする猫のように低い。
しかも…手、手に力が入ってますよ。
イタタタッー
僕は手を何とか外そうと体全体を使って抵抗しちゃってるけど。
無理だよね、体格の差。
「いや、でも…僕まだ名前しか言ってないし、それに履歴書とか書いてないですよ」
何度手を振りほどこうとしてもガッチリ握られた手は外れない。
「未成年?」
キム兄に聞かれ、
「違います」
と即答。
「なら、問題ない」
勝手に完結して貰ったら困るんですけど。
あぁ…強く言えたらどんなにいいか?
「どこの馬の骨か分からない奴を雇うのはどうかと思いますよ、…だって普通もっといろいろ聞くでしょ?」
僕は懸命に諦めて貰えるように自分を下げてみた。
「馬の骨…人にしか見えんがのぉ」
いやいやいや…モノの例えだし。
僕は心でキム兄の言葉に突っ込みを入れる。
「あの…手」
いい加減に痛くなった手を離して貰えるようにちょっとアピールしてみる。
「あぁ、悪い」
何ともアッサリと離してくれた。
「僕が悪い奴だったらヤバイですよ、ほら…金庫からお金盗んだり…」
なんで…
なんで自分をここまで落としてるんだろう僕は?
虚しく思いながらに諦めて貰える言葉を探す。
「お前には出来んじゃろ?」
キム兄はまたまたアッサリと答えた。
えっ?僕はそんなに良い人に見えるの?
君みたいな好青年には出来ないとか言うのかな?




