まじめな仕事3
「良くん」
後ろから彼女の声がした。
あぁ…良くん、なんて呼ばれるの…久しぶり。
つい、昨日まで日當!と怒鳴るようにキム兄に呼ばれてたんだもん。
でも、彼女の声は本当に久しぶりで、僕は体が震える。なので、振り向けないままに彼女が僕の向かい側に立った。
「久しぶりだね、…でもないか、よく見かけたもん」
彼女はそう言うと僕の向かい側に椅子を引き、座る。
僕はまだ、俯いたままに「うん」とだけ返事した。
「もしかして、良くん…私と会うの嫌だった?」
彼女の声はトーンが下がり、悲しそうに聞こえる。
「まさか!」
彼女の悲しそうな声に僕は慌てて顔を上げた。
「本当?良かった。やっと、顔上げてくれたね」
僕の視界におもいっきり入って来た彼女の笑顔は可愛くて、付き合ってた頃のまま。
ミクちゃん…彼女の名前だ。
「元気だった?突然ごめんね。」
「うん…。大丈夫」
僕はそれ以上の言葉を言えなかった。愛想なかったかな?
だって、緊張してるし、久しぶり過ぎて何って言っていいか。
「良くんが全然変わってなくて良かった。あ、変な意味じゃないよ?私のメールや電話シカトされたらどうしようとか思っちゃって、本当はメールする時、悩んだんだ。」
ミクちゃんは目を伏せて、寂しそうな顔をする。
伏せたまつげが長くて、表情が可愛くて…胸がドキドキした。
まだ、彼女を好きなのかな?
そう、まだ…未練はある。だって、嫌いになって別れたんじゃない。ミクちゃんに僕より好きな人が出来ただけ。
ミクちゃんは福岡に来てすぐに仲良くなった女の子で、福岡生まれの彼女に街を色々案内して貰って…
可愛い彼女に僕は一目惚れして…田舎者の僕はきっと相手にされないだろうと半分諦めてたんだけど、彼女から付き合って欲しいと言われ…舞い上がった。
夢を見てるんじゃないかってくらいに…毎日が雲の上を歩いてるみたいにフワフワして夢心地だった。
でも、…ある日突然に「良くんより、好きな人出来たの。ごめんね」と頭を下げられ、僕は何も言えなかった。
母親によく、女が心変わりをするのは、男がしっかりと女を捕まえていないからよ!と言っていたから…僕は…ダメな奴だったんだ。
彼女を引き止める甘い言葉や、気の利いた言葉なんか言えるわけもなく、ただ…頷くだけで。
しばらくして、彼女が男と歩いているのを見た。
イケメンで、都会的で…車も持ってて…女の子が好きになりそうな感じだった。
「良くん、聞いてる?」
彼女の声に我に返る。
「あ、ごめん…凄く久しぶりだし…」
「うん。凄く久しぶりだね」
そう言って笑うミクちゃんは可愛い。
もう、可愛すぎて…見とれてしまいそうになる。
「あ、でも…いいの?彼氏に見られたら誤解されちゃうよ?」
テンパった僕は余計な事を言ってしまった。
そんな事言ったら彼女が…席を立つかも知れないのに。
「…あ、いいの。」
彼女は俯く。
えっ?何か様子が変?
「いいのって?」
「うん。いいの…、別れたから」
「えっ?」
僕は驚きのあまり、周りに響くくらいの声をだし、注目を浴びてしまった。
しまった…頬が熱くなる。たぶん、赤面してる。僕も恥ずかしさで俯いてしまう。
「別れたの…だから気にしないで」
ミクちゃんは悲しそうに言う。
「どうして?」
聞いちゃいけないかな?と思いつつ、聞く。
「こんな事…良くんにしか言えないんだけど、迷惑だったら言って」
彼女の目に涙がにじむ。何か…何かあったんだ。
「何?言ってみて?」
彼女は涙をポロリと零す。
「あの人…、私に借金を押し付けて…いなくなったの…、別れようってメールだけ後から来たの」
彼女はポロポロと涙を零した。
何だと!僕は叫びそうになった!許せない!
彼女を裏切ったアイツ!ちょっとしか見た事ないけど、派手そうな男だった。
ミクちゃんはアイツと居る時に凄く幸せそうに笑ってたのに。
僕と居る時よりもずっと…だから、彼女が幸せならと諦めたのに。許せない!
「いくら?何の借金なの?」
「100万くらい…何の借金かは知らないの」
100万…バイト、マジめにすればほんの数日で貯まる金額だ。
「警察には?」
彼女は首を振る。
「だって、パパにバレたら…」
彼女はまた泣き出した。
「泣かないで、ごめん」
僕はハンカチを渡す。




