コードネームは日當です
なんか、酷い事言われたような気がするけど、単純な僕は都合が悪い事は直ぐに忘れる主義なんだ。
「日當はもう帰ってええよ、バイトはもう終わったけぇ」
「へ?僕、来たばかりですよ」
キム兄の言葉に僕はキョトン。
「もう終わった言うたろうが、女子高生を捕まえるのが仕事やと説明したやろうが何聞いとんじゃ、ホンマ、アホか日當は」
な…なんかむかつくんですけど…僕はむかつく言葉に言い返す事が出来ずに我慢した。
この辺りは自分でも馬鹿だと思う。
「キム兄さんが説明を省くからでしょう?バイト終わったからバイト代払うから待ってね」
ヨーコさんがそう言いながら首の辺りをゴソゴソして、鍵を出す。どうやら鍵を首から下げているみたい…金庫の鍵なのかな?
ヨーコさんは鍵を片手にキム兄さんの机の横にある大きな金庫の前に行った。
やっぱり金庫の鍵なんだ…。それにしても大きな金庫だな…まさか、大金とか入れてないよね?
都会は物騒だからあからさまに大きな金庫に現金入ってます…って事はないよね?
僕はそんな事を考えながらヨーコさんの半分の大きさがある金庫を見つめていた。
「はい、金庫あけまーす」
ヨーコさんは大きな声で言うと暗証番号を打ち込み金庫を開ける。
開けられた金庫の中を見て僕は口がアングリと開いてしまった。
うそーん…僕の目に飛び込んで来た大金…札束…もう、そこまであったら子供銀行の玩具のお金か、もしくは束の上と下だけが本物であとは紙切れ…そんな感じにしか僕には見えない。
だって、20年生きて来てそんな大金みた事ないし…帯でまかれた一万円の束なんてドラマか映画かニュースとかでしか見た事無かった。
一束…確か100万なんだよね?
えっ?待って…金庫の中には帯で巻かれた福沢諭吉氏のプロマイドが束が積み重ねられてて、どうみても何千万はある…ひょっとしたら億はあるかも知れない。
ヨーコさんやキム兄さん、マミさんは何も感じないのかな?
僕が諭吉さんをたくさんみた枚数は12枚…高校生の頃に親と親戚から貰ったお年玉の総額12万。
あれだけでもドキドキしたのに!
いきなり札束…ヨーコさんは札束の中から一枚だけを抜き取り、またさっきの通り、「はい、金庫閉めます」と言って鍵をかけると、振り向きニコニコ笑いながら僕の前まで来た。
「ウチはね日払いなのよ、どうせキム兄さんも誰も説明してないでしょ?」
僕は頷く。
「日払い…なんですか、僕はてっきり給料日があるのかと」
でも、正直…日払いは助かる。だって、もうお金が…。
「給料日があった方がよかったかな?楽しみがあった方がいいからね」
ヨーコさんは、そう言って僕に微笑みかけながら一万を封筒に入れて差し出してくれた。
「封筒にまで…」
僕はお年玉を貰ったような感覚になる。
「裸銭は失礼だからね」
とヨーコさんから僕に封筒が渡る瞬間、サッと封筒が目の前から消えた。
えっ?
僕は顔を上げた。
封筒はキム兄の手にある。
「なんで…?」
全く…この人の動きは読めない。
「花瓶代」
キム兄はニヤッと笑う。
僕はすぐにあっ!となった。
そうだ…花瓶。一千万の花瓶…弁償するって言ったんだった。
まさか…本当に給料からひかれるなんて。
しかも…今日は無料働きになるのかな?
そんな…そんなの嫌だーッ!
あんなに頑張ったのに…僕は何だか世間の厳しさ…いや、理不尽さに嫌気がさしそうだった。
「とりあえず、往復の交通費が400円じゃろ?ランチ代も一応付くけぇ、日當の学校の近くに安い食堂があるじゃろ?500円で足りるな、後はちょっとオマケするけぇ、全部で1900円返す」
とキム兄は自分の財布から1900円を出すと僕の手に握らせる。
僕はその1900円をジッと見てしまった。ちょっとオマケ…って千円じゃんかケチ!
なんか…騙されてんのかな?
頭にそう過ぎった。
「不服か?」
キム兄が今にも1900円さえも奪いそうな勢いでそう言ったから、僕は慌てて首を振るとお金をポケットに突っ込んだ。
「日當君、今日学校は?」
宇実さんがゆったりとした口調で聞いて来た。
彼女らしい喋り方だ。おっとりとした彼女の雰囲気に合っている。
「今日はお昼からなんで」
「じゃぁ、ご飯食べてからいくの?」
「とりあえず…安い食堂に行こうかと」
と僕はチラリとキム兄さんを見た。
安い食堂…キム兄さんは行った事があるんだろうな…値段を知っているし。