第五話
仁美櫓神社の事から数日が経った。
航平は、仁美櫓神社で手に入れた厄除けのお守りを身に着けてから
いつもの如く職場に向かう。
いつものように、新交通システムの女子大駅から電車を乗り次いで約五十分。
妻沼田駅に到着する。そこから歩いて約十分。
門を潜るとその先には、通勤電車がずらりと並ぶ。
ここは妻沼田電車区。
航平は、ここで電車の清掃の仕事をしている。
作業着に着替え、朝礼、点呼をして作業に入る。
作業には、ポリッシャーや日常清掃、特掃、外板などがあり、仕事は分担され、特に日常清掃は主に床掃除、椅子、窓、荷棚の清掃に分かれる。
航平は、この日は床の担当であった。
目標とする車両一両あたりの清掃時間は約十分。
用意するものは、業務用のダンモップ。幅は百二十センチとかなり大きな物だ。
それを、床に這わせて進み、一両に付きわずか三往復で、埃を取る。
ダンモップの先端に付けている布は特殊で、這わすと静電気が発生し、砂埃等をよく吸着するのだ。
それと同時に、床にあった缶や、荷棚にある新聞、雑誌を見つけては集めて処理する。
そして、濡らしたモップで汚れを取る。
床にガムとかが付いていたら、ガム取りベラで取り除く。
それを二人か三人のペアを組んで作業して、十両一編成分をやっていく。
一編成が終わったら、もう一編成を同じ様にやっていく。
こんな仕事だ。
一日の業務が終わり、駅の改札に入る途中で、茉莉奈が声を掛けて来た。
「ねえー?この近くで、心霊の居るとこ見つけたんだけれど?」
「ふーん。何処?」
「動物公園近くの白星大社」
「動物公園の近く?どれどれ?」
航平は、地図アプリを開く。
「あ。モノレールの駅から割と近いのか」
「じゃあ、一緒に行って見てくれる?」
「ああ。いいぜ。でも、その前に、youPipeで動画を探してみるか」
航平は、スマフォのyouPipeアプリを開いて『干葉白星大社』と検索する。すると、かなりの数の動画がある。
どうやらここは、かなり有名な心霊スポットらしい。
航平は一つの動画を見る。
すると、その動画では過去にここで殺人事件があったとか、ご神体が居ない、いわゆる『廃神社』なのでヤバいとか。夜には生首が落ちてくるとか。
そう言った内容であった。
その中の一つ。昼間に訪れた動画があり、それを閲覧する。
その動画のレポートでは、保存樹林の看板があったり、社と思われる建物の扉が緑。その建物の裏に回ると壊れているために入れて、
ご神体が無かったという、そんな動画。
相当にマズイ場所ではある様なのだが、
航平は、珍しく素直に茉莉奈の願いを聞き入れた。
妻沼田駅から干葉駅に向かい、そこで降りる。
この干場駅は、最近リニューアル工事を終えたばかりで、テナント多く入る駅ビルとして生まれ変わり綺麗にはなったが、階段が増えたり、改札口が遠くなったりで、実は、利用者には不便がられている。
階段を三階分まで登って、そしてまた、降りて。歩く距離が確実に増えた。ホームに行くまでが長くなった。新しくなったはいいけど、ただ、電車を利用するだけの人にとっては改悪としか言いようがないとは思う。
「そうなの?」
「そうだよ。てか、ここでは心を読むなよ。それに、話しかけてくるなよ」
航平はとっさに壁の方をむいた。
「何を壁の方向いてんの?」
「茉莉奈さんとこういう場所で話す時は、この方がましなんだよ」
航平は、更に携帯電話を取り出した。
「これなら、そんなに不自然じゃない筈。茉莉奈さん。干場駅はさ。もう、失敗してると思うんだ」
「どうして?」
「少し、普通の駅ビルと違う。気軽さが無い」
「何で?」
「目的の店があったとするだろ?まず、普段から、通勤や、そうでなくてもスイカ持って居る人なら気軽に入れるけど、それ以外の人は、入場券を買わなきゃいけない。この時点で気軽さがない」
「えっ?」
「要は、入場券を買って迄、知りたい、買いたいと思うのは、人によるけど長くて精々三か月。それ以上は期待出来ない」
「どうして?」
「あのさあ。人間てのは、本来飽きやすくて、面倒臭がりな面も持っているもんだよ?だから、ある程度中身を知って、満足したら、それ以降は、たまにしか使用しなくなる。そうなると、店の売り上げは当然落ちるって訳」
「へーえ。それは航平、君自身の事でしょ?」
「俺も含めて!てか、信じてないな?」
「うん。信じないわよ、そんな事」
航平は、怪訝そうな顔をする。
「・・・何て言うか。その商品とか店のファン、つまりはリピーターを獲得しない限り、それは続かない。
それが無くなれば当然、店は閑古鳥が鳴き、干場駅は、ちょっと不便な単なるターミナル駅になるって訳。でもまあ、鉄道会社側は、駅構内の敷地。テナント料をもらえれば儲かる訳で、例えばある店が人気無くなっても、改装工事をして、新しく、違う店を入れればいいってだけ」
「えー?」
「都心からは少し遠いし、一社の鉄道だけしかない。他の駅みたいに他社が乗り入れ、各方面へとは言い難いからねえ。人が増える見込みが余りないし、ちょっと心配ではあるよ」
「ふーん?」
「さてと。話はこの位にして、モノレールに乗って、目的地に行くか」
航平は、モノレールのホームへ向かう。
モノレールのホームへは、一度干場駅の改札近くへ行けば前より格段に近いので、便利と言えば便利にはなっている。
そして、モノレールに乗り込む。
この地域を走っているモノレールは懸垂式で、レールが上に成るので視界が良く、ちょっとした空中散歩気分が味わえるのが特徴だ。
そして、およそ十五分で、スポーツセンター前駅に着く。
そこから、スマフォの地図アプリを開いて白星神社を目指す。
「ふーん。現場まで一キロ弱か」
歩いて行くと、直ぐ住宅街になり、そこを抜けていく。
歩いてからおよそ十五分。突如として、小さな林が見えた。
航平は、目の前の林と地図アプリを照らし合わせてみる。すると、林の反対側に共同墓地があり、また、白星神社はこの林の中だった。
「おい、おい。これは」
航平は思わず声をあげる。
もう、心霊スポットとして「如何にも」としか言いようがない。
でも、茉莉奈さんの成仏を手伝うと決めた以上、行くしかないのだ。
航平は、漠然とした不安を感じつつ、林の入り口の方に向かう。
それから、林の中に入る。
林の中は、アスファルトで舗装された道があり、前をみれば、民家らしい塀が見えた。
約五十メートル歩いた所で、丁字路があって、そこを左に曲がると直ぐに鳥居が見えた。
するとそこには「白星大社」の文字が。
航平は、確認した。
今は夕方。外はまだ、明るい。
これなら大丈夫と、鳥居を潜った。
それから、改めて左右を見る。
右手には、民家と思われる庭。
数本の木。
そして、左手には、林。
陽が射し込んできて、薄暗い印象は無い。
更に奥へ進む。
すると間もなくして、両足が痛くなり始めた。
この感覚に「マジか!?これって霊障!?」と、そう思った航平。
航平は仕事柄、毎日三キロ位は歩くので、駅からこの神社までの距離位ははへっちゃらであった。
それなのにいきなり、足の節々に痛みを感じるのである。
そして前をみる。
すると、建物の扉部分は、新しい収納式のロールシャッターに付け替えられていた。
「・・・。出よう」
何とも言えない気持ちになり、少し嫌になって来る。
「駄目だって!ここの霊と会話して無いじゃん!」
茉莉奈が突然、話しかけてきた。
「そりゃ、そうだけどよ?感覚的に悪霊化してそうなのがひしひしと伝わるんだけど」
「少しは我慢してよ!」
「はい、はい」
茉莉奈の、半透明の姿が航平の目に映り、茉莉奈は航平の手を繋いだ。
航平は、仕方なくじっとする。すると、霊の思念と思われる映像が、航平の頭の中に入ってきた。
その映像は、目の前の男がもの凄い形相で包丁を振りかざし、襲ってくる映像。
その光景は、後ずさりをし、躓いてコケて、その時に下の方を刺され、目の前が霞んだ。
その時、航平にも痛みが走り
「うっぷ!」
と、お腹から痛みがこみ上げて吐きそうになる。
航平はうなりを上げた。
その間に、茉莉奈が霊の事情を聴く。
すると、それは、当時、付き合いだしてから一年位のカップルであったのだが、ある日彼氏が突然豹変
して、襲われたのだそうだ。そして、バッグを奪われたのまでは覚えているという。
茉莉奈は、ほんの数秒、姿を消した。
そして直ぐに現れて、航平と霊に説明する。
この霊は、女性で、当時医者である父を持ち、医科大に通う医者の卵。
そして、同じ大学に通う彼氏もできて、付き合って居たのだが、ある日の朝、寮をでてから近くにあるこの場所に連れ込まれて殺害された。
そしてその犯人は、捕まり、終身刑の判決の後、しばらくしてから獄中で自殺したそうだ。
その事を茉莉奈が霊に話すと、霊は頷き光を放って成仏した。
それと同時に茉莉奈の体も光る。
「成仏は成功よ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
航平は、そう言ったものの、足の痛みが取れて居なかった。
「あのー。茉莉奈さん?足の痛みが消えないんだけれど?」
航平がそう言うと、頭をポリポリと掻く茉莉奈。
「ははは。実はねー。ここ。地縛霊や怨霊のたまり場になってんのよ」
「げっ!なんで」
「知らない?鳥居はね、霊を集める為の通り道であり、アンテナなのよ。それで、鳥居の近くに供養された
ご神体があれば、成仏が高確率で叶うんだけれど。知っての通り、ここにはご神体が無いしねえ。それで、まだ一杯いるの。
今も航平の足に、複数の霊が憑りついているわ。痛みは、そのためよ」
「これ、どうすりゃ取れるんだよ!」
航平は、半泣きになる。
「取り敢えず、鳥居をくぐって出て」
「分かった!」
航平は、足の痛みをこらえながら、鳥居を目指して早歩きをして潜る。
「これ、借りるわね」
航平は、ズボンの右ポケットに感覚を覚える。
その時、後ろから
シャリン!
と言う音を聞いた航平であったが、早すぎてそれが何かは分からなかった。
何はともあれ痛みは消えた。
「た、助かった」
「大丈夫みたいね?じゃあ、帰るわよ?」
そうしよう」
そして、航平は帰路に着く。
帰宅する途中、女子大駅にて、スマフォで時間を確認しようとした所、仁美櫓神社で手に入れた厄除けの
お守りは無くなっていた。
「茉莉奈さん、もしかして?」
「あれっ?気が付いた?航平を助ける時に使わせてもらったよ」
「そうか。どうりで」
そして航平は、自宅に着くと、両肩に交互に塩を撒いて身を清めた。
こうして、一日が終わった。