第四話
ダムでの事から数週間が経ったある日の事。
航平の背後に、不穏な影が現れる。
航平は食事中で、お茶漬けを食べていた。
それは、航平にじわり、じわりとゆっくりと近づいた。
そして、航平の肩をドン!と押した。
「ぶっ!熱っ!・・・うっ。こぼしちゃった・・・」
現れたのは茉莉奈だった。
「わっ!驚いた?数日ぶりじゃん?」
「何か用?」
「驚かないの?」
「驚かねーよ。それよりよ?もう、これ、どうしてくれるんだよ。実体化して押しやがって。こぼして汚しちまっただろ!?」
「あら?ごめんなさい」
「まったくよー?しばらく現れないから、平和だったのに。何かあったのか?」
航平は怒っている。
「霊の居そうな所を見つけたわよ?ある神社なんだけど」
「ちょっとまて。服とテーブルが汚れてしまったから、拭いてからな?」
航平は、雑巾とティッシュペーパーを取り出して拭き、片づけた。
「これでよし。神社って?何処の?」
「鉄工町!」
「鉄工町?どれどれ?」
航平は、スマフォの地図アプリで探す。
「・・・県内だけど、まー距離のある事!」
「もしかして、遠いから嫌なの?」
「はい。その通り!」
「航平、あんた、あたしを成仏させる気ある?」
「あるっちゃ有るぜ」
「何よ、いい加減にしか聞こえないわ。あんたの寿命、もっと縮めてやろうかしら?」
茉莉奈は航平の態度に怒っている。怒り方は、茉莉奈のほうが上だった。
それを感じた航平は
「ご、ごめん。距離の事なんか気にしてらんねーな。茉莉奈さんには、成仏して欲しいし」
と言って謝った。
「じゃあ、聞くけれど、鉄工町の何て名前の神社?」
「仁美櫓神社」
「仁美櫓神社?分かった」
航平はそのまま、スマフォで仁美櫓神社とググると、心霊スポットとしてのバナーが直ぐにでた。
「うわあ。トップで出てやんの」
航平は、仁美櫓神社の心霊スポットとしての内容を見て驚く。
それは、夕暮れに、階段を上ると、背後から足音がするのに、振り向くとそこにはいないだとか、
夜、階段を降りると何処からか「もう少しだ。頑張れ」という声が聞こえる。と言うものだった。
「うーん」
航平は、なにか心霊の話ではありがちな話と思い、これを疑った。
しかし、茉莉奈の成仏に近づけるためと、自分を言い聞かし、行く事を決めた。
「茉莉奈さんよ。今から行くぞ?現れたのは、俺が仕事を休みと知っての事だろ?」
航平は、テーブルから立ち上がり、出かける準備を始めた。
「やったー!航平、察しがいい!」
茉莉奈の喜ぶ声が聞こえた。
「・・・・・・」
航平は、言葉が出なかった。
航平は、出掛ける準備を整えて、新交通システムの駅「女子大」に向かう。
そこから、鉄道の「新白鷺」駅へ乗る事十分。
そして、新白鷺駅で乗り換えて、電車を乗り継ぎ、およそ一時間半程で「鉄工町」駅に着いた。
「さてと。降りたはいいが、神社まではどうしたもんか?バスはあるかな?」
航平は、バスターミナルの行先表示を片っ端からみた。すると、
鉄工所正門行きというバスの中に、仁美櫓団地前と言う名の表記をみつけた。
航平は、もしかするかもと思い、スマフォの地図アプリを開いて仁美櫓団地を検索する。
すると、団地の裏側に、仁美櫓神社はあった。
地図上では、バス停から、そんなには時間も掛からずに行けそうだった。
「えっと。二番乗り場の鉄工所正門行き・・・と。あ。あと十五分は待つのか」
鉄工所正門行きバスは、三十分に一本の間隔であった。
航平は、バス停に並んだ。
そして暫くバスを待ち、そして乗り込む。運賃は後払いだ。
航平は、バスに揺られる間、この町の車窓を楽しんだ。
そして、バスに揺られる事、約二十分。仁美櫓団地前に到着する。
運賃を払い、バスを降りると、団地の隙間から小さな山が見えた。
「多分、あそこだな?」
航平は、一度立ち止まり、スマフォの地図アプリで確認する。
すると、仁美櫓神社には、ほぼ道なりで行けそうだったので、スマフォの地図を航平は閉じた。
そして、仁美櫓神社に向かって歩き出す。
それから、ものの五分で鳥居のある所まで到着した。
その鳥居の先は、山である。
鳥居をくぐると直ぐに、極小さな稲荷神社があった。
それを横目に階段を登る。
その石段は段差が大きく、跨ぐ様にして上るので、結構足が疲れる。
「随分高いな。上るのに一苦労だぜ」
暫く階段を登る。階段を登る途中は木々が生い茂り、太陽の光が遮られるために思いの他、階段は暗い。
そして、山頂に上る途中で、上から降りてきたおばさんに、航平は声をかけられた。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
「今日はどうしたんですか?」
「非番なんですよ。サービス業やってて。それで、平日に」
航平は、いきなり怪しまれたかの様な言い回しに、少しイラつきを覚えたが、直ぐに正直に答えた。
「じゃあ、ウオーキングですか?」
「いいえ」
「あのねえ。ここの石段、高くてキツイでしょ?」
「はい。確かに足にキますね」
ここの石段は、航平には、まだ山頂にも登って居ない状態であったが、思いの外急であって、航平には、既にいい運動になっていた。
「ここの石段をね。一日十往復したりする人も居るのよ」
「へえー。そうなんですか」
「あたし何かももやっているのよ。健康促進の為に」
「はあ、それはそれは」
「お兄さんは何でここに来たの?」
また、それかと思った航平。
「それがですねえ。ここ、仁美櫓神社って、あるサイトじゃ結構名の知れた心霊スポットみたいで。取材に」
「取材?お兄さん、どこかの雑誌の人?」
言い方が不味かったかと思った航平。
「いや。何て言うか、その。趣味みたいなもんで。個人的に、この心霊スポットと言われる所がどんなもんか、現地調査っぽい事を」
「心霊ってお化け?どんな噂があるの?聞いた事無いんだけど?」
「それがですねえ。夕暮れ時にここを登っていると、後ろから足音が近づいて来るので、振り向くと誰も居ない。とか。後は、夜に上ると白い服の人が登って居るのが見えたかと思ったら突然消える。ですね」
航平がこう答えると、おばさんが腕を上に上げた。
「あ。」
おばさんは、白いジャージ姿だった。
「いや。でもねえ。髪の長い女性だそうですよ」
航平は、適当に答えた。目の前にいるおばさんの髪型は、ショートボブカットだ。
「そう。お化けとかと言えばねえ。それとは違うんだけれど。ここの下に小さな稲荷神社あったでしょう?」
「はい」
「その奥でねえ。もう、数十年前だけど、首つり自殺があったのよ。男性の」
「!?」
「ここの下って、人通りも車も少ないでしょう?それでね。なんか臭うって噂が当時にたって、猫が、匂いのする方に一杯集まるから、これは変だって事になったのよ。それで、誰かが猫の居る方に、臭いを我慢してついて行ったら、発見したんだって。首つりの遺体を。稲荷神社の裏手の奥の所で。腐ってたって」
「うわあ。何だか凄い事聞けちゃいましたね。もしかしたら、その事が、巡りめぐって心霊話に発展したのかも。情報、ありがとうございます」
「いえいえ。それよりもお兄さん、もう、神社には参拝した?」
「いいえ。これから何です」
「そう。じゃあ、参拝するといいわよ。若い男の神主さんいるしね。それに、上った所から、空気が澄んでいれば、富士山が見えるから」
「本当ですか?見てみます。ありがとうございます。それじゃ」
そう言って航平はその場を後にして、再び階段を登る。
「・・・なあ。茉莉奈さん。居るんだろ?出てきなよ?」
「あらー?航平に呼ばれちゃった。何か用?」
茉莉奈が姿を現した。
「ああ。さっきの稲荷神社の近く。俺だったら、さっきの情報が無くても頭が痛くなるんだけども、そう成らなかったんだ。不思議でさ」
「それなら。霊は居ないみたいね。あたしも霊に会ってみたかったけど」
「やっぱいないのか?そっか?あくまで噂のみなんだな」
航平は、この時だけは安心して一息ついた。
「あたし、ちょっとそこらで霊を探してみるね?」
「探すって?茉莉奈さん。あんたなー?あっ!」
茉莉奈は何処かへ行ってしまった。
「しょーがない。参拝でもするか」
航平が少し歩くとそこにはもう、本殿がみえた。手水舎もある。
「じゃあ、先ずは清めてと」
まずは右手で柄杓を取って、水を汲み、それをかけて左手を清める。
そして次に、左手に柄杓を持ちかえて、右手を清める。
再び柄杓を右手に持ちかえて、左の手のひらに水を受け、その水を口にいれてすすいだ。
すすぎ終わったら、水をもう一度左手にかけて清め、使った柄杓を立てて、柄の部分に水を伝わらせるようにして清め、柄杓を元の位置に戻した。
それから、本殿へ行って、二礼、二拍手、一礼をしてお参りする。
その間に投げたお賽銭は五円。「神様とご縁がありますように」という、語呂合わせだ。
それから。今度は、高見台の所に行く。そこからの眺めは確かに良くて、眼下に広がる工業地帯と富士山がよく見れた。
「へえ。本当に眺めいいじゃん!」
航平は、スマフォのカメラで数枚の写真を撮った。
「さて。どう撮れたかチェックと」
航平は、スマフォのフォルダを開いて写真を見る。するとその中の一枚に、茉莉奈が写っていた。
航平は、茉莉奈に、声を出さず意識で話かける。
「もう、戻ってたのかよ」
「そうよ?この辺り、浮遊霊とかいなくってさ」
「そうだったのか。・・・それよりも、これから少し距離を置いてくれねーかな。厄除けとか、御朱印を買いたいから」
「そうなの?いってらっしゃい」
航平は、お守りを買いに行く。社務所には、インターホンがあって、鳴らして呼ぶ仕組みだ。航平がインターホンを押すと中から結構若い宮司さんが出てきた。
「ごめんください。厄除けと御朱印をいただきたいのですが」
「御朱印ですか?少々お待ちくださいね。今、書きますから」
そう言って、宮司さんは奥に引っ込むと、御朱印を書いていた。
しばし待つ。
「お待たせしました。御朱印と厄除けを合わせて八百円をお収め下さい」
そう、宮司さんに言われた航平は、黙って八百円を払う。
そして、物を渡そうとしたその時、宮司さんの表情が変わった。
「うわわ。お客さん。お客さんの後ろ、黒い瘴気が見えますよ!一体なにが・・・」
「黒い瘴気?・・・!」
はっとした航平は、
「ありがとうございます!」
と言って、その場を逃げる様に離れて、階段を急いで降りた。
「まさか、あの宮司さん、形が違えど見えるなんて!本物だ」
航平は、息を切らせながらも驚く。
「ふーん。霊能力者いたんだねー」
「茉莉奈さん。感心してる場合かよ」
「分からない?この辺りに霊が居なかったのは、あの宮司さんがしっかり供養してたからだよ。だから、この辺り、全部成仏していて居なかったのよ」
「そうなんだ。じゃあ、俺達には、空振り?」
「そういう事ね」
心霊スポットはたまに、噂だけが独り歩きすることがあるのだ。