第三話
茉莉奈と出会うきっかけになったのは、ほんの数か月前に、ある所にある展望台へ、景色を見にでかけた時からだ。
永北町にある、保養施設「湯うとぴあ永北」。
その施設は県営で、ゲルマニウム温浴の施設があり、客室は五十室。
他に会議室を二、小ホールを一。
その他レストラン、テニスコート二面、小アスレチック施設、散策路、展望台を有し、それなりに楽しめる施設ではあった。
しかし、そこは立地条件と交通の便がすこぶる悪く、次第に客足が遠のき、既に閉鎖されていた。
当時、航平はこの施設が閉鎖になったのを知らなかったのだ。
「何だよー?せっかく来たのに閉鎖って。ゲルマニウム温浴ってのを、久しぶりにしたかったのに」
航平は、残念がった。
「仕方ない。展望台だけでも見に行くか。眺め良いはずだよな」
航平は、自分の記憶を確かな物にするべく、展望台を目指す。
この時の天候は曇り。しかし、午後から雨の予報であった。
展望台のある場所は、小アスレチックを経た小高い丘の上。
そこを目指し、未舗装の小道を進んだら途中で、巨木が二本倒されて、展望台への行く手を阻んでいた。
しかし、少し横にそれて、足場が悪いのを注意したら、難なく行けた。
航平は、何でこんな事をしてあるんだろうと、不思議に思った。
やがて展望台に着く。展望台にある階段の入り口には、ロープが張り巡らせられ、「立ち入り禁止」の札がついていた。
それを見た航平は、この処置が単に老朽化の為の立ち入り禁止か、寂れた所では起こるであろう自殺防止の為だと考えた。それと同時にあの倒木が、自殺を思いとどまらせる為の処置だと考えた。
その考えが頭をよぎり、航平は、この展望台がいつ頃建てられたかを調べる事にした。
展望台の下回りをぐるぐる回ると、柱の一つに金属プレートが付いていて、それには設置埋設表という文字と、その他に昭和五十五年という表記が読めた。
「五十五年?もう、三十年以上は前?耐用年数的に駄目だから閉鎖なのか?」
また、独り言を言う航平。
そして、上を見上げる。
航平は、懐かしくなり、思いが募ったため、展望台を登る事にした。
登る階段に張られたロープは、バツ印には張られておらず、あっさりと入れる。
そして航平は、展望台の頂上へと上った。
展望台から東西南北、三百六十度の景色をみる。
そこには、目下のテニスコートあり、市街地が見渡せたり、小高い山々と
それから、小さいが富士山も見ることができた。それらをスマートフォンのカメラで撮り、そして記録した。
航平は、五分くらい、その場にいた。だが、少し飽きたので、階段を下りて戻ることにした。
そしてそのタイミングで、雨が降り出した。
雨に濡れるのが嫌なので、車へと急ぐが、倒木が気になって、そこだけはスマフォのカメラの写真におさめた。
すると、雨が一層強くなり、水滴が画面に当たりまくって、カチカチと音を鳴らし、誤動作しまくった。
その水滴をハンカチで拭うと直ぐに収まった。
スマフォが正常になったのを確認してからポケットに仕舞って、後は別にみる所がないので、約二時間掛けて帰路についた。
自宅へと帰り、スマートフォンで撮った画像をチェックする。
フォルダを立ち上げて、指を画面にスワイプする。すると、展望台からの景色や、写した展望台はきれいに撮れていた。
それらを見て、送り、倒木が写った写真を見たその時だった。
大きめの、白く透き通り、黒く長い髪の毛物体が写っている。
「ん?何だよこれ?・・白い服の女?しかも、手に包丁!?まさかっ!う、動いて・・・」
画面上の白い物体。航平は、それが画面の中を動いて、消えたのを見た。
そしてその瞬間、金縛りにあったのだ。
体が思うように動かない。
「うぐっ。金縛り・・・」
「ふふふ。やっと憑りついた」
「!?」
航平の意識に直接、声が聞こえた。女の声だった。
「写真、写したのが命取りよ。どう憑き殺してやろうか?」
「ま、待てよ。心霊が居たと知らずに来た俺を、いきなり殺すのか?」
「そうよ。誰でもいいわ」
「何故、そこまで人を恨む?理由があるなら聞いてやる!」
「何?その上から目線。気に入らないわね」
「元々こうなんだ!どうしようも無いんだよ!とにかく、聞かせろ!」
「珍しい奴ね?今まで憑りついた者は『出てってください』とか言うばかりだったのに。それに、こんなに話す事無く殺していたわ。時間をかけてゆっくりね」
「俺は、相手の死んだ理由も知らずに死にたくないだけ!相手の事を知って、納得してから死にたいんだよ。どうせなら!」
「わがままねぇ?」
「いいだろうがよ!」
この会話の中、航平は交渉にでた。
「幽霊さんよ。あんたが死んだ理由を聞かせてくれ。早く。それに、ゆっくり殺すと言っていたよな?だったら本当にゆっくり殺してくれ。今まで殺して来た人の何倍も遅く!」
「往生際の悪い奴ね。じゃあ、冥土の土産に聞かせてあげるわ」
「お願いだ」
「あたしはねえ。一人の娘がいて、一度は離婚。女手一つで育てていたわ。けれど、娘が中学に入ったばかりの時、しばらくしたら、元夫が現れて、口論になって、挙句にここで殺されたのよ。その理由はお金。ギャンブルだったわ。下らないわよね。それから、あたしが高校生の時に行った、波田潟遊園に、もう一度行きたいという心残りもあるのよ」
「波田潟遊園だって?それは確か、ネズミーランドが出来るからって、閉園した所じゃないか!俺が小学校低学年位の時に閉園したんだよ。おい!」
「波田潟遊園が閉園?閉園したの?いつの話よ!」
「ネズミーランドが開園する、一年くらい前。ネズミーランドが出来る計画があるからってさ、客が取られるのを知ってか知らずか。それで閉園」
「それで、今は無いと言うの?」
「そうだよ。今はもう無いんだぜ?それに、跡地は確か、団地になってると聞いた」
「へーえ。『聞いた』ねえ?じゃあ、キミも今はどうなっているか知らないんだ?」
「そうだけどよ?」
しかし、この時に航平は思った。
でも、待てよ?さっきの展望台が五十五年だから、ネズミーランドの出来る三年は前か?それでも、この霊の生前、ネズミ-ランドが出来る事は、耳に入っていた筈じゃないのか?それに、高校生の時がどうとか言っていたと言う事を。
「聞きたいんだけどさ。幽霊さんが生きていた時、ネズミーランドが近々開園するって話は、知らなかったのかよ?」
「全然、知らなかったわよ?」
「そうなんだ」
この事から航平は、この霊が、この展望台の立つかなり前に、波田潟遊園に遊びにいったっきりで、ここ、湯うとぴあ永北に遊びに来て、殺されたのであろうと考えた。
それに、当時から、ネズミーランドがいかに秘密にされていたかも伺える。
だが、この展望台に隣接する保養施設も当時ならまだ出来てから一年余り。
普通なら客足も多く、殺人事件なんか起きたら問題になって、隠すことなんか出来ない筈だけど、どう隠し通してきたのだろうか?謎が残る。
何だか、話が変な方向に向かって居ると感じながらも、その場で呪われたり、殺される様な気配は感じなくなったので「もうけ」と思った航平だった。
「じゃあ、その波田潟遊園の跡地に連れてってよ?納得出来たら成仏出来るかも知れないわ。連れて行ってくれなきゃ、この場で殺すわ」
「脅迫かよ!」
「そうよ?」
航平は、何処か理不尽な脅迫をとんでもなく思うと同時に、霊の言った『成仏出来るかも知れない』と言う言葉が引っ掛かった。
ただ、それがどうしてなのか迄は、航平の思考は回らなかった。
「だったら、数日待ってくれ。仕事が休みの日、連れて行く」
「ふーん。そう」
それだけ言うと霊は消えた。それと同時に、金縛りも解けた。
「助かった?」
そう思ったのもつかの間の出来事で有った。
航平は、波田遊園に行くその日まで、寝る度に、霊に悪夢を見せられたのである。
これは当然、休みまでの間、仕事にも影響した。
寝不足や悪夢の影響で、仕事の空回りや失敗を、繰り返したのである。
そして休日。
やっぱり悪夢にうなされながら、目が醒めた。しかも、その内容まで覚えてしまっている。
その内容は。
誰か知らない人と共に、バイクの窃盗犯を捕まえた航平であった。
その犯人は、最初は泣きながら謝り、それで逃げようとするが、取り押さえているうちに
犯人は怒りだし、持っていたナイフで航平が刺される。
と、言うものだった。その時何故か
「バカヤロー!」
と、寝言を言ったらしく、自分の声で目が覚めたのだ。
この出来事に航平は、出かけるその日位、スッキリ目覚めさせろよと、思ったのだった。
そして、波田潟遊園跡地に向かう準備をする。
持って行く物はカメラのみ。
この時はまだ、厄除けお守りとかを持って居ない、航平であった。
航平の住んでいる地域にある最寄り駅、白鷺が丘から電車で約二十五分。
波田潟駅に到着する。
駅を出ると、波田潟遊園に行く前にあった筈の、小さな商店街は、再開発か何かで姿を消していて、目の前はマンションだらけになっていた。
「何か、スゲェ事になってんなぁ」
駅前の変わり様に、少しだけ驚く航平。
そんな景色を横目に、目的地を目指す。
その目的地の名前は「波田潟バラ園」。何でも、かつて波田潟遊園内にあったバラ園の一部だけは移設し、団地内にリニューアルオープンさせた施設だそうなのだ。
それから歩く事8分程で波田潟バラ園に到着する。
「さあ、着いた。ん?」
波田潟バラ園に着くなり、いきなり他の案内板に目が行った。
その案内板には「毎読ラビッツ誕生の地」と、書かれていた。
それから、案内板を頼りにその場所に向かったその先には記念碑が立っていて、歴代の有名選手の手形のパネルが多数あった。
それらに少し見入った後、航平は波田潟バラ園に入場した。
中に入ると、園内は結構広く、何万株というバラの花が咲いていた。園内を散策して、ほぼ一周して、撮影ポイントを決めた。
そうしてからカメラを構えて写真を撮る。
すると、白い靄が写り込んでいた。
あの幽霊め。
「呼んだ?」
「うわっ!」
航平は、“うわっ”とだけ言葉を発し、後は幽霊と意識の中だけで会話をする。
「びっくりさせるなよ。・・・それより、このバラを見て、心癒されたのか?成仏する気になったかよ?」
「いーえ。全然。コークスクリューコースターに遊覧ヘリコプター、ウォータースライダーに新交通システム、トランポリン、お化け屋敷にびっくりハウス。一つも残ってないんだもの。がっかりだわ」
「無茶言うんじゃねえよ!」
航平は正直、理不尽だと思った。だけど、園内の建物、小さなギャラリーに波田潟遊園の資料とかが残っていないかを探す為、その建物内に入る。
すると、館内のテレビモニターには、旧波田潟遊園のあらましや、市のPR映像が流れていた。
それを見て、これだ!と思ってヒントを得た航平は、一旦、建物の外に出てそして、波田潟バラ園を退場してから、スマートフォンにダウンロードしてあるyoupipeから、波田潟遊園を検索。それらの動画を発見して、それを再生した。
「どうだよ?幽霊め。これを見たら、懐かしさがこみ上げてくるんじゃねえの?それで、納得して成仏とか?」
航平は、波田潟遊園の動画をみせる事で、幽霊が成仏して居なくなるのを期待した。
「この映像。観覧車にボート、それからコークスクリューコースターにヘリコプター。それにロックンロールまで映っているわ。懐かしい」
幽霊の声が少し震えていた。
それから少しして。後ろが何か光った様に見えた。
その事を感じた航平は、幽霊が成仏したのを期待した。しかし、
「まだまだ、知りたい事が一杯出来たわ。キミを憑き殺すのは、ずっと後にしてあげるからねえ」
幽霊は成仏しなかった。ただ、航平は光を感じたその直後から、何らかの違和感を、少し感じてはいたものの、幽霊が成仏して居ない所かずっと憑いて行くと宣言された事のほうがショックが大きく、違和感を考える余裕は殆んど無かったのである。
何故、成仏しなかったのか?混乱して泣き崩れる航平。
「そんなに泣くな?ちゃんとした成仏が出来るまで、キミには手伝って貰うからね」
そう、航平に行って来た幽霊の手にあった刃物は包丁から、鎌に変わっていた。
航平の感じた違和感の正体はこれなのだが、航平はそれが何故なのかが分からず、現在に至るのである。