第二話
あの、除霊失敗から、しばらく経ったある日の事。
朝から、航平がパソコンを開いていたら、茉莉奈が現れて、質問をして来た。
「ねえ。また、対話できそうな所を知ったのだけど。いい?」
茉莉奈は、航平の前に回りこんだ。
「いいけど、どうやって調べたんだよ?」
「たった今!ネットサーフィンして、見つけたのよ」
「ああ、そう。霊体は、電子の中を行き来出来るんだよな。んで、今度は何処の霊に会いに行くんだ?茉莉奈さんよ?」
「驚ないの?」
「驚かねーよ。霊が電子の中に溶け込むとか、操作出来るとかの話はフィクションで有るんだからよう」
「ふーん?所で航平は、車持っているんだよね?」
「持っているよ。軽自動車だけどな」
「じゃあ、現場に行けるよね?」
「ああ。それで、何処に行きたい訳?」
茉莉奈がワクワクした表情をみせる。
「真鯛市の金砂山ダム」
「真鯛市の金砂山?ちょっと待って」
航平は、ナビゲーションアプリを開いた。そして、茉莉奈の言う金砂山ダムの、その位置を調べる。
次に、航平の顔が引きつる。そして難色を示した。
「ここから下道で二時間半以上かかるじゃん。それに、片道約九十キロって遠すぎ!だから駄目」
「えー?駄目なの?でも、行く途中に、有名になった川回しの場所があるよ?地図を縮小してみて?」
そう、茉莉奈に言われて、航平は地図を縮小させる。すると、それは、確かにあった。
あるソーシャルネットワークサイトがきっかけで有名になった場所だ。
「大笹山渓流公園か。まだ、ここは行った事が無かったな」
「いいでしょう?」
名所があるとは言え、その距離にまず、躊躇した航平。
「分かった。でも、もう少し調べさせて貰うからな?」
航平は、地図アプリを一旦閉じて、金砂山ダムを検索する。すると、心霊に対する情報が沢山出てきた。
航平はその他も調べ、このダムの堤高が二十八メートルである事や、ブラックバス釣りでは、割と知られたスポットである事、また、近くに金砂山城址と言うのがある事を知る。
航平は、釣り客が割と居そうな事に少し安心した。しかし、この近くの金砂山城について調べなかった事が、後でとんでも無い事を引き起こすとは、思っても見なかったのだ。
「ふーん。休日の昼間は、結構な釣り客が来る様だな。これなら平気か?」
「きっと大丈夫よ。いざとなったらあたしが助けるから」
「ホントかよ・・・」
航平は、半信半疑だ。
「ねえ。これから行かない?」
「まさか、今すぐにかよ!遠いからヤダ何だけど」
「えー?行きましょうよー?まだ、午前中よー?」
「嫌だ」
「あたしから、離れたいんでしょう?成仏させたいんでしょう?」
茉莉奈が航平の前に近づき、只ならぬ気迫で迫る。
「お、おう・・・」
その気迫に負けて、航平はたじろいだ。
「俺の負けだよ。仕方ない。行くか」
航平は、仕方なく出発の準備を始めた。
持ち物は厄除けお守りと、それに数珠、そしてコンパクトデジカメも。
それらを持ち、車を出してガソリンを満タンにしてから、金砂山ダムへと向かった。
そして、車を運転する事約2時間。
途中の大笹山渓流公園に差し掛かる。
「もうすぐあの公園だよ?寄って行かないの?」
茉莉奈が質問する。
「寄っていくよ。駐車場は、少し先みたいだ」
間もなく公園の駐車場があり、そこに車を停めて、車から降りて辺りを見回すと、その周りには小さな土産物屋兼食堂と、小さいながらも源泉かけ流しの温泉施設がある。
「何々?重炭酸ソーダ温泉、美人の湯?こりゃあ、帰りに入ってみるか?」
施設を横目に、滝のある方へと向かう。その途中、小さな鐘があり、鳴らせる様になっていた。この鐘を見て、これはやらねば!と思った航平は、備えつけられていた木ハンマーで鐘を叩いた。
すると、カーンと言う高い音が公園中に響き渡る。何だか気持ちがいい。
ハンマーを元に戻してから再び、公園内を歩く。そして間もなく目的の滝に着く。
航平は、滝の辺りを見回す。
滝の所は大きな手彫りのトンネル状になっていて、そこを小さな段の滝が流れる。
掘られてから長い年月の経つそこには自然の木が生い茂り、神秘的とも言える風景を醸し出していた。
「これは、確かに綺麗だ。でも、数分も見ていると飽きるな」
航平の口から、独り言が漏れてしまう。
それで、一通り見た後、行きとは違うルートを行くと湿地帯があり、夏の夜には蛍が乱舞すると言う、掲示板があった。
航平は、夜は、この場所が案外幻想的なのかも知れないと思った。
それから車に戻り、目的地へと向かう。
この時から急に、空が曇りはじめた。こんな変化に気づきながらも
有料道路を入り、ちょっと走ると間もなく「金砂山ダム」方面への標識が現れる。
その道は直ぐに細くなり、軽自動車でも余裕はなく、ギリギリだ。
「いかにも旧道だな」
航平は、独り言を漏らす。
車を走らせてから間もなく、手造りと思われる看板が現れて、それが、金砂山ダムと金砂山城方面への分かれ道を示していた。
そして、金砂山方面へと向かう。
すると、直ぐにトンネルがあって、その中を走って出るとすぐに、大きなつり橋と共に巨大なダムが姿を現した。
そしてその吊り橋の手前。その左脇に、車がギリギリ二台停まれるスペースとベンチがあった。
「着いたぜ。茉莉奈さんよ?」
「ここね?うわー、左側のほう、ヤバいわー」
「早速見つけたのかよ!ビビらせないでくれ!」
航平は、そこに車を停めてから、お守りと数珠、コンデジを持ち出して、吊り橋を渡り始める。
中間まで来て下を覗くと、水面までがかなり近く、高さを感じられなかった。
水面まで、おそらく五メートル位しかない。
「でも、堤高が最大二十八メートルだっけか?もしも落ちたら、ちゃんと泳げないと助からないよな・・・」
航平はため息をつく。
泳ぎに関しては、航平は苦手であった。せいぜい十メートル位しか泳げないからだ。
それで、パソコンのサイトの中にあった内容を思い出す。その内容は「一度落ちたら、手の様な物に引きずり込まれる」と言うものだ。
それは、水深が深い所で二十八メートルも有り、対岸まで多分、百メートル位はあって、その間に掴まれる様な木々も全く無い。
これでは、引きずり込まれるという表現がされても、その通りだと思えてしまう。
「ねえ?写真は撮ってみないの?」
茉莉奈にそう言われてから航平は、黙ってコンデジを取り出して、湖を数枚撮影してから仕舞い、車へ戻ろうとすると急に、雨が降ってきた。
「やべえっ!」
航平は、小走りで車へ戻ろうと走ったその時だった。
「来た」
茉莉奈が短く言い放つ。
「何が来たんだよ。茉莉奈さん」
「女性の霊。航平に『おいで、おいで』って言ってる。でも、黙ってて?」
「嫌です!」
航平は間髪入れずに答える。
「答えちゃ駄目よ!悪霊化したわ!車に入って!」
茉莉奈に注意され、航平は慌てて車に戻ろうとする。そしてその時、右肩がびしょ濡れになった。
それでも何とか車に戻り、乗り込んでドアを閉める。
間もなくして、フロントガラスの一部が曇ったり消えたりを繰り返した。
その女の霊は多分、車までは入ってこれないのだ。
なんでだろうと不思議に思った航平だったが、バックミラー付近に吊るして有るものをみて思った。
そこには、交通安全のお守りがあったのだ。
「もしかしてこれのおかげ?厄除けとの相乗効果?」
お守りが二重にある事で、霊に憑りつかれずに済んだのだ。
「助かった・・・」
航平は、安堵のため息を漏らす。しかし、次に半透明の茉莉奈の手が車内に侵入してきて、航平の腕を掴んだ。
「・・・!」
この時航平は、茉莉奈にはお守りが通じないのを理解した。
腕を掴まれてから、航平に茉莉奈から、霊の思念みたいな物が流れ込んで来る。
「・・さみ・・しい・・・彼があらわ・・れない」
航平の頭の中に、女の霊の気持ちらしきものが聞こえてきた。
この時直ぐに航平は、インターネットで調べた時の事が頭をよぎった。
そして思ったのだ。この霊が、生前は男女で心中し、男の方は泳げた為に助かったという話の、溺れ死んだ女性の霊であるという事を。
「あのう。女の霊さん。出来たら話を聞かせてください」
航平は、何故か冷静に質問が出来た。それは、霊とは言え、他の霊を抑えている茉莉奈の存在があるからだった。
「私は・・・」
女の霊が話しかけてくる。
「私は、彼と駆け落ちしたの。同棲をして、子供も生まれそうだったんだけど死産で。それでも彼と生活していたら、ある日私が親に見つかって連れ戻されそうにもなったわ。それでも抵抗して、彼と生活していたんだけど。ある日バブルが弾けて彼の会社が倒産。彼は次の仕事を何とか見つけて頑張ってくれたけれど、次の所も潰れた。
だんだん生活が困窮してきて、ここで心中しようと彼が言って。私は一緒に飛び込んだ。
一緒に死んだハズなのに、私の前には現れない。だから、彼だけ勝手に成仏したかと思うと悔しい」
と、女の霊はこう話した。この事に航平は素直に、正直に話す事にした。
「おねえさんよ。その男は、泳げたらしく、命は助かったらしいぞ?その後の事は知らないが、どこかで生きて、生活してるんじゃねえのかな?」
と、女の霊に伝えた。
「そう。彼は死んでなかったの。わかっ・・たわ」
女の霊の言葉は悲しみに震えていた。
それを、車の外で見たであろう茉莉奈が霊を諭す。
「男の事は分かった?じゃあ、成仏出来るわよね?」
茉莉奈の問いに、女の霊はこくんと頷いた。
その瞬間、茉莉奈の体が少し光ったのを、航平は見た。
「茉莉奈さん。今のって?」
「除霊は成功したよ。それで体が光ったのよ」
「そうなんだ。じゃあ、目的は果たせたと思うんだけれど?帰っていい?」
「うん。帰りましょう」
「よしきた」
航平は、この場から離れる事が嬉しかった。
車のエンジンを掛けて走り出し、トンネルを抜けようとしたその時だった。
航平は、車の後ろの席に、只ならぬ気配を感じた。
「あれ?茉莉奈さん?どうしちゃっ・・じゃない!」
バックミラーに映っていたのは茉莉奈ではなく、得体の知れない女の霊だった。
「うっ、うわああ!」
航平は恐怖のあまり叫んだ。そして、背筋に悪寒も走ってきた。
その、悪寒が走ったと思ったら、ハンドルが急に重くなった。
いや、正確には航平のハンドルを握っている腕が重くなり、そのままハンドルを操られた。
この状況にパニックになりながらも、事故は起こすまいと、必死に抵抗する。
足の方もブレーキが踏めずに、自由は利かないが、アクセルからも足が離れ、クリープ状態になり、速度は、二十キロも出ていない。
幸いな事にそれで、衝突等の事故は免れていた。
車はゆっくりと走り、大きな右カーブを曲がると、その前に大きな如来像が姿を現した。
それは、道の左側に鎮座していた。
「何だよこれっ!?もしかして供養の?」
如来像の前まで来て、車が停止する。
「止まった」
車が止まると、体が自由になった。
航平がため息をつく。しかしその刹那、如来像の奥からはっきりとした靄が見えた。
その靄が、航平の体に入り込む。
「茉莉奈さんは何をして・・・う、うっ!」
一瞬、航平の胸に強烈な胸の痛みが襲う。
その痛みは直ぐに取れたが、何かの思念が航平の頭の中をよぎった。
それは、何者かに殺された男の無念。何かと戦っていて、刀で叩かれたり、刺されて死んだという、映像か言葉か分からない、その思いが航平に入ってきた。
「うぷ・・・」
航平は吐きそうになる。
そして次に手が見えて、引っ張られそうになった。
もうろうとした意識の中、ヤバい事を直感した航平は、助けて貰おうと、大笹山渓流公園へ向かう事を考える。
幸い、体は自由になった為、車の運転は可能だった。
アクセルを踏み、ハンドルを切る。
車はゆっくりと動き出した。
「よし」
力ないながらも航平は、車を大笹山渓流公園へと走らせた。
そして、多少ふらつきながらも何とか到着して車を降り、温泉施設へと向かう。
「助けてください・・・」
力なく叫ぶ航平。
周りを見ると店の玄関には塩が盛られている。
この時、丁度カウンターに店員さんがいて、それを見た航平はもう一度、
「幽霊か何かに憑かれたみたいなんです。助けて」
という。
航平の発した言葉と異様な雰囲気に店員さんは
「誰か塩持ってこい。塩―っ!」
と叫んだ。少しして、航平の体に塩が撒かれる。
「ふっう!」
航平の気持ちと体が一気に軽くなった。
「あ、ありがとうございます。」
「なあ、あんちゃん。一体何があった?」
「金砂山ダムを見に」
「何だ、釣りか?」
「いいえ。ただ、ここと一緒に観光みたいなもんで。見に行ったんです」
「そうかー。あんちゃん、金砂山ダムの幽霊の話、聞いて無かったか?」
「いいいえ。少しだけ知ってました」
「うっわ。知っているのにダムへ行ったのかい。そりゃ、憑かれるっぺよ」
驚いた店員さん。
「あのう、女の霊だけだったんじゃ?」
「それだけじゃねえよー。あんちゃんさあ。ダムのトンネルに入るまえ、金砂山城跡っていう石碑みたべ?」
「はい。見ました」
「俺は、あんまり詳しくねえけど、戦国時代か?東条左衛門常政ってのが、里見氏に攻められて討ち死にしたって伝承があったりな?他にも何回か争いがあったそうなんだよ。それでな?沢山の人死んでるのじゃねえかな?だから、不用意に行く所じゃねえんだよ。
あんちゃんは、お守りと清めの塩、数珠は持ってたか?」
「いいえ。お守りと数珠だけです」
「それじゃだめだっぺよー!塩も持ってなきゃーよー」
これは、店員さんの指摘の通りだった。清めの塩を持って無かったばっかりに、一時的に憑りつかれてしまったのだから。
「しっかしまあ、あんちゃん汗だくだなあ。良かったら風呂入ってけ?風呂!」
「はい」
航平は、疲れた事もあり、入浴していく事にした。
入浴と、タオルレンタル代を払い、脱衣所へ行く。すると、脱衣所の隅にまた、塩が盛られていた。
「なんなんだ此処は。・・・まあ、いいか」
余り気にしてもしょうがないと思った航平。
此処の脱衣所に、コインロッカーは無く、カランだけなので、盗難とかは危なそうだが、時間が時間で一人なので、多分大丈夫だろう。
航平は服を脱ぎ、浴室に入る。
洗い場は四つしかなく、湯舟には、茶褐色のお湯が張られ、その湯舟も、五人も入れば窮屈になりそうな大きさで、こじんまりとしたものだ。
航平は、体を洗ってから入浴する。お湯は熱めで、気持ちが良かった。
少し、気分がほぐれる。
「航平。大丈夫?」
どこからともなく声がする。茉莉奈の声だ。
「茉莉奈さんこそ、大丈夫なのかよ?」
「流石にヤバかったわよ。多勢に無勢ね」
「もしかして、それだけ?取り込まれたりとかしなかったのかよ?」
「それは、無いわよ?手こずったけど。航平の周りの霊、はねのけてたんだけど、多すぎて間に合わなかったんだ」
「そうか。しかし、茉莉奈さんだって霊なんだよな?そこに塩盛られてんのに平気なのか?」
「塩?あたしに塩は通じないわよ?」
「不思議な霊だよ・・・」
航平は、唖然とする。
「それにしても、航平の・・・ってかわいいのね?」
「へ?どこ?」
「あれよ。アレ」
「わああっ!覗くなよ!益々分からん!」
その後、温泉を後にし、ゆっくりと帰宅した。
帰宅後もまだ、体はぽかぽかで、なんだかほっこりして落ち着けた。
これが、今回の災難の中でも唯一の救いだろう。