第一話
朝、まだひんやりとした空気の中、住んでいるアパートから、小走りで小さな駅へと向かう。
この街には新交通システムの列車が走っていて、小さな駅と言ったのはそれが理由だ。
階段を上ると、タイミング良く三両編成の小さな列車が現れる。その車両には、町のシンボルである白鷺が描かれているのだ。
彼の名前は五所航平。ごく普通の何処にでもいる、冴えない中年のおっさんだったりする。航平は列車に乗り込み、席に座る。
「今日は、何処へ行くの?」
「別に何処だっていいじゃんか!てか、目的地を提案したの、あんただろ」
ある目的地へと向かう列車の中。航平には元々心当たりのない女が、唐突に現れ、いつの間にか付いてくる様になっていた。
電車を三つ乗り継いで、梨原と言う駅を降りて、そこからバスで向かう。
そして、梨原県民の森というバス停で降りる。
この直ぐ近くに二十数年前にどこかの国を模した「メルヘン公園」が出来ていて、そこは「超お手軽テーマパーク」として今ではかなりの人気らしい。
その斜向かいに、探し場所があるのだ。
「さてと、向かうか。あれは何処にあるんだろう?」
航平は、森の奥へと入る。
少し歩くと未舗装の駐車場があり、その横は、キャンプ場がある。
駐車場には一台のワンボックスが止まっていて、航平はその車の窓を、そっと覗きこんだ。
すると中では、男女のカップルが横たわっていた。
まさかな?とは思うのだが、その場をすぐ、後にして向かう。
「あらあ?ひょっして出歯ガメ?」
いきなり、前から声がした。その声の主は女で幽霊で、航平にはその姿が見れるのだ。
「しばらく現れないから安心していたのに。いきなり前に現れんなよ。びっくりするだろ」
「そお?ここに来るまでの電車の中で、あたしと話してたりしたら、キミ、アッという間に不審者扱いだよ?あたしはキミにしか見えないんだから。それで黙ってたのよ」
「そりゃあどうも。後さあ。俺は出歯ガメじゃないよ。人が居るかいないか気になっただけさ」
「ふーん?」
目の前に現れた女も、車内をのぞき込む。
「うわ!直接入りこむな」
「あはは。二人とも、寝息を立てて寝てたよ。ひょっとして、お楽しみの後だったのかしら?」
「何でそんなん分かるんだよ」
「だってー。お二人、幸せそうだったし、匂いがねえ?」
「匂いがしてんの?てか、何で幽霊のあんたが、匂いを嗅げるんだ?」
「んふふ。秘密」
「あっそ」
航平は、不思議でしょうがなかった。実体が無い幽霊なのに、匂いを感じるって言うのだから。
それから。駐車されている車をよそに、森の奥へと入り込む。
ほんの二、三分歩くと、コンクリート製の鳥居が見えた。
「あそこだな」
航平は速足で鳥居の方へ向かう。すると、一旦、舗装された道路に出た。
道路を渡り、進む。
するとそこは、県民の森よりも大きな木々が立ち並ぶ雑木林で、風に煽られた木々がぎしぎしと音を立てていて、しかも薄暗い。
その為、少し不気味な雰囲気がそこには漂っていた。
「うわあ。見るからにヤバそう・・・」
そう、口にも出しながら鳥居の上をみる。するとそこには「白兎神社」と書かれていた。
「ねえ。奥に進みましょうよ」
「うん」
覚悟を決めて前に進んだのだが、その途中で、注連縄が切れているのが見てとれた。
その光景に航平は戦慄する。
注連縄が切れているという事。それはすなわち「霊が解放されている」事を意味す
るからだ。
「ちょっと!これ以上前に進みたくないんだけど」
「ええー?大丈夫よ。あたしが交渉してあげるから。って、早速来たわ」
「へっ!?ど、何処!」
航平は慌てふためく。
「キミの直ぐ側。あっ。キミの肩に手をかけたわ」
そう言われた瞬間に、肩の片方に重みが掛かる。
航平はその感覚にビビッて思わず飛び跳ねた。
「あの、驚かしちゃ・・・え?すぐ追い出したい?」
女は、航平からしたらあさっての方向を向いて話をしている。
航平に、幽霊である女の方は見れて、同じ幽霊か霊体であるここの主の姿は見えない。
少し考えると、奇妙な光景だ。
「その訳を聞かせて貰えませんか?私たちは、様々な事情のある霊の声を直接聞いて、成仏してもらうか、鎮めるために来てるんです」
そう。この女の言った事が、俺と女の共通の目的なのだ。
それから間もなくして、航平に掛かっている肩の重みは消えた。
「・・・え?そうですか。ただ、この地を守りたいから、イタズラに来る輩を追い出したいと?」
女が聞き入っている。その何処か真剣な表情をみて、航平は何だか質問せずにいられなかった。
「どういう話なんだよ。茉莉奈さんよ」
「しぃっ!もう少しで話終わるから黙ってて!」
航平は、質問しようとしたのだけれど、遮られてしまった。
それで少しばかりいじけた。航平がそんな事をしていると、茉莉奈が航平に寄って来た。
「キミ。主さんからの事情は聴けたわ。それでね・・・」
茉莉奈が説明をしてくれる。その内容は。
この神社が元は稲荷神社で、この地帯の作物の豊作と繁栄を司る神だという。
そしてここの主は江戸時代、毎日の様に参拝した熱心な信者であり、明治時代になってある日、何者かが、達磨を用いてここで、呪術を勝手に始めたのだという。
しかし、その呪術も所詮はその人間が勝手に思い込みでやったものであって、呪いの効果は全然無かったと言う。
つまり、呪術をかけようとしても意味が無いのだ。
それから、その呪術に使われた道具類は放置され、汚れや痛みにより、独特の雰囲気を醸し出すだけ。
ただ、それが見る者に妖しく映り、不安や恐怖を掻き立てる想像へと結びつくのだ。
そして、荒れて朽ち果てる等をした道具類等を見たものがやがて、話に尾ひれがつく様にして徐々に広まり、現在に至ったのだった。
「じゃあ、ここにある達磨は関係無くて、心霊現象はそこにいる、元信者の主さんをどうにかしなければ無くならない訳か」
航平は、霊を鎮める為に数珠とお守り、そして湖の畔にある神社で買った経文の本を
取り出して、即興のお経を唱える。
「キミ、何してるの?」
「見りゃわかるでしょ?経文唱えてるんだ。その中の『回向』とか言うのを」
「・・・主さんには、効いてないわよ。今はきょとんしてる。あ、キミの所に」
「え?ふぐっ!何か肩に重い石を置かれたみてえ!」
航平の肩に、あり得ない程の力が加わり、お経を中断する。
「主さんが『お前は何をしているのか』って」
「そりゃあ、成仏をしてもらおうと」
航平が冷や汗を掻きながら答える。
「そんな事よりも何かお供えをしてほしいって」
「お供え?主がそんな事を言っているのか?茉莉奈さん?」
これが、女の霊の名前だ。
「そうよ」
「じゃあ、何がいいのか聞いてみて?」
航平が、茉莉奈に質問する。すると、茉莉奈が腕を組んでうん、うんと頷く。
少しして。
「主さんが言うにはね『お供えと言ったらお茶と、あれよ、あれ』だって」
茉莉奈の言い方は、少し演技っぽかった。
「何で物真似してるんだよ?何だか随分女っぽいよな?」
「だって主さん、女の霊だもん」
「なんですと!?」
航平は驚いた。しかし、気を取り直し
「あれが何かを聞いてくれない?」
「駄目だわ。主さん『私の生きてた頃に食べてたあれよ』とは言うけれど、名前は忘れているみたい。」
「そりゃあ困ったな。でも、お供え物を買いに行くか」
航平は、肩に掛かった力から逃れるべく、白兎神社を後にする。
それから県民の森を抜けて、公道に出るとバス停の直ぐ側に、コンビニがあった。
航平は、幽霊の茉莉奈から得た情報、江戸時代の人であるの考えて、缶お茶と豆大福をコンビニで購入してから白兎神社に戻り、お供えした。
そして神社を後にして、バス停へと戻る。その途中
「これで主さん、鎮まってくれるといいけれど」
「少しは大丈夫何じゃないかなぁ?主さん喜んでたよ」
「そんな所をみてたのか?でも、そりゃあよかった」
「でも、キミさ。お供えって継続的にやんなきゃでしょ?後はどうするの?」
茉莉奈にこう言われた航平は、肩を落してこう言った。
「ここまでの距離ありすぎるし、1か月毎とかでも無理。これっきりかも」
「じゃあ、あたしの成仏にも近づかないでしょ?」
「その通りだけど仕方ねーよ」
「あーあ。キミからの成仏はいつになるやら。当分、憑いてなくちゃだわ」
茉莉奈が、欠伸をしながらこう言った。
「あのさ、それと気になるんだけど、俺の事をキミっていうのやめてくれよ。航平という名前があるんだからさ」
「じゃ、そうするわ」
こうして、航平の、茉莉奈を成仏させる為の物語が始まった。