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シュリー  作者: エリフル
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 解決方法はあったと思います。

 うん。

 そうでしょうね。

 例えば、私がもっと賢かったら。ううん。それ以前に喋れたらって思います。まぁ、それをいってしまったら元も子もないですからね。

 結局のところ、私の我儘といいますか、そんな感じでしたからね。今までだって沢山あったことだったんですよ。学生だった頃、沢山あったことだったじゃないですか。私の心が相手に伝わらないなんて、あまりにも日常茶飯事だったはずですよ。

 でも何故か、今回の私はそれを我慢出来なかった。

 私、大きな失敗をしてしまったのです。失敗をしてしまいましたね。今、冷静になってみてよく判ります。実は私って短気だったんですね。ん? いえ、短気なんですか? よく判りません。でも、でもですね、私がもっと冷静に辛抱強くいれたらこんなことにはならなかったんじゃないかな、なんて思っています。

 手立てはありました。

 あ、私の気持ちといいますか、考えを伝える手段って意味です。

 私、シキさんから戴いていたモノがあります。ホワイトボードですよ。それを使えば、或いはこんなことにならなかったかもしれません。皆さんの意見に耳を傾け、その言葉の真意をきちんと読み取り、その上で私の意見を伝えたのなら、きっとこのような状況になることはなかったのではないでしょうか。

 ただ、ですね。これはいい訳になってしまいますが、あ、いえ喋れませんからいい訳っていうのも可笑しな感じですが。んまぁ、あの、ですね、私こうやって他の方とコミュニケーションを取らせて戴くのは初めての経験だったのですよ。ですので、こうやって冷静になれば判る事も、その時点では上手く立ち回ることが出来ませんでしたね。自分の置かれている状況を中心に考えてしまって、そこばっかりが強調されてしまって。結果、皆さんに迷惑をかけてしまって。

 迷惑、で済んだでしょうか。

 私、皆さんから呼ばれてましたね。それなのに私はそれを振り切るようにその場から居なくなってしまいました。あれほど欲しがっていた居場所だったのに。

 本当に。

 あれ程、欲しがっていた居場所だったのに。


◇◇◇


 私が幽明堂から駆け下りて来て、そうですね、一時間ほど経ったと思います。時間にしましたら午前三時をちょっと過ぎたあたりだったと思います。私は人の気配を感じて目を開きました。

 寝ていたわけではありません。

 その。

 泣いていたんです。

 私は幽明堂から戻るなり、自分の寝所で横になっていました。横になったとはいえ、眠ることも出来ず、今更幽明堂へ戻ることも出来ずにいました。そして、もうどうしていいか判らず、ただただ泣いていました。

 それで、人の気配がしたわけなんですけど、どうやらそれは家の外からでした。しかも、数人分。

 私は心が跳ねました。

 すごく嬉しかったんです。えぇと、その、調子の良いことだと思われてしまいますが、私はそれでも構わないと思いました。だって、これはチャンスなんですよ。

 チャンス。機会。

 そうです。私、シキさん達に謝る機会を得ることが出来るみたいです。こうやって、私の居場所、この家まで来てくださるってことは、皆さんの中で、私への興味が無くなってしまったということじゃ無いんです。だってそうですよね。もうどうだって良い相手に対して会いに来たりはしませんもの。

 私は跳ね起きました。ちょうど、私の心と同じだな、なんて思いましたよ。

 私は枕元、といっても枕なんて持っていませんけど、まぁ、頭上に置いておいた帽子を冠り、玄関へ向かいました。

 家の中は、まるで誰も居ないかのように静まり返っていました。私は廊下で

足音がなってしまわないかとても心配になりました。私の足音が、他の方への迷惑にならないように、とても注意して歩きました。

 玄関を出て、外に置いてあるビニールから靴を取り出します。踵が上手く入らないのがとてももどかしいと思いました。私は何度かつま先を地面に叩きつけることで、ようやく靴を履くことが出来ました。

 私は先ほど気配を感じた場所へ向かいます。私の寝所は裏庭、軽トラックが置いてある場所と隣接しています。気配はその軽トラックの向こう側で感じられました。

 私は高鳴る鼓動を抑えるように、両手を胸にあてました。こうでもしていないと、私の鼓動が深夜の静寂を打ち壊すような、そんな感覚に襲われたからでした。

 話し声がしました。

 やはり、私が感じた気配に間違いはありませんでした。話し声は数人分聞こえてきました。

 私は直ぐにでも名乗り出たかったのですが、如何せん、先ほどの件もありますし、出るに出られないような、そんなもどかしい状態になりました。

 どうでしょうか。ここは何事もなかったかのように出て行けばいいですか? それとも、皆さんに見つけてもらうまでここから様子を伺っていますか。

 うぅむ。

 とりあえず、私は様子を見ることにしました。

 理由としましては、ひょっとしたら皆さんが怒ってらっしゃるかもしれなかったからです。だってそうでしょう? 私、皆さんから名前を呼ばれていたのに、返事もしないで逃げだしてしまいました。これは怒られてしまっても仕方のないことだと思います。私の自分勝手、我儘放題が招いてしまったことでもあります。ですから、皆さんから怒られるのは仕方がないと思います。

 皆さんから叱られる覚悟は出来ています。出来ているのですが、やはり出て行くタイミングは重要だと思いました。

 私は見つからないように、少しだけ声の元へ近付きます。男性の声が聞こえました。クマさんでしょうか。それともキツネさん? それとも、それとも、シキさんですか?

 私は声の主を知りたくて、もう少しだけ近付いてみることにしました。

 声は若干低め、それでいてとても優しい感じがしました。しかし、まだ誰の声なのか特定するのは難しいです。声は聞こえていますが、それがどのような言葉なのかを判別出来るほどまでクリアに聞こえているわけじゃないんです。

 私はもう少しだけ近付いてみることにしました。

「もう我慢できねぇ」

 聞きましたか? 私は確かに聞こえましたよ。我慢できないって聞こえたと思います。

「しかし、まだタイミングじゃない」

 今度は別の声です。随分とはっきり聞こえました。聞こえましたよ。やっぱり、聞き覚えのある声でした。

 うん?

 あれ?

 でも、この声は?

 私は不思議に思い、もう少しだけ近付いてみることにしました。今度は声だけではなく、星明りの下、ぼんやりですが人の輪郭がはっきりするくらいの距離まで近付きました。ちなみに私は軽トラックの荷台の後ろ、向こうからは死角になるような場所に居ます。

 それはそうと……?

「いい加減にしろ」

 また声が聞こえます。先ほどと同じ方、聞き覚えのある声です。

 でも、でもですね、この声は。

「女なんて時期が来れば腐るほど抱けるだろ。今はことを荒立てるな」

 やっぱりそうです。この声は。

 私は軽トラック越しに声の主を見ます。周囲は薄暗く、目を凝らしてもはっきりと見て取れるわけじゃありません。が、私の記憶が定かなら、この声の主さんは?

「んなこと言うなよ神取」

 やっぱり。

 やっぱりそうでした。先ほどから聞こえていた声は神取さん達の声だったようです。

 神取さん。都会からこの早瀬村にいらっしゃった方達のリーダーです。この状況からしますと、あそこにいらっしゃる方々というのは、神取さんを中心とした皆さんで間違いないようです。

 私はとても心が沈んでしまいました。私はてっきりシキさん達だとばかり思い込んでいたからです。

 やはり、そうそう都合の良いことが起こりはしません。起こらないみたいですね。

 シキさん。シキさん達では無いのですね。

 あれ。そういえば、ですよ。神取さん達はこんな場所で何をされていますかね。朝の作業は早いといいましても、こんな時間からやるようなことはありません。頭上を見上げれば、キラキラ輝く星々。山の向こうが白むような時間ではなくて、宵闇の染みは未だ抜けることがなく、そこに太陽の気配を感じることは出来ません。

 おかしいですね。こんな時間、こんな場所で、それに皆さんおそろいのようです。一体何をされているのでしょうか。

「神取。本当に今のままやってれば良いのかよ」

「間違いないと言っているだろう。何度も説明しているように、いずれこの村には大きな金が投資される。世界遺産の件も問題なく進んでいる。だから、これまでやってきたことが無駄になるようなことは控えろ」

「そう言ってもよ、神取。俺ァこんな禁欲が続く生活は限界なんだよ」

「なにが限界なんだ?」

「いや、だから」

「なにが限界なんだ?」

「……あ、いや」

「なにが、限界なんだと訊いている」

「……あぁ、いや、すまない。……俺がどうにかしてた」

「そうか。なら良い。くれぐれも、これからのことに支障をきたすようなマネは止めてくれ。修正可能な範囲であっても、それは排除の対象になることを忘れるな」

「は、排除か。あ、ああ。わかってる。皆もそうだよな?」

「ああ、大丈夫だ」

「お、おお」

「それから、お前たち。水引場の件だが、明日の夜にでも撤去と処理をしておこう。今はまだ良いが、あと数日もすれば気付かれる可能性がある」

「か、神取。本当に、その」

「なんだ?」

「いや、やっぱり、その、本当の話なんだな、って」

「ああ。説明した通りだ。何の問題もない」

「……そっか。うん。……判った」

「ところで神取。村に滞在している大学生はどうする」

「あいつらがどうかしたのか?」

「あの連中、夜中に動き回っているようだ。さっきも見かけた。水引場の件、動く際に邪魔にならないか?」

「ふむ。そうか、なら排除しなければいけないな」

「お、おいマジかよ。さすがにあの人数は、なあ?」

「心配ない。俺に考えがある。さっきも言ったように、俺はコトを荒立てるつもりは無い。早瀬村の住人に気取られたり、疑いを持たれてしまっては全てが気泡に化すんだ。いいか、これはある意味足がかり的なファクターなんだ。ここから全てが始まる。リスクは背負えない」

「そ、そうか。なら神取に任せておけば良いな」

「ああ。お前らは何も変わらない日常に勤しんでくれていればいい。時間が来れば、それだけでお前らは全てを得ることが出来る」

「ああ。神取に全部任せるぜ」

「そうしてくれ。では、そろそろ寝所へ戻ろう。くれぐれも、誰かに気取られるようなことはするな」

「判ってるって。家の中に居るのはジジババとトロ子だけだろ。出くわしたとしても、便所に行ってたの一言で解決だ」

「結果として、何も無いのならそれでいい。……解散」

 んー。話が終わりましたか? 皆さんがその場から立ち去っていきます。その最後に神取さんが続きました。私は皆さんから死角になる場所に居ますので、見つかってしまうようなことはありませんでした。

 それはそうなのですが。

 神取さん、一体何をお話されていたのでしょうか。とても神妙な面持ちでしたね。あ、いえ。神妙というよりはちょっと恐いって感じましたね。醸す雰囲気が日頃とあまりにも違いました。

 あ、だからですよ。最初、神取さんだと気付けなかったのは、それが理由にあがるのではないでしょうか。

 私は腰を上げ、神取さん達が立ち去った方向を見ます。そこは星明りも届かないので、ポッカリ穴が空いたかのように真っ暗です。でも、その暗闇のなかから視線を感じます。私の一挙手一投足まで観察されているようで、とても薄気味悪く感じてしまいました。実際、誰が居るというわけでは無いのですが。きっと、皆さんが神経質なまでに周囲への警戒をしていたからだと思います。一体、どうしたというのでしょうか。

 さて、それはそうと。神取さん達、ちょっと気になることをおっしゃってましたね。最近村に来た大学生、とかなんとかの件ですよ。それってもしかしてシキさん達のことじゃありませんか?

 どうしてここでシキさん達のお話が出てきましたかね。私は考えますよ。確か、神取さん達とシキさん達は仲があまり宜しくないはずです。

 うーん。どうして、でしょうか。正直、神取さん達の話は内容が難しくてさっぱり判らないのですよ。

 そういえば、以前こんなこともありました。私が仕事を手伝っていたとき、神取さんから仕事のコツなんかをお聞きしたことがあったんです。神取さんは一生懸命説明してくださっているんですけど、私はさっぱり理解出来ませんでした。本当に神取さんの説明は難しいんです。単に私に理解力が足りないだけ、とそういわれてしまえばそれまでなのですが。でも、神取さんのお友達の方々が同じようなことをおっしゃっているのを耳にしたことがあります。その、自分のコトを差し置いて申し上げるのは失礼に当たると思うのですが、やっぱり神取さんのお言葉は難しいと感じるのです。

 さて、話を戻します。神取さん達、水引場のこともおっしゃってましたね。そうそう、それで大学生たちがどうとか。水引場とシキさん達の関係といいましたら、やはりあの時ネコさんと目撃し、その場所まで駈けていったアレですよね。

 あまり宜しくない気がします。宜しくない想像が浮かんでしまいます。あの時のキツネさんの言葉、クマさんの体中にあった傷。そのどれもが私の目に、耳に焼きついています。焼きついてしまっているのですよ。

 これは、ちょっと詳しく知りたいです。そして、何かまた争いの火種になるようなことがあったら、今度こそ私が何とかしなければなりません。私は神取さん達と、シキさん達と両方に面識があります。そこを活かすことが出来れば、どうにかなりませんか。

 こんなこと、以前の私には絶対に出来ませんでした。出来ませんでしたね。神取さんやシキさんと面識があったとしても、私には言葉がありませんから。いくら面識があっても、関係を繋ぐのは言葉です。私が間に入ってみても、その心を繋ぐ為の言葉を持ちえませんでした。でも、今は違います。違いますよ。私にはこれがあります。私は腰に巻いたバッグ、その中身を指先で確かめます。ちょっと固い感触。片面がスベスベ。シキさんから戴いた真っ白のボードです。

 うん。私は頷きます。私大丈夫です。大丈夫ですよ。この大仕事、ちゃんとこなせると思います。つたない文章であっても、稚拙な表現であっても、何度も何度も書き重ねて行けば、きっと私の思いや考えが伝わるはずです。その、先ほどは失敗してしまいましたけれども。私は幽明堂で大きな失敗をしてしまいました。もう、あんな失敗はこりごりです。こりごりなんですよ。

 私、上手く伝えられなくても諦めません。私の気持ち、考えが皆さんに伝わるまで何度も頑張りますよ! そう、そしてそうなれば、皆さんが争うことは無いはずです。

 やはり、何よりも争いというのはいけません。いけませんからね。

 あ、でもでも、でもですよ。ちょっとシキさん達とお顔を合わせるのは気不味いですね。いえ、そんなことをいっている場合じゃないってことは判っているんですよ。いえませんけどね。その、ぶっちゃけどんな顔してお会いすれば宜しいんでしょうね。こういったところでも、私のコミュニケーション力の不足ぶりが伺い知れます。いえ、本当にどうしていいのか判らないんですよ。恐いですね。お腹の下がきゅうきゅうします。ううん、でもこれはチャンスなんですし、大いに頑張るべきですね。うん。頑張りましょう。これが切っ掛けでシキさん達に許して貰えるかもしれませんからね。

 さて、差し当たってですけど、明日の朝一番に神取さんへ訊いてみましょう。夕べは何をしていたんですかって。大丈夫。きっとちゃんと出来ます。私、きっと出来る子です。ホワイトボードもあることですし、私の言葉は神取さんへ届くでしょう。

 私は決意も新たにその場所を離れることにしました。

 私は玄関先へ戻り、靴を脱ぎます。靴はビニール袋に。そして家に上がり、廊下を突っ切って私の寝所を目指します。日の出まであとちょっとありますから、少しだけでも眠りましょう。いえ、眠れるか判りませんけどね。身体を横たえておくだけでも違うでしょうから。

 私が廊下の角を曲がり、少ししたところで神取さんのお友達と会いました。

「う、お、お前こんなトコで何してるんだよ」

 いえ、何とおっしゃられても、ですね。ちょっとお散歩といいますか、シキさんを探しに行ったら皆さんがいらっしゃったってトコです。

「お前、早く寝ろよ。俺はいま便所に行ってきたんだよ」

 はあ。そうなんですね。特に何をどうされたのかと説明を戴きたいわけでは無かったのですが、親切なお方ですね。

 私は会釈をして、そのまま進んでいきました。すれ違いざま「気味悪ぃヤツだぜ」なんて言葉を戴きました。

 これは仕方ない! うふふふ。これは仕方ありませんね。気味悪い、つまりミステリアス! 寡黙で知的な私にはぴったりの称号ではありませんか。いかがですか、素晴らしいとは思いませんか。

 ただ、ここ数日の私はとても知的とは思えないですよ。思えませんねぇ。だって、ネコさんを困らせ、シキさんを困らせ、そして皆さんを困らせています。只でさえ私は人様に迷惑をかけているのですから、知的であるところくらいは死守しなければいけない部分なのですけど。

 最近の私は駄目ですね。

 しかし、です。しかしなのですよ。こんな私でも汚名挽回……いえ、これ駄目です。汚名返上、名誉回復の機会が与えられています。いるのです。と、まぁ意気込んでいますけれども、その切っ掛けとなることが争いごとですからね。何とも複雑ではあります。

 争いは駄目ですよ。自分以外を否定したらいけません。皆、それぞれに考えがありますから。もう、そういう思いはしたくありません。

 そうですよね、お父さん。お母さん。

 私は自分の寝所に戻ってきました。カーテンの無い窓からは月光が降り注いでいます。私はその中で身体を横たえます。ああ、帽子を取らなきゃ。帽子の紐を外してお父さんの鞄の上に置きます。鞄は、お母さんの帽子と寄り添って、とても喜んでいるように思えます。

 あれ?

 鞄、空いてますね。

 私はワンピースのポッケを弄ります。あった。鍵、ありますよ。鞄の鍵、ちゃんとあります。お父さんの鞄の鍵はこれ一つです。私はいつもポッケの中に鍵を入れて持ち歩いています。で、必ず施錠するようにしているのですけど。

 うん?

 そういえば、です。ちょっと思い出してください。お皿のことです。ほら、あったじゃないですか。あの美味しいおむすびが乗せてあったお皿です。私、あの時確かにこの鞄に入れた筈です。うん、間違いありません。私、あとで縁に付いたお塩を食べようと思ってましたからね。

 では何故この鞄からお皿は出たのでしょうか。

 お皿はあるべきところへ帰りましたか?

 それはおかしい。いくらなんでもおかしいです。私だってそれくらい判ります。第一に、お皿には自分の意思で移動するための手段がありません。

 ありません。

 ありませんよね?

 ありませんけど、あったりしますか?

 ある、のかもしれません。

 あ、いえ、そうではなくて、です。

 少なくとも、この家にあるお皿が勝手に動く様を見たことはないです。ですから、お皿は動かないものと仮定します。うん。そうしたとき、お皿は何故あの時お祖母ちゃんが持っていましたか。お祖母ちゃんが持っていたお皿は、この中に入れてあったもので間違いありません。

 あたたた。お皿のことを考えると頭部の傷が痛みます。いえ、実際どうというわけじゃないですけどね。ぽっこりコブが出来てしまってますが、触らない限りは痛くありませんから。

 さて、困りました。そうなってくると、あまり考えたくありませんが、何処かのどちら様かが私の鞄を開け、その中からお皿を持ち出したってことになりませんか。

 なっちゃいませんか。

 なりますよね。

 ちょっと、それは何とも申し難い気持ちになってしまうのですよ。

 私は鞄の前に座ります。ははぁ。これはこれは。鞄の取っ手の部分、そこにある鍵穴が変形してます。これは無理やりこじ開けたと考えるのが正解でしょうか。

 いや。

 これは、なんといいますか。

 いえ、いえませんけど。

 超へこむ。

 そんな風に表現するんですよね。たしか。

 ははぁ。とても大事にしていたんですけどね。そんなこじ開けてまで中のモノを確認したかったのでしょうか。いや、その結果私はお皿を失ってしまったのでしたね。そうそう、そうですよ。それで私はお祖母ちゃんに叱られてしまったのでしたね。

 ん?

 お祖母ちゃんが、お皿を持っていて、私が叱られる。

 うん?

 うううん?

 え、と。

 これ、は、どうしましょうか。そうなると、ですよ。この鍵をこじ開けて、中にあったお皿を持って行ったのは。

 ん。

 一瞬、頭の中をシキさんのお顔が過ぎります。悔しそうに歯を食いしばり、今にも弾けそうなときの、あのシキさんの表情です。

 そうなのですか。そうなのですか、シキさん?

 でも、それは私は認めたくありませんよ。いくらなんでも、お祖母ちゃんが私の鞄をこじ開けたなんて、認めたくありません。

 これは、うん。考えないようにしましょう。その方が良さそうですね。これは私が招いた失敗。叱られて当り前のこと。そしてもう過ぎてしまったことです。

 私は床に転がります。う、痛いです。腰、バッグを外すの忘れてました。バッグの中にはシキさんから戴きましたホワイトボードが入っています。先ほどはその角っこが私のわき腹を直撃しちゃったんですよ。

 私はお母さんの形見のバッグを外し、これまた鞄の隣りに置きました。うん。定位置って感じでしっくりきますね。そうやって寄り添っている様は見ていて気持ちがヤワヤワします。

 さて、ほんの少しでも睡眠を取りましょう。明日の朝一番で神取さんへ質問をしなければいけません。その時に寝不足で頭が回らないとなると大変由々しき事態になりかねませんからね。

 今日は色々ありました。色々ありすぎて、もう何色なんだかって感じです。あ、これは何処で見た表現でしたか。何かの受け売りです。受け売りですか。売り言葉に買い言葉、争いの元。うん、恐いですね。ああ、そういえばワンピースがシワになりますね。脱いで横になるべきでした。失敗しましたね。代えがありませんから、明日の朝ちょっと大変なことになっていますかね。

 なんて、沢山のことを考えながら私は少しずつ眠りの方へ歩を進めていきました。

 薄くなる意識の中で、正直、疲れ果てちゃったので、全部投げ出せたなら良いな、なんて思ってしまいましたよ。私はやっぱり駄目な子でした。


◇◇◇


 ぶっちゃけ、明日でもいいですか?

 いえ、ね。超眠い。マジでヤバイ。とりあえず、いつもの起床時間に眼が覚めたんです。覚めたんですけどね。ちょっとでも気を抜くとうつら、うつらと船を漕いでしまいます。白河夜船です。いえ、全然違います。ああ、もうこれは限界かもしれませんよ。

 今日の私はやらなければいけないことがあります。私が動くことで、争いを未然に防ぐことが出来るのです。争いが嫌いな私にとってそれは願ってもない機会を得たといえます。

 でも、これは必ずしも今日伝えなくても、良いんじゃないですかね。

 いえね、私がどうこう動いたところでどうにもならないんじゃないかなぁ、なんてほんの少しだけ思ったりもするのですよ。ほら、私ってば皆さんからしたらあまり重要じゃない立ち位置じゃないですか。そんな私が何かを伝えて、それで何かが変わりますか。変わりますかね。

 難しいんじゃないでしょうか。

 私は両目を瞑り、熟考します。閉じた瞳に映るのはどこまでも広い暗闇。そのまま吸い込まれていきます。全身から力が抜け、重力があやふやになっていきます。眠る瞬間の、あの無重力感。多幸感の波、その漣が私を夢の世界へ誘います。

 漣の音。

 漣、音、ん?

 漣音子さん?

 ネコ、さん?

 って。

 私何いってますか! いえ、いえませんけど! 私は一気に上体を起こしました。視界の端っこが白っぽくなってます。ええい、もう! グシグシと両目を擦り、両手を床において猫のように背伸びをしました。

 ネコさん。私の友達。そのネコさんが争いに巻き困る可能性があるんですよ。そんな最中に眠ってる場合じゃないです。

 私は右の頬を自分の手で打ち付けます。

 うむ。口内に広がる錆の味。勢いよく叩きすぎたようです。治りかけていた傷が開きました。でも、それくらいでちょうどいいです。

 今までのは全部無し! 無しです! ちょっと寝ぼけていただけです。さあ、参りましょう。

 私は頭上に置いてある帽子を首から背中に下げます。そしてバッグを腰に巻いて中身を確認。うん、ちゃんとボードが入ってます。これがなければお話になりません。そう、文字通り、お話にならないです。バッグの口付近に「B・B」の文字。お母さんのイニシャルです。お母さん、見ててくださいね。私、ちゃんとやり遂げてみせます。

 窓から空を見上げます。今日は、曇ってますか。昨晩はあんなに晴れ渡っていたのに。私は思い出します。ネコさんや、シキさん、そしてクマさんとキツネさん達と見た、とても美しい星空。何といいますか。あれって昨晩のことなんですよね。なんだか、とても遠い日のような気がします。

 距離を開いたのは自分自身です。そう。私自身が逃げ出してシキさんたちとの距離を開いてしまいました。でも、今の私はそれが本意じゃないと考えています。いえ、そんな都合の良いいい分があるのかって感じですけどね。私の場合はいい分ですらありませんし。とにかく、私は人付き合いの経験不足が祟り、ここ一番で失敗を犯してしまったんです。

 だから、そうだといってシキさんたちが争いに巻き込まれるのを黙って見過ごす訳にはいかないです。いかないんですよ。

 ええと、まぁ。私が望む全てが上手くいけば良いなって思ったりもしますけど。そんな下心がないとはいえません。はい。いえませんね。

 それでも、私はシキさん達が争いに巻き込まれるのをどうにか回避させたいと真剣に考えているのです。いるのですよ。

 さぁ、参りましょう。目指すは神取さんです。シワの付いてしまったワンピースに気を揉む時間すら惜しいです。寝癖の付いた髪は手櫛で適当に流しておきましょう。うん、アレですよ。どうしようもない時は帽子を冠ってしまえばオッケーです。

 おっと、その前に。神取さんに何を伺うのか整理しておきましょう。大枠で二、三点ほどに絞っておいたほうが無難かもです。うふふふ。私、賢いです。

 では、先ずお訊きしたいことは、シキさん達と何かあったのかってこと。

 次に、昨晩は皆さんで集まって何をされていたのですか、ということ。

 そして、水引場について、ですか。

 伺う順番は……どのような順序が宜しいんですかね。私、他の方に質問なんてしたことがありませんから、どうやって良いのか判りません。ん。判らないなら仕方ないですよね。今思いついた順序のまま伺ってみましょうか。

 さあ、行動ですよ。私は今から玄関に向かいます。何故かといいますと、この時間、神取さんはお庭で体操をしてらっしゃいます。他の方はまだ眠ってらっしゃるでしょうけど、神取さんは早朝からとっても元気なんですよ。

 私は足音を立てないように、そぉっと、そぉっと歩きます。その理由としましては、他の皆様を起こさないようにってところです。私、すごく気が回せる子です。

 いつものように、ビニール袋から靴を取り出します。ちょっとくたびれてきてますね。でもまだまだ履けます。それに、こうやって自分から行動を起こすときって、新しいものを身に着けるより、長年慣れ親しんだものの方が安心しますよね。

 安心?

 私、いま安心が欲しいですか? うーん。きっと、そうなのでしょうか。やっぱり緊張していますかね。私にとって、とても大きな仕事に取り掛かってますからね。その意味を考えてしまうと、とてもじゃありませんが平常心でいられるものではありません。

 だって、私がちゃんとやらないとネコさんや、シキさん達、それから神取さん達も辛い思いをしなければいけないんです。

 あう。

 こ、恐いですね。不安です。

 私の両手は知らず知らずのうちに汗ばんでいました。うう、駄目です。こんなんじゃ駄目ですよ。ちゃんとやろうって決めたんです。決めたじゃないですか。もう失敗はしたくないって決めたじゃないですか。何度も、伝わるまで何度も頑張ろうって決めたじゃないですか。

 んむ。

 私は両手の汗をワンピースの裾で拭きます。

 そうです。頑張らなきゃいけないんです。

 皆さんが争そわないで良いように、私が頑張らなくちゃいけないんです。だから、だから、だから、がん……。

「あれ、ハスさん?」

 ほわああああッ!

 び、びっくりした! か、神取さんです。何ですか、イキナリ。

「ああ、ははは。びっくりさせてしまいましたかね?」

 凄くびっくりしました! 私は頷きを返します。

「う、やっぱり。すいません。気をつけてはいるのですが、何分無精者でありますから」

 神取さんは困ったような表情で頭を下げました。それはそうと、相変わらず神取さんの眼は細く、ちゃんと見えてらっしゃるのか不思議です。

「とりあえず、おはようございます、ハスさん」

 あ、これはこれは。おはようございます、神取さん。私は頭を下げ挨拶をしました。

「ハスさん、昨日はゆっくり休めましたか? ……あ、いえ、そうか。昨日は昨日で大変でしたね」

 うん? どれのことをおっしゃってますかね。うーん、あ、そうですね。私、おむすび貰ったり、気を失ったりで神取さんにご迷惑をお掛けしてましたね。

『こちらこそ めいわくかけました』

「うわ! い、今書いてましたよね? 字はちょっとアレですけど凄いもんですね」

 字がアレ? アレってなんでしょうか。

「へぇ。こりゃ便利そうだ。うーん。しかし、ハスさんがこうやって日本語書くとやっぱり違和感ありますねぇ。あ、でもそうか、そうですね。もともと英語圏の方なんですから、日本の字を書くのは難しいですもんね。すんませんアレとか言っちゃって」

 そういって神取さんは快活に笑います。

 いえ、私は英語圏の方でもありませんし、日本語に到っては得意分野です。あまりに得意すぎて、むしろ不自由してるくらいです。そんな私なんですよ。そんな私の字に一体何の不具合があるというのですかね。

「しかし、そのボード、一体どうしたんです? 村にそんなもの売ってる場所はありませんしね。何処で調達したんですか?」

『シキさんにもらった』

「シキさん? うー……ん。確か、この村にそのようなお名前の方はいらっしゃいませんよね」

 凄い。凄いです神取さん。神取さんはこの村の方全員のお名前を覚えてらっしゃるんですね? 私なんてこの村で十数年暮らしていますけど、憶えているのなんてほんの数名です。なんと申し上げて良いのやら、十人以上の方を記憶しておけるのだって凄いのに、この村全員なんて私には想像すら出来ないです。

「うーん、居ましたかねぇ。早瀬村はせいぜい五十人程度の人数しか居ませんから記憶漏れがあるとは思えませんが」

『とみいちさんの いえにいる』

「ああ、ナルホド! あの大学生たちですね?」

 私は頷きを返します。

「へぇ、そうか。素行の悪さばかりが際立ってましたが、なかなかどうして。うん、結構アジなマネをするじゃないですか。ハスさんにとって一粒万倍ってとこですか」

 報恩経ですね。農業に従事する神取さんらしい例えです。私は大きく頷きを返しました。

「はははは。しかし良いもんですね。こうやってハスさんと意思の疎通が出来るのは。僕としては、ハスさんとのコミュニケーションの取り方が分からずに四苦八苦していたところだったんです。まぁ、僕が手話を出来れば済んだ話なんですけどね」

 いえいえ。手話なんて私だって判りません。

「ま、それを抜きにしても、人に考えを伝えるのは難しいですからね。ちゃんと説明しても、如何ほども伝わっていないことなんてザラですから。その度に何度も説明するんですけどね。結局、言葉が有っても無くても一緒じゃないかって思っちゃうこともありますよ」

『あるに こしたことは ないです』

「……おっと。すいませんでした。そうですね。ハスさんに対して失礼な言葉でした」

 いえいえ。私が喋れないことは仕方の無いことですから。これは誰が悪いってワケではないんです。ですから神取さんがそのことで謝る必要はないんですよ。

「ま、僕が言いたいことは、どうやっても自分の考えを伝えるのは難しいってことなんですけどね」

 判ります。私、すごく判ります。私喋ることが出来ませんから、気持ちを伝えることが難しいです。でも、最近考えることがありました。他の方に意思を伝えるのって、言葉があっても難しいんじゃないかって。これは先ほどの神取さんの言葉を繰り返すことになってしまいますが、うん、やっぱり私もそう思うんです。

 言葉は大事です。それがあれば意思の疎通が滞りなく出来ます。意思の疎通に関していえば、それは何よりも万能な手段だと思います。

 でも、それだけでは足りないときがあります。

 不思議なことですよね。何よりも万能な手段であるにも関わらず、それだけでは足りないなんて。万能であるはずなのに、それでは駄目だなんて。

 思い出してください。先日、神取さん達とキツネさん達の水引場でのやりとりです。お互いが言葉を以って意見を主張していました。しかし、たどり着いた先は只の平行線。あ、これ表現がおかしいですか。そこに平行した主張のみが残ったのであれば、たどり着いた先、なんておかしいです。最初から平行なら、たどり着く場所なんてありませんもの。

 そうですよね、神取さん。神取さんが先ほどの言葉をどのような意図をもっておっしゃったのかは判りませんが、今のままでは神取さん達とシキさん達は平行線のままです。

 そう、だから私は神取さんに会いに来たんですよ。

 平行線を繋ぐ役割になりたくて。

「そういえば、ハスさんは何をされてるんですか? 仕事の時間まではまだ早いですし。朝ごはんだってまだですよ」

 あら、これはありがたいです。シキさんからボードを戴いて、随分とコミュニケーションを取ることに不都合が無くなったのですが、それでもやっぱり話題を切り替えたり、振ったりすることが自在に出来るまでには到りません。もちろん、私の力不足に起因するわけですが。

 それはそうと、せっかく話の向きが変わり、私にとって追い風となりましたので乗らせてもらうことにしましょう。

 私は神取さんに感謝しつつ、シキさん達と何があったのか、ボードを用いて質問をぶつけてみました。

「うん? ああ、あの大学生たちとのことを聞くために僕のところへ?」

 夕べのこともありますが、概ねそうですね。私は頷きを返します。

「あの時の、水引場の件ですよね? うーん、そうですね、あれだけ気不味い雰囲気でしたから、やはり理由が知りたくなりますよね。ハスさんだって居合わせたわけですしね。それと、そのボードがあれば質問だって出来ますから、このタイミングでってのも理解出来ます」

 そういって戴けたらありがたいです。

「まぁ、理由と言っても、あの時彼らに言ったコトが全てではあるんですけど。他にも何かあるんですよね?」

『キツネさんと クマさん ケガしてた』

「キツネ? クマ? ああ、あの二人か。ううん、そうですね。まぁ、成り行き上と言ってしまえばそれに尽きるんですが、今考えるとやっぱり良くないことですよね」

『あらそいはだめ』

「そうですね。ハスさんは、特にそうですよね。確か、ご両親を紛争に巻き込まれるカタチで亡くされたんでしたっけ?」

 フンソウ? どうなんでしょうか。私、小さかったからよく憶えていません。ですが、お父さんとお母さんは争いによって死んでしまったことは理解してます。

「そう、ですね。こればかりは、僕たちの思慮不足ですね。僕の仲間たちの気性に因る部分が大きくて、どんな言葉を並べても、あの時の行為を正当化することは出来ません。あの大学生たちはハスさんの友達でしたよね。本当にすいませんでした。あの時、仲間たちの暴力を止めることが出来なかったのは僕です。それについてはいくらでも非難を承ります」

 神取さんはそういって深々と頭を垂れました。

 どうなのでしょうか。

 ええと、これ以上、神取さんへ何を伝えればいいですかね。

 私、間違っているのかもしれませんが、こうやって失敗を反省することが出来るのなら、それはもう追求することではないのかもしれません。しれませんね。誰にだって失敗はあると思います。いえ、私は失敗が殆どですけどね。まあそれはそうとして、です。少なくとも神取さんはその時のことをこうやって反省されています。もちろん、当事者は私ではなくて、神取さん達とキツネさん達なんですけど。だからこそ、私がこれ以上神取さん達のコトを追求することはお門違いだと考えます。如何なんでしょうか。この場所で私がコブシを振り上げ、高らかに神取さん達のやったことを糾弾したとして、それはキツネさんやクマさん達の望むトコロなんでしょうか。

 違います。

 きっと違います。

 この件で私が介入することが出来るのは、きっとこの辺りまでだと思います。

 ですから、問題はその次にあると思います。

 神取さんはこうやってあの時のことを反省されています。

 それでは、どうしてですか。

 それ以外に何かあるのですか。

 思い出してください。夕べのことですよ。私が軽トラックの荷台あたりで隠れていた、あの時です。

 大学生を排除する。

 そうおっしゃっていたのは紛れも無く神取さんでした。

「ん? 他に何かありましたか?」

 神取さんが不思議そうに訊いてきました。

『ゆうべ なにしてたんですか?』

「はい?」

 あ。

「夕べ、ですか?」

 一瞬です。ほんの一瞬だけ、神取さんの眼が開きました。うん? ああ、いえ、ただ細いだけで普段から閉じているワケではないのでしょうけど。まぁ、それほど細い眼が、ほんの一瞬だけ開いたんです。

『わたし いました』

「え?」

『トラックのむこう みんな きづいてなかった』

「ああ、そうでしたか。うーん、声をかけて下さいよって言っても、まぁハスさんには難しいですからね。せめて手を振って下さいよ」

『ちょっと こわかった』

「む。それはそうですね。あんな時間に大柄な男が群れてるんですからね。それはハスさんのおっしゃる通りです」

 おっしゃってませんけどね。

『だいがくせい はいじょ』

「うん? 僕たちの声、聞こえてました?」

『どういうことですか?』

「ううん。これは困りましたね。何か、悪く取れるような部分だけ聞こえてませんか? まぁ、水引場の件を考えるととても辻褄が合いそうな部分でもありますが。別段、そこの部分だけを話していたワケではありませんから、ハスさんがあまり心配されるようなことはありませんよ?」

『くわしく しりたい』

「そうですねぇ。まぁ、前回の件もありますから、ハスさんに誤解がないように、ちゃんとお話もしておくのが良いかもしれませんね」

『おねがいします』

「判りました。ああ、でもちょっとだけ待って戴けませんか? この件は僕の一存でどうと言えることではないんです。仲間たちの意見もそうだし、母祢さん、ああ、ハスさんのお祖父さんやお祖母さんに一度話しを通してからが望ましいんですけど。如何でしょうか?」

 なるほど。私がお祖父ちゃんやお祖母ちゃんより先にお話を聞くわけには参りませんね。それは神取さんのおっしゃる通りです。

『あとで で けっこうです』

「助かります。では、後日必ずお話しますね」

 神取さんはそういってにっこり笑いました。つられて私も笑顔になってしまいました。

「さて、ではその件もありますし、今日は何かとバタバタしますね。あ、そういえばハスさんの体調は宜しいんですか?」

 先ほども申し上げた通り、もう大丈夫です。いえ、申し上げることは出来ませんけどね。私は神取さんに首肯してみせました。

「うーん、そうですか。では、病み上がりのハスさんに大変申し訳ないのですが、一つお仕事をお願い出来ませんかね?」

 はわ! これは他の方の為にお役に立てるチャンスですね! 是非ともお受けしたいです! 私は何度も何度も首を縦に振りました。

「あははは。では、お仕事の内容なのですが、バス停の向こう、先日作業をした棚田がありますね。あのテッセンが咲いてる辺りです。どうやらそこに鍬と鎌を一つずつ忘れてきているようなんです」

 ははぁ、なるほど。では、私のお仕事というのは?

「それで、ですね。本当に申し訳ないのですが、それらを取ってきては戴けませんか。今回、僕たちの作業場所は真逆で、ハウスの組み立てになってるんですよ。どうでしょうか、お願いできますか?」

 え? そんなことで宜しいんですか?

「ちょっと距離はありますが、朝からのんびり行って、それからゆっくり帰ってくれば丁度日没前ってところです。ハスさんの体調を考えれば、良いリハビリになりませんかね。如何です? 引き受けてはもらえませんか?」

 それは、もちろんですけど。

『なんだか もうしわけない』

「いえ、これも立派なお仕事ですよ。鍬も、鎌も、僕たちが作業をするのに大切なモノです。一つでも無くなれば、作業が遅延してしまいます。それが作物にとって致命的な場合もありますからね」

 確かに神取さんのおっしゃるとおりです。では、これはとても重要な仕事になりますね。直ぐに行って、直ぐに帰ってきましょう!

「うーん、ハスさん、ゆっくりで良いんですからね?」

 で、でも急がないと。

「それに、まだ随分と早い時間です。もう少しだけ、ゆっくりしておいてください。僕も一度屋内へ戻ります。ハスさんも、太陽が昇りきったくらいから出発するくらいで丁度良いはずですよ。まぁ、のんびりで良いんです。と、いう訳でお仕事の方宜しくお願いしますね。では、ちょっと失礼しますね」

 神取さんは笑いながらそういいました。そして私の脇を通り抜け、そのまま家の中に入っていきました。玄関の先には私だけが残りました。

 さて、どうしましょうか。

 うーん。

 神取さんはああおっしゃいましたけど、仕事の内容はとても重要ですよ。日頃の私の仕事ぶりを考えると、早いに越したことは無いですね。いえ、私の仕事ぶりが遅いってワケじゃありません。むしろ早すぎて皆さんに迷惑をかけているのではないかと心配しているほどです。

 つまり、一瀉千里。

 まぁ、それはそれとして、万全を期す、といいますしね。ここは今から取り掛かるくらいで丁度良いです。幸いなことに、必需品は全て見つけていますし、途中で誰かに会っても恥ずかしい格好はしていません。

 んむ。では、参りましょうか!

 私は意気軒昂と歩き始めます。山の向こうから広がる空は竜胆色。そして白群。頭上を越えた向こうはきっと白藍。風はとても涼しく私の身体を撫でていきます。私はそれを心地よく感じながら歩を進めました。私の心は仕事を戴いたことでとても満たされていて、そして充実していました。

 ただ、どうしてでしょうか。心の中に何かが引っかかります。引っかかるのですよ。私はそれを考える事を路の友とし、目的のモノのあるライステラスを目指しました。

 後で考えてみれば、ここで私がきちんと答えをだしていれば、あるいはまた違った結果があったのではないかと思ったりもするのですよ。

 まぁ、今更なんですけどね。


◇◇◇


 早くから出発したこともあって、日が昇りきった頃には目的地であるライステラスへ到着しました。

 結局、路の友としていました考え事は、霧散霧消となってしまいました。いえ、それ以上に大事なことがあったんですもの。

 私、何も食べていません。

 そう。大問題です。すでに空っぽになった私のお腹からはぐぅぐぅと音が鳴ります。誰かに聞かれてしまったら、とても恥ずかしいくらいに大きな音です。

 何か食べ物はありませんかね。私は周囲を見渡します。

 ライステラスからは早瀬村を一望することができ、さらにその向こう、峰々を碧く連ならせている蟻尾山のほぼ全景を見渡すことが出来ました。時折り吹く強い風が私の帽子のツバを揺らします。とても心地よいとは思うのですが、如何せん空腹の状態ではそれも半減です。

 食べ物、ありませんね。

 今日、神取さん達が作業に向かうのは、ここから正反対の山、つまり向こうの蟻尾山になるんですが、そこには葡萄が栽培されます。葡萄は美味しいですよね。あの大きくて甘い粒はいくらでも食べることが出来ます。あの小さな種がちょっと邪魔ですけど、もうそれごと食べて良いってくらいです。

 ああ、葡萄のことを考えていると余計にお腹が空きましたね。仕方ないです。その辺の草でも食べておきましょう。

 私はとりあえず茎の太い草を引っこ抜き、葉を落とし、何度か折って食べやすいサイズに整えます。それを口に入れ、ガリガリ噛みます。

 んむ。苦い。

 まあ、空腹のままよりはいくらかはマシですかねぇ。そう思いながら、その辺の草を同じようにして食べました。

 はぁ、苦い。

 さて、お腹が満足するってことは無いんですけど、それでも動けないって程じゃなくなりました。では、神取さんから戴きましたお仕事に取り掛かりましょう。

 神取さんがおっしゃるには、テッセンの近くの畑に鍬と鎌を忘れてきてしまったとのことでしたね。

 テッセン。クレマチスですね。確か、あっちの方に群生しているのを見つけてましたね。ちょっと行ってみましょう。

 畦道を歩きます。ここは舗装されていないので、とても歩き難いです。真ん中を歩けば大丈夫なんですけど、こうやって、ほら、端っこを歩いちゃうと、ととととと、わわわ!

 痛いです。転んでしまいました。畦道の端は土が軟らかく、ちょっとした加重で簡単に崩れてしまいます。本当に危ないので注意しましょう。

 私はワンピースに付いた土を払い、クレマチスが群生している目的地を目指します。

 しばらく歩くと、大きく花開いたクレマチスの、とっても鮮やかな色彩が眼に飛び込んできます。ああ、そうそう。クレマチスの大きな花弁って、本当は花弁じゃないって聞いた事がありますよ。じゃあ、いったい何なんでしょうね。あれはどう見ても花弁ですよね。不思議です。

 さて、目的地である、クレマチスの咲く畑へ到着しました。神取さんから戴きましたお仕事は、この近くに忘れてきてしまった鍬と鎌を持ち帰ること、です。早速探してみましょう。

 私は畦道を下り、畑に下ります。吹きおろす風に乗って、耕された土の香りが私を包みます。随分と高く昇った太陽からは、夏の到来を感じさせる強い日差しが降り注いでいました。

 私は注意深く周囲を見渡します。鍬は大きいので、ちょっと探せば見つかると思うのです。ふむ。クレマチスの周辺にはありません。一応、蔓が覆い茂る中も見てみます。うん、ありません。では、ここを中心にして探していきましょう。

 私はまず、畑の四辺を見て周りました。その後、畑の畝に沿って歩きました。残念なことに、この畑からは鍬と鎌を発見することは出来ませんでした。

 では、気を取り直して次の畑です。次は、先ほどの畑を囲む四つの畑を見てみましょう。

 私は北、東、西、一段下がって南の畑を見てみました。でも、鍬も鎌も一向に見つかりません。

 私は捜索範囲をさらに広げ、もう一回り外の畑を丁寧に見て周ります。こうなってくると、クレマチスからは随分と離れてしまうのですが、これは仕方ありません。虱潰しにあたる他ありませんからね。

 私は額の汗を拭いながら歩きます。暑いですね。ざっくりと開いたワンピースの胸元も汗ばんでいます。暑さの所為で、全部脱ぎ出したくなりますが、それはぐっと堪えましょう。はしたないですからね。

 ふう。ちょっと休憩しましょうか。空腹と暑さでちょっと足元がふらふらします。一旦私はクレマチスの傍へ戻り、近くの畦に腰を下ろしました。

 ああ、せめて水くらいは持ってくるべきでしたね。そうそう、水筒って知ってますか。あれ、便利です。私、学校に通っているとき、クラスの人が持ってきているのを見たことがあります。最初見たときは、一体何が入っているのか判らなかったんですけど、中から水、いえ、アレはお茶ですね。うん、お茶が出てきたときには本当にびっくりしたものです。何て素晴らしいんだろうって思いました。私も欲しくなったんですけど、流石に買って貰うワケにはいきませんからね。で、一晩中考えて閃いたんです。うふふふ。ビニール袋です。知ってますか、ビニール袋。アレは凄いんです。中に水を入れても漏れません。ですから、私はビニール袋に水を入れて学校に持って行ったんですよ。今思うと、考えが到りませんでした。失敗でしたねぇ。私、通学鞄の中に入れていたんですけど、途中、袋の口が開いてしまっていて、教室で鞄を開けたら水浸しになっていたんですよ。教科書やノートは全部駄目になりましたし、水も無くなってしまいました。やっぱり、一度結ぶだけじゃ駄目だったんですね。次に機会があるときは、二重に結ぶようにしないといけません。

 それにしても喉が渇きます。渇きますよ。ああ、そうそう、喉が渇くといいましても、これは夢を見たときのとは違います。あの喉の渇きって、実際に渇いているわけじゃありませんからね。

 そういえば、神取さんおっしゃっていましたね。私のお父さんとお母さんは紛争で亡くなったって。紛争、紛争ってなんでしたか。んー、と。確か、裁判だとか、経済だとかで対立している状態ですかね。ははあ、お父さんもお母さんもどういった経緯で亡くなったのか、ちょっと想像が出来ないですね。

 あと、紛争といえば武力紛争ですか。

 うーん。こちらだと亡くなった理由も何となく想像出来ますね。昔、何かで調べたことがありましたね。武力紛争は、んー、無政府状態? の場所で、利益を得るために、いくつかの勢力が武力を用いて争い、それを調停することが出来ず? んーと、武力を用いてとっても激しく対立してしまった状態、でしたっけ?

 わかんないです。

 ん、でもですね。もしそうならその武力紛争が行われている場所はとっても危険です。家の中に居ても、全然平気じゃないです。昼夜関係なく、窓の外からは銃弾の音が響きます。とっても昔に建てられた大きな建物も、ものすごい音と風と熱で吹き飛んでしまいます。

 ん?

 んー?

 私、何故そんなこと知ってますかね。

 んー。

 ま、いいです。

 それよりも、喉が渇きましたね。今回の渇きは夢を見たときと同じです。だって暑いんですよ。砂埃の所為で口の中はじゃりじゃりしますし、頬が焼けるような風が四六時中吹きさらしているんです。

 本当に、喉が渇きます。

 私は、いったいいつまで待ち続ければいいんでしょうね。

 あれ?

 何を? 何を待ちますか? 私は何を待ち続けてますか?

 おかしいですね。視界がぼやけてます。おかしい。あれは陽炎っていうんですっけ? 砂? 砂は早瀬村に来てから見てません。早瀬村は潤っています。だから喉が渇くことなんてもう無いです。無いはずです。

 は!

 私は顔を上げました。あ、え、と。い、今のは一体何ですか。何でしょうかね。視界の先、色鮮やかなクレマチスが私に現実感を与えてくれました。

 私はゆっくりと周囲を見渡します。帽子のツバに切り取られた視界、蟻尾山の斜面には裾野の向こうまで何百枚と連なるライステラスが広がっています。このライステラスは世界的に有名で、早瀬村を語るには無くてはならない景観です。

 そう、ここは早瀬村。その周囲を蟻尾山の高い峰に囲まれ、村の住人は晴耕雨読の暮らしをしている場所。ゆっくりと、でも確実に忘れ去られていく場所。そこに争いの影はありません。

 争い。

 私、争いは嫌いです。

 ですから、私は出来る限り皆さんが仲良くしていただけるのが望ましいと思うのですよ。シキさん達と、神取さん達。どうして争いますかね。

 ん。

 んんん?

 ちょ、ちょっと待ってください。

 私、どうして今まで忘れてましたか。大変です! 大変ですよ!

 私はこんな場所でのんびりしているわけにはいかないんです。思い出して下さい! 私はシキさん達と神取さん達が争わないで済むように、その間に入って仲を取り持たなければいけないです。 

 あれ? どうしてこんなことになってますか? えぇと、私はシキさん達と神取さん達が争うのを止めたいと思い、行動を起こしたはずです。そのはずですよね。うん。それは間違いありません。それで、そう思ったのは、夕べ神取さん達が話している内容が気になったからでした。そうですね。で、私は神取さんにそのコトを問おうとしていました。ええ、そうです。ですから私は今朝早くに神取さんの元を訪ねたんです。

 えぇと。何処が間違っていますかね。何処を間違えた所為でこうなってしまいましたかね。現状は、当初の予定から大きく逸脱しているように思えます。いえ、確実に逸脱しています。

 私は指先を顎に当てます。そうです、さっちんのポーズです。考え事をするのにはこのポーズをおいて他にはありません。

 うーん。

 うーん。

 えぇと、ですね。

 私がいけなかった部分、ですよね。うん。いえ、いけない部分なんていえば私の全てが当てはまっちゃいますよね。ですから、そうではなくてですね、こう、どこから予定が逸脱してしまったのかって考えるのが良いでしょうね。

 うーん。

 うーん。

 えぇと。あ、そう、そうですね。これは閃きました。閃きましたよ、私。さすがさっちんのポーズですね。つまり、です。結局のところ、私は何がしたかったのかといえば、質問です。そう、質問ですね。私は神取さんへ質問をしたかったんですよ。確かに幾つかある内の一つは質問できました。夕べは何をしていたんですかーってやつです。ん。でも、その他の質問はしていませんね。私は神取さんへ質問を投げかけ、その問答の後、シキさん達との争いを止めたかったんです。

 これは困りましたね。どうやら途中から話が逸れたみたいです。うーん。これも私のコミュニケーション力不足に因るところですかね。

 あ! そう、そうですよ! 今思い至りました! ほら、ここ、ライステラスに向かう時です! 私考えていたじゃないですか。私って何か忘れてるなぁって。そう、コレです。このことだったんですよ。私、必要な質問を全て投げかけていなかったんです。そして、その後争いが起きないようにしなきゃいけなかったんです。

 んー。これは、本当に困ったことになりました。

 私は空を見上げます。帽子のツバに切り取られた先、眩く太陽が輝いています。時間にすれば十四時はとっくに過ぎてます。神取さんにいわれたお仕事、鍬と鎌を探すのにたくさんの時間を使いました。

 どうしましょうか。できるなら私はすぐにでも村に戻りたいです。そして神取さんやシキさん達のところへ行きたいです。でも、でもですね、お仕事も大事です。私、普段から皆さんに迷惑ばかりかけています。ですから、与えられたお仕事はちゃんとこなしたいです。

 うん。

 なら、答えは簡単です。急いで鍬と鎌を見つけて、その後急いで村へ向かいましょう。

 私は直ぐに腰を上げ、クレマチスが群生する場所まで走りました。神取さんはこの辺りに置いてあったとおっしゃっていましたね。此処は一度探した場所ではありますが、もう一度よく探してみましょう。

 私はクレマチスの蔓を傷つけないように、そっと茂みの中を探します。うーん、ありません。やっぱりありませんね。

 では、続いてその回りを探しましょう。丁寧に、それでいてなるべく素早くです。

 私はクレマチスが群生する場所を中心に、一度探した畑も丁寧に探しました。ひょっとしたら土に刺さっているかも知れません。私は四つんばいになって畑の畝を進みます。ワンピースに泥が付きますが、そんなコト構っていられません。額からは大量の汗がこぼれ落ちます。髪が張り付いて気持ち悪いです。でも、今のんびりしている訳にはいかないんです。何か、こう、胸の奥がチリチリするような感覚があって、私の身体はそれに急かされるように動きます。

 不安。

 考えたくありませんが、一度気付いてしまったが最後、頭の中から消えません。そう、私は今不安に胸が押し潰されそうなんです。

 ひょっとして。

 ひょっとして、もう、手遅れなんじゃないか。

 もう、争いは起こってしまったんじゃないか。

 私は恐くなって、思わず両目を閉じてしまいます。でも、その閉じた先、ちらつくのは水引場で見た傷だらけのキツネさんとクマさんの身体です。

 ふううう。

 奥歯がガチガチガチガチと鳴ります。土塗れの手先が震えます。

 あんなに、あんなに大事な事だと判っていたのに。私が間に入らなきゃいけないって判っていたのに。

 夕べ聞いてしまった神取さんの言葉。神取さんはたわいも無いコトのようにおっしゃいましたが、私にはどうしても争いを連想させてしまうんです。

 でも、私は上手く立ち回れませんでした。いえ、それどころか神取さんからお仕事を戴いて、とても喜んでいました。あ、お仕事自体は悪いことじゃないです。神取さんがおっしゃるように、鍬も鎌も数が減ってしまえばそれだけ作業が進みません。私は早瀬村に住んでいるわけですから、こうやって農作業に関係するお仕事なら優先的に動くべきだと思うのです。

 それでも、私はやっぱりシキさん達のコトが心配になってしまうのです。それにネコさんは女の人です。争いに巻き込まれてしまっては一番危険です。私は、私の失敗の所為で友達を危ない目に遭わせてしまいますか。しまうのですか。

 ともだち。うん。あんなことしてしまいましたけど、ネコさんやシキさん達は私の友達です。都合の良いこと考えているのも判ります。でも、とても大事に思っているんです。本当です。

 ぽたり、と雫が土で汚れた手に落ちました。

 涙、ですか。

 本当に、駄目な子です。私、全然駄目じゃないですか。ちゃんと出来ているコトなんて何もありませんよ。村の皆さんに迷惑をかけて、シキさん達に迷惑をかけて。それで自分で決めたこともちゃんと出来なくて。

 悔しい。

 悔しい?

 ああ、これってそんな気持ち。悔しいんですね、コレって。初めて知りました。こんな気持ちは初めてですよ。

 ふうううう、うう。もうやだ。こんなことになるなら、あの時もっとちゃんと考えるべきでした。こんなに心が痛むのなら、もっとよく考えるべきでしたよ。

 噛み締めた口の隙間から空気が漏れます。いつからか溢れ始めた涙は勢いを増します。きっと顔は汗や涙や鼻水でぐしゃぐしゃです。

 それでも、私はやるべきことがあります。また、失敗するところでしたが、きっと、きっとまだ大丈夫。ですから、鍬と鎌を早く見つけてしまわないといけません。それで、直ぐに村まで戻りましょう。

 私は探します。畑の中を、外を。畦道には大きな植物が群生している部分もあります。丁寧にかき分けて、見落としが無いように、何度も見ます。

 ありませんね。

 私は次の畑へ移動します。私が移動するのに合わせて、頭上の太陽もその位置をずらします。待ってください。待ってくださいよ。そんなに早く時間が流れるのは困ります。私に一体どれほどの猶予があるのか判りません。ですから、できるだけ時間はゆっくり流れて貰わないと困るんです。

 私は探します。ワンピースの裾はすでに泥まみれ。膝と地面の間にあった部分は生地が薄くなって、もうあとちょっとで穴が開きそうです。それでも構いません。私は探します。探すんです。早く、早く見つけて早瀬村に帰らないといけないんです。

 ありません。ありませんね。

 おかしい。おかしいです。これ、おかしいですよ。どうしてありませんか。神取さんいいました。テッセンの近くの畑、そこに忘れてきたっていいました。なのに何故ありませんか。テッセンの群生している畑、その周囲はつぶさに見て周ってます。おそらく見落としは無いはずです。ひょっとして、テッセンは他の場所にも群生していますか? もし、そうなら私は的外れな場所を探していることになるんでしょうか。

 いいえ、そうでは無いはずです。私、ここの周囲でテッセン、つまりクレマチスを見かけてはいません。人の手なのか、偶然なのかは私には判りませんが、この周囲でクレマチスが群生したのは今年が初めてなんです。

 神取さんがおっしゃった畑はあそこで間違いが無いはずなんです。

 それなのに、それなのにどうして見つかりませんか。鎌一本なら見落とすこともあるかもしれません。しかし、あれだけ長い柄がついた鍬を見落とすことがあるでしょうか。

 顔を上げ、周囲を確認します。視界の先、遠くにあの色鮮やかなクレマチスが見えます。こんなに遠くの畑ではないはずですよ。しかし、クレマチスの近くにはありませんでした。

 そうだ。

 こう、考えられませんか。

 ひょっとして、神取さんは勘違いをしていませんか。場所然り、モノ然り。失くした場所は此処じゃない、とか。失くしたと思っていたけどそうじゃなかった、とか。もちろん私が至らないという可能性を念頭に置いておかなければいけませんが。それでも、これだけ探し回って見つからないとなると、どうしても他の可能性を疑ってしまいそうです。

 一度、村に戻りましょうか。

 そんな考えが頭の中に浮かび上がりました。

 いいでしょうか、それで。私、戴いたお仕事を途中で放棄したことになりませんか。そうしてしまうことで、皆さんに迷惑をかけてしまいませんか。

 それから……私は要らない子といわれてしまいませんか。

 恐いです。恐いですよ。

 もし、そういわれてしまったら、私は明日からどうやって生きていきましょう。どこで眠りましょう。私、独りになるのは恐いです。どうしましょう。どうしたらいいですか。

 うう。あう。涙が出てきました。不安です。不安なんです。要らないっていわれたらどうしましょう。

 恐いな。恐いですよ。

 涙がどんどん出てきます。手足の先の感覚がぼんやりして、小刻みに震えてしまいます。全然力が入らないです。

 うううう。ヤだなぁ。恐いよぅ。恐いですよぅ。お父さん、お母さん、私、私、不安で不安で仕方ないです。助けて欲しいです。私の事、抱きしめてください。独りは嫌なんです。

 ひっく。ああ、声を持っていたら大きく泣き喚くことができるのに。私に出来るのは、鼻腔から空気を吐き出したり、変な音を喉から出すくらいです。

 私には生まれつき声帯がありません。それが、こんなに悔しいなんて思いもしませんでした。ずっと仕方の無いことだと思っていたんです。

 もしも私が喋れたら。

 もっと上手く生きれます。きっと、皆さんから必要としてもらえるくらい頑張れるはずです。シキさんやネコさん達とだって、いっぱいお喋りをして凄く仲の良いお友達になれます。

 それから、争いだって上手く仲裁できるはずです。

 それから、それから……。

 うっく。

 うう。ふうう。

 なんて、意味の無い考えでしょうか。

 私は大きく息を吐き、そして深く吸い込みます。

 手足には十分に力が入らないけれど、それでも心はちょっとだけ落ち着きました。それと頭の中も整理がつきました。

 そう、何をいっても仕方のないことなんです。私が生まれ持って、あ、いえ、生まれつき失っていたモノのことなんて、仕方がないんです。そうです。でも、やらなければいけないことは目の前にあるんです。大切なことなんです。

 だから。

 だから、そのやるべき事の為に何かを失ったとしても、それはそれで仕方がありません。例え泥にまみれても、その、うう、もう必要……無いって、いわれても、です。決めたことを、やりましょう。

 んむ。確乎不抜です。

 私は流れる涙を擦って拭いて、それから立ち上がります。私の濡れた頬を一筋の風が撫でるように吹き抜けました。ひょっとしたら、お母さんが撫でてくれたのかもしれません。そう考えると、私は頑張れっていわれているような気がしてきて、勇気が湧いてきます。

 では、神取さんから戴きましたお仕事ですけれども、私は見つけることが出来ませんでした。失敗です。これ以上探しても、私には見つけることが出来ません。ですから、例えどれだけお叱りを受けても、それは仕方がないことです。

 よし。では、私は自分の決めたことに取り掛かりましょう。

 私は残された力のあらん限りで走り出しました。目的地は早瀬村。日は既に傾き始めていて、村へ戻る頃にはその姿を消しているかもしれません。私は斜面を転がるように下っていきます。実際、途中で何度も転びます。そして転び続けるでしょう。しかし、そんなことに構っている暇なんてありません。ないんです。私の心には一抹の不安があって、それはとても固く、重くて、絶対に消えることはありません。私は恐いです。いえ、自分のことはどうでもいいです。もう、仕方が無いと諦めていますから。そうではなくて、神取さん達とシキさん達の件です。皆さんは、まだ争そっていませんか。まだ、間に合いますか。私はそれだけが不安で不安で仕方がないんです。

 夕べ神取さんがおっしゃっていました。大学生たちを排除するって。排除。この場合の排除って良い意味じゃないですよね。神取さんは都合が悪く聞こえただけっておっしゃってましたけど、そうじゃないですよね。

 私の中にある不安がより大きくなります。皮肉なお話では有りますが、その不安が私の四肢に力を注ぎ、より早く、もっと早くと走らせるのです。道沿いに見る山間の空は東雲色。そして曙。それから一斤染。きっともうすぐ黄丹、照柿、丹色。時間は容赦なく流れます。あと一時間もすれば見事なまでの夕焼けがライステラスを染め上げます。一日は終わりに近付き、魔法の時間がこの世の全てを美しく演出します。そして帳は降ろされ、砂銀煌く夜が訪れるのです。

 なんて、美しい世界でしょう。それに引き換え、なんてみすぼらしい私でしょうか。髪は汗で張り付き乱れ、真っ白だったワンピースは今や泥に塗れ見る影もありません。

 それでも私は走ります。不安が常に後ろ髪を引きます。振り返りそうになるのをぐっと堪え、私は走ります。私の中は既に空っぽ。もう振り絞る何かなんてとうの昔に底を尽きているんです。私は駄目な子です。失敗することが嫌で走るんです。まだ取り返しが付くなら、それに縋りつきたくて走るんです。

 ライステラスから早瀬村までは、車を使っておおよそ半時間。では、人の足ではどれ程でしょうか。途切れ途切れの息の中、そんなコトを考えてみます。私にはどれ程時間が残されていますか? 太陽さん、どうか、どうかお願いです。せめて、せめて私が早瀬村へたどり着くまでその道を照らしておいてください。夜の闇は暗く、私の希望までも黒く塗りつぶされそうなんです。とても恐いんです。

 私は一心不乱に走ります。いえ、寧ろ余計な事は次々に頭の中に湧いてきます。私はそれを振り切るように走るんです。

 走って、走って、走って。一度でも止まってしまえば、もう二度とこの脚は動いてくれないでしょう。だから、とにかく走って。

 私を両方から囲むように並ぶ木々。その隙間から早瀬村の明かりがチラチラと見えました。やっと此処まで来ました。そう思うと同時、もう村に明かりが点く時間だということにゾッとしました。時間が掛かり過ぎてます。私は横目で太陽を探します。しかし、太陽はすでにその姿の殆どを蟻尾山の向こうへ隠してしまっていました。

 両足から力が抜けそうです。絶望感のような、虚無感のような、そんな気持ちが私の中に広がります。何故、でしょうか。もう手遅れだと私は直感しているんでしょうか。もう、駄目なんでしょうか。

 いえ、そうじゃない。そうじゃないです。

 私はきつく眼を閉じ、頭を振ります。

 おっと!

 ざっ、と音を立て、私は転んでしまいました。うう、痛いです。いや、しかしそれはそうですね。こんなふらふらの状態で眼を閉じ、頭を振れば転んでしまいますよ。膝、それから掌を擦り剥いてしまいました。薄暗くなった中でも、私の血の赤ははっきり見えました。

 痛いです。でも、その刺激が私を奮い立たせてくれます。まだ、頑張りましょう。まだ、諦めちゃいけません。頑張る理由としては、随分後ろ向きな部分が多いですけども、それでもその中には心からシキさん達を心配している部分もあるんです。神取さん達に争いを起こしてほしくない部分もあるんです。

 さあ、立ち上がりましょう。私は疲労困憊だと主張する両足を無理やり動かします。辛いところ本当にすいません。申し訳ないですけど最後まで私に付き合って欲しいです。私の足であるということで、仕方ないと諦めてください。

 先ほどまでのスピードはありませんが、それでも私は一歩、また一歩と早瀬村へ向かいます。太陽はもう姿を確認することは出来ないけれど、大丈夫。私には早瀬村の明かりがあります。足元は不安でも、先に明かりがあれば頑張れます。

 私は走ります。どれ程の速度が出ているのか分かりません。それでも、精一杯走ります。

 ふと気が付けば、いつの間にか私を囲むような木々は居なくなり、開けた道に出ていました。視界の先に早瀬村のバス停。そしてゆっくりそれは近付いてきて、私は村へ到る道へと合流しました。

 あと、少しです。

 あと、少しで早瀬村に到着です。

 そういえば、です。早瀬村に着いてからのことを考えてませんでした。

 どうしましょうか。

 うん、と、ですね。先ず、神取さんの所へ行きましょう。そして、戴いたお仕事を失敗してしまったことを伝えましょう。お叱りを受けるかもしれません。しかし、それは私も納得した上で帰ってきたんですから、それは仕方ありません。大事なのは、その後です。私、ちゃんと質問しなければいけませんよ。ううん、質問はもうこの際良いです。とにかくお願いしましょう。シキさん達と争そわないで欲しいって。

 それがいい。うん。そうしましょう。

 ただ、ひたすらお願いをしましょう。その結果、シキさん達に何かしら注意して欲しいことや、守って欲しいこと、それから改善すべき点があるのなら私が伝えに行きましょう。

 それで、それでですね、争い、争いが無くなって、誰も傷つかないでいいなら、何て幸せなことでしょう。うん、頑張らなきゃ。早瀬村にたどり着いてからが本番なんです。そこからが一番大事なんです。

 私は前へ、前へと進みます。もう間近に迫った早瀬村の明かり。やっと到着します。あと少しです。震える脚は、きっと喜びの所為です。風に吹かれ、帽子のツバがゆらゆら揺れます。ほら、見てください。帽子も喜んでいますよ。

 あと、少し。

 あと少しで早瀬村です。そこから、やっとやり直せるんです。間違えたり、上手に出来なかったこと、やり直せるんです。そのはずです。今度は、今度はちゃんとやります。大丈夫。きっと大丈夫。

 だから。

 だから……。

「ハスさん」

 え? ん? 今、私呼ばれましたか?

「ハスさん」

 ん? やっぱり呼ばれてますか。私は足を止め周囲を見渡します。誰彼刻はとうに過ぎていて、彼岸と此岸の境で迷う時ではありません。パーラムでは無くサハー。四辻では無く一本道です。

「ハスさん、こちらです」

 薄暗い道の脇から誰かが私を呼んでいます。誰、でしょうか。

「ハスさん」

 緩慢な動きしか出来ない私とは裏腹に、軽やかな足取りで姿を現したのは神取さんでした。

 神取さん。早瀬村に農業の援助を行うためにいらっしゃった方。上背があり、がっしりとした体つきです。物腰は柔らかく、とても丁寧で聡明な方。早瀬村の全ての人が感謝の気持ちを持っている、とても素晴らしい方。

 なのに。

 どうしてか。

 今、私の目の前にいらっしゃる神取さんはまったく印象が違っていて。

「手ぶらですね、ハスさん」

 神取さんはいいます。でも、声に抑揚はありません。別の方と形容した方がしっくりくるな、なんて失礼な事が思い浮かびます。

「僕は言いましたよね。鎌と鍬がなければ作業に遅れが出るって。どうして持ってこなかったんですか?」

 神取さんが一歩こちらへ近付きます。

 あ。

 私は一歩下がります。

「駄目だな。駄目だ。それじゃ駄目だ」

 神取さんがまた一歩こちらへ近付きます。私はさらに一歩下がります。何故か、下がってしまいます。

「だから」

 神取さん、本当に、神取さんでしょうか?

「お前は」

 何か様子がおかしいです。

「要らない人間なんだよ」

 え?

 私はその言葉を聞いた瞬間、地面に転がりました。

 何が起きたのか分かりません。大きく視界が揺れ、そして目の前には地面です。全身を鈍い痛みが包んでいるような気もするんですが、どうしてだか直ぐにその感覚は無くなっていきます。

 いえ。

 これは感覚がなくなるんじゃなくて、意識がなくなるんだな、と思いました。視界は暗くなり、音は消えていきます。その消えていく音の中「運べ」と神取さんがいったような、そんな気がしたのです。

 お仕事、失敗したのがいけなかったんでしょうかね。

 多分、最後に考えたのはそんなことだったと思います。


◇◇◇


 私が目を覚ましたときそこは薄暗く、一体何処にいるのか判りませんでした。両手は後ろ手に縛られているらしく、動かすことが出来ません。いえ、感覚が無いだけで実はもう両手とも無くなっているって可能性もあります。あるにはあるのですが、とても恐いのでそれは考えないようにしましょう。両足も同じように動かせません。これも縛られているんだという方向でお願いします。

 私は床に寝転んでいる状態です。周囲を見渡してみますが、明かりらしきものはありません。でも、窓はあるようでそこからは微かな光が差していました。

 暗闇に目が慣れるまでそう時間は掛からなかったです。そして部屋全体が朧気に把握できたとき、そこが水引小屋であることが判りました。

 水引小屋は、川の水を畑や田圃へ引くための起点となる場所で、農業を主産業とする早瀬村にとって大変重要な場所です。小屋には村で選ばれた人しか立ち入ることが許されず、当然私なんかが入ることを許可されることはありませんでした。それでも中を覗いたことは何度もあるので、ここが水引小屋だと認識するに到ったわけです。

 そして私は小屋の中で、大変なモノを発見してしまいました。発見といいましても、私の隣にソレは横たわっていたのですけど。この水引小屋には似つかわしくない、といいますか本来ソレがあって当然な場所っていうのは限られていると思います。

 目を覚ました私の隣には、男性の死体が転がっていました。

 最初は眠っているのかと思いました。私がソレを死体だと認識したのは、その肌に触れたときでした。生気を感じさせないとても冷たい肌。そして弛緩して弾力性を失った肉。死体だと気付いた時はすごく驚きました。

 次に考えたのは、一体誰なのかということです。

 最初に疑ったのはシキさん達の誰かであるということ。幸いなことにそうではありませんでした。いえ、人が亡くなって幸いとか不謹慎ですけどね。それはそうと、私この方をどこかで見たことがありますよ。

 はて、誰でしたかね。

 私は思案するためにさっちんのポーズをとろうとします。でも、両腕はちっとも動いてくれませんでした。んー。これは本当に困りました。困りましたよ。何が困ったかといえば、私はこれからどうすれば良いんでしょうかってことです。ほら、私見ての通り両手両足が動かないじゃないですか。まるで尺取虫ですよ。尺取虫。シャッカクなんていうんですよね。斜角じゃありません。似ていますが全く違いますから注意が必要です。

 何はともあれ、この場所から出ようにも、どうしたらいいですか。お隣さんに伺ってみたいんですが、生憎お話が出来る状態ではありませんからね。私知っているんですよ。一度死んでしまえば、どれだけ待っていてももう二度と話しかけてくれることは無いんです。何人もそんなだと、一人くらいはむっくり起き上がるんじゃないかって思えちゃうんですけどね。それは絶対にありえないことなんですよ。

 さて、どうしますか。

 あ! ちょっと待ってください! 大変です! 大変ですよ! 帽子、私の帽子がありません! 寝転がっているので気付くのが遅れてしまいましたが、私は帽子を冠っていませんよ!

 私の帽子。真っ白で、とっても可愛い帽子。お母さんの形見。すごく、すごく大切な帽子。

 ど、どこに行きましたか? その辺りに落ちてますか? 私は上体をくねらせ周囲を見回します。暗い室内は視界が悪く、ほんの一メートル先も見えません。私はそれこそ尺取虫のように屈伸を繰り返します。板張りの床は所々がささくれていて、私の身体に小さな傷を幾重にも付けていきます。痛いです。痛いですけど、そんなこと構っている場合じゃありません。

 私の帽子。大切な帽子。お母さんとのキズナ。でも、でも、今はそれだけじゃないです。あの帽子はシキさん達との出会いの切っ掛け。私に、どうしようもない私に友達を連れてきてくれた帽子なんです。

 こんなんじゃ、こんなんじゃシキさんに叱られちゃいます。シキさんは帽子の為にあれ程必死になってくれました。それを失くしちゃうなんて駄目です。

 どこですか、帽子。私は必死に探します。せめて、せめてもう少し明かりがあれば。

 そう、思ったときでした。私が居る壁際と対角の場所、つまり水引小屋の入り口に当たる部分から淡い光が差し込みました。

 月光。それは昔から人を惑わす光と揶揄されます。そんな光のなか、一つのシルエットが浮かびます。影はゆっくりとした動作で、そう、まるで液体が染み込むような、そんな雰囲気で水引小屋の中に入ってきました。

 浸食、いえ、これは侵食というんでしょうか。室内の空気がやけに生ぬるく、重く感じられます。私は緊張し、息を潜めます。じっとりとした汗が噴出し全身を濡らします。それとは裏腹に、言葉を生まない喉はまるでもう何日も水分を取っていないかのように張り付きます。

 まるで、あの時のように。

 あの時。ああ、そうですよ。あの死臭が充満するあの時。隣りには動かなくなったお父さん。それからお話をしてくれなくなったお母さん。赤い、赤い血液だけが足の踏み場もないほど床を濡らして、そして混ざり合って。歩くと滑るんです。だから私何度も何度も転んでしまって。真っ白だったワンピースも真っ赤になって。

「目が覚めているんでしょう?」

 確信を得た、そんな声が私を現実に引き戻しました。

「明かりをつけますよ、ハスさん」

 声と同時、重苦しい暗闇を霧散させるかのように光が室内を照らしました。私は眩さに目を細めます。そんな私を笑いながら見下ろす二つの瞳。いえ、厳密にいえばあまりの細さに開いているのかすら怪しい瞳。

 私を見ているのは神取さんでした。

 神取さん。そうか、そうですね。では、そちらの死体の方は。

「おや、死体が転がっているのにわりかし平気なんですね? もっと取り乱しているのかと思ってましたよ。……ああ! そうか、そうでしたね。アナタは幼い頃、もっと壮絶な体験をしていたのでしたね。くくく、死者数は百名を超え、一団の生き残りはアナタ一人。しかも二週間もの間死体の山に囲まれていたとか。そんな経験があれば、死体の一つや二つ、どうってことありませんね」

 神取さんはクツクツと笑います。私の知る限り、神取さんはこのような笑い方をするような人ではありません。明朗快活な、そんな印象の方です。今、私を見下ろしている神取さんは、ざらざらとした嫌な印象を受けます。

「いや、その死体はなるべく早めに処理しなきゃいけなかったんですがね、如何せん状況が変化してしまったものですから、こうやってここに隠し続けていたんですよ」

 神取さんは私を跨ぎ越し、隣りの男性の死体の前へ。私、先ほど気付いたんですけど、この男性の死体は神取さんのお友達です。憶えていますか。数日前の夜、私を強姦しようとした方です。この方は村を出たとお聞きしていたのですが、随分と変わり果ててらしたんですね。

「コイツがねぇ、計画に乱れを生じさせるから悪いんですよ」

 ガツ、ガツ、と神取さんはつま先で死体を蹴りつけます。宗教感の薄い私でも、それはちょっと宜しくない行動だと思いました。

「ははは。ま、イレギュラーは付き物ですからね。要はどれだけ的確かつ素早くフォローが出来るかってことなんですよ」

 そういって、神取さんは一際強く死体を蹴りました。その勢いの余り、死体はごろりと転がります。

 死体は、私に後頭部を晒すような姿勢になりました。

 んむ。

 私は思わず目を逸らしました。男性の死体の後頭部は、足りてませんでした。

 その、ですね。

 例えるなら、強い力で何度も何度も殴られ続けた結果、その部分が欠損してしまった、かのような。

 そんな、私の様子を見ていた神取さんがクスクス笑い始めました。

「ほら、これでやったんですよ」

 水引小屋には、いくらか農器具が置いてあって、その一つを神取さんは手に取りました。

 鍬、ですね。ただ、私の見知っている鍬と違うのは、その先、土を耕す部分が赤黒く染まっていることでした。

「こうやって、こう」

 神取さんは男性の死体の頭を踏みつけ、さながらゲートボールの玉を打つように、鍬の先をガツ、と振り下ろしました。

「まぁ、最初の一発で絶命したとは思うんですが、念には念を入れてですね、こう何度かガツガツと」

 神取さんはいいながら、男性の死体、その後頭部に何度も鍬の刃を突き立てます。死後、それなりに時間が経っている為でしょうか、血液が流れ出る事はありません。変わりに、小さい塊が幾つか飛び散りました。

「おや、そんな目で睨まないで下さいよ。アナタにとってもコイツは忌むべき存在でしょう? 先日だって僕が助けに入らなきゃ、アナタはコイツから強姦されていたんですよ?」

 神取さんは持っていた鍬を放り投げ、死体を蹴り上げました。

「コイツがね、あんなことするからいけないんです。僕はね、何度も何度もコイツに言い聞かせていたんですよ。ちゃんと考えて行動しろって。その先にあるものをちゃんと見据えろって。まあコイツがどうしたからって僕の計画が綻ぶコトは無いんですがね」

 ははは、と渇いた笑いを漏らして神取さんは続けます。

「しかし、今回は動く金額が大きいので念には念を入れておかないといけません。綻びは起きなくても、その切っ掛けになることは在り得ますから」

 だから、その、殺しちゃったんですか。一個しかない命を消しちゃったんですか。

「ま、アナタにしてみれば清々したってトコロでしょう。ざまぁ見ろって感じですか?」

 そんなことありません。私は首を振り否定します。

「あれ? そうなんですか? アナタ、コイツに強姦されかけたんですよ? はははは、相変わらず能天気な頭ですね」

 神取さんは信じられないといった風な、それでいてどうでも良いといった風に溜息をついて見せました。

「ま、どちらにしても、ここに来て僕の計画は変更、いや、状況に即するように適応させることになりました。今までアナタに対しては、村の中心である母祢家の一員として接して来た訳ですが、計画の適応化に際して不必要な存在となりました。判りますか? アナタはもう要らないんです」

 え、ええと?

「ははは、やっぱり大きく表情が変化するな。そのコンプレックスはそうとう根深いんでしょうね」

 神取さんは私を見下ろしたまま、口角を吊り上げます。

「要らないんですよ、ハスさん。もう利用価値がありません。これから価値が出ることもありません。だから、この村から出て行って貰う事になります」

 え、ええと、その。私、何か失敗を、失敗をしてしまいましたか? あ、いえ、そうじゃなくて、違う、違います。冷静に、ですね。

「ははは、動揺が凄いですね。ま、もともと村から必要とされていた訳ではないし、アナタが居なくなったところで誰も気にすることなんてありませんよ。それにね、アナタにはソコの男と同じようになって貰います。死人に口無しってヤツですね。いや、そもそもアナタは喋れませんからね。本当はそのままでも良かったんです。しかし、あのボードを持っているなら話は変わってきますからね」

 ボード、ホワイトボード。シキさんから戴いた、私の声。

「あのボードがあれば、それは健常者となんら変わりない状態になってしまいます。僕達がこの村に居る間、それは非常に問題なんです。ですから、アナタにはこの村から出て行って貰うんですよ。念のため、死体になってね。急に姿を消した理由は、早瀬村に来ていた大学生たちにそそのかされて着いて行ったってことでいいでしょう」

 だ、大学生? それはシキさん達のことですね?

「もうね、準備は整っています。今日の夕方、大学生達は村を出ました。本来はもう少し滞在する予定だったみたいですがね」

 え?

「アナタは僕の思惑通り、今朝早くから畑に向かった。理由は何だって良かったんですよ。アナタがこの村から離れてくれればね。僕も十分に気を付けていたのですが、まさか夜の会話を聞かれていたとは思いませんでした。ボードを持つアナタはそのままにしておくと危険です。村の人間はともかく、あの大学生たちはアナタの言葉に耳を貸すでしょう? ですから僕の適当な言葉に食い付いてアナタが村を離れた隙に、あの大学生たちを村から追い出したんです」

 適当な言葉? 私が早瀬村を離れた理由は、畑に忘れてきた鍬と鎌を取ってくるためです。戴いたお仕事に取り組むためです。でも、今の神取さんの言葉からだと、私はいったい?

「騙されたんですよ。判りますか? アナタは騙されたんです。そうそう、あの大学生たちも随分と簡単にいきました。アナタが畑に向かった後、大学生達が訪ねてきたんですよ。アナタに会わせるよう、随分しつこかったんですがね。アナタが会いたくないといっているって言ったら皆押し黙ったんです。アナタ達は諍いを起こしていたんですね? 丁度良かったですよ。一度宿場に戻らせて、昼にもう一度接触したんです。どうしてもハスさんが部屋から出てこない。村としても、周囲としてもとても困るって。その原因に心当たりがあるならハスさんの為にもすぐに村から出て欲しいってね」

 そ、それはおかしいです。おかしい。私、私はそんなコトいいません。会いたくないなんて、そんなこといいません。だって、だって、私はあれ程シキさん達に会いたいと、そう思っていたんです。謝りたいって思っていたんです。

 シキさん達、原因に心当たりってどういうことですか。えと、その、私に問題があるんですよね。えと、うん、と。あ、そうか、そうですね。私はシキさん達の前から逃げてしまいましたから。それが、原因です。

「いくらかの問答はありました。特に五月蝿かったのは髪の長い男でしたが、最終的には村を出るということで話が纏まったんです。釈然としないながらも、それでも村を去っていったのはアナタが大学生たちと諍いを起こしておいてくれたからです」

 そ、そんな、私は、その……。

「はははは。アナタ、ああいう友達が欲しかったんじゃないんですか? この村の誰からも必要とされず、見向きもされず、愛されもしない。そんなアナタがあれ以上のモノを望んだんですか? 一体どんな我儘を言ったんですか? ああ、喋れないアナタが何か言うことは無いですね。ではつまらない態度でも取ったんでしょう。構って欲しかったんでしょう? そうやって気を引きたかったんでしょう? 自分だけを見て欲しいって。はははは、その結果失ってしまえば何も意味がない。アナタは正真正銘の馬鹿だ」

 私は何もいい返せません。いえ、喋れませんから、いえません。でも、私は神取さんの言葉に打ちのめされ、瞼を伏せることしか出来ないです。小さな反論の言葉すら思いつきません。

 本当に、私は馬鹿です。

 判って、いたんですけど。

 私、本当に馬鹿だと判っていたんですけど。

 ほんとうに、ばかだ。

「ははは、泣きましたか。少しは人間らしさがあるんですね。アナタはあれだ、感情の起伏が無さ過ぎる。さらに言葉が無い。本当に何を考えているのか判らずとても薄気味悪い。誰もがアナタを倦厭するはずだな。まぁ、幼少時にあれだけの体験をしたんだ。心が壊れるのも無理はないと思いますけどね。アナタはあの時に死んでおくべきだった。健常者ならともかく、ハンディキャップを抱えているならそこで死んだ方が楽だったろうに」

 そんな……。

「今のアナタを見れば、生きている価値を感じませんけどね。人の機嫌を伺い、かといって自分の主張を持っている訳でもない。他人から日々を生かしてもらう人生。そんなもの、どれ程の価値がありますか?」

 そう、なのでしょうか。神取さんがいう通りなのでしょうか。私の人生に、価値は無いのでしょうか。

 価値。

 そうですね。他の皆さんと比べましたらその価値は薄いのかもしれません。人様に迷惑を掛けるだけなら、やはり、要らないのでしょう。居るべきではありません。

 でも……。

「もういいじゃないですか。さっさと楽になってください。そして居なくなることで僕の役に立ってください」

「!」

 ん、むぅ、ぅ。

 は、う、ぅ。

 激痛が、私の体の中を電流のように走ります。神取さん、蹴ったんです。私のお腹を蹴りました。

 ちょ、ちょっと、ま、待ってください。私は短い息を吐きながら痛みが引くのを待ちます。

 痛みはすぐには引きません。こんなに強い力で蹴られたのは初めてでした。お祖母ちゃんとは比べ物にならないほどの力です。凄く痛いです。痛みで涙が止まりません。身体は小刻みに震えます。恐いです。単純に、その力が恐いと感じました。お祖母ちゃんの時とは違う、本当に命の危険を感じていました。

 これは、あの時と同じ?

「さて、と。……おい、お前ら」

 神取さんは水引小屋の外に向かって声を掛けました。抑揚の無い声が、より一層私の恐怖心を煽り立てました。

 暫くして、三人の男性が水引小屋に入ってきます。私は全員のお顔を存じ上げています。神取さんのお友達の方々です。皆さん屈強な体つきをしてらっしゃって、重労働である農作業も楽々とこなします。早瀬村の皆はそれをとても頼もしく感じていました。しかし、私は今、大きな恐怖を感じています。目の前に居る男性たちがとても恐ろしく感じてしまうのです。

「お前等、好きにやっていいぞ」

 神取さんは事も無げにいいました。あまりにも自然に。どこまでも無感動に。

「おい、神取。本当にイイのか?」

「構わない。が、最後は殺すぞ?」

「な、なあ、神取。本当に殺すのか?」

「お前、捕まりたいのか? もう後戻りは出来ないと思うが?」

「神取、どうせ犯すにしても殺してからの方が良いんじゃないか?」

「なんだ? どうしてそう思う? 死姦が趣味なのか?」

「違う、そうじゃない。騒がれて、他の誰かに見つかったらどうする」

「ふん。それは心配ないだろう?」

「そうか! 喋れないんだったな!」

 恐怖で思考は半ば停止状態でした。最後の「な!」の言葉が耳に届いた瞬間、私のワンピースが前から裂けていました。観音開き、とかいうんですか。丁度、そのような感じです。鈍く痛む腹部に熱を伴う新たな痛みが走りました。

「ひゅー、危ねぇ。腹を掻っ捌くとこだったぜ」

 最後に「な!」をいった男性が、手の中で銀色に輝く何かをひらつかせました。

「何だよ、結構深く切ったんじゃないか? 俺は死姦なんて御免だぜ?」

「大丈夫、ちゃんと生きてる。それに切れたのは薄皮一枚だ。死にはしねぇよ」

「いや、しかし本当に喋れないんだな。これだけされても悲鳴の一つも上げないなんてよ」

「あのな、お前たち。ソイツは両親を目の前で殺されたショックで喋れない訳じゃないんだぞ? 生まれつき声帯が無い、ただの欠陥品だ。お前らも見続けて来ただろう。ソイツがどんな仕打ちを受けてきたか。所詮、その程度のモンなんだ。今までは母祢の家の一員だってコトで事を荒立てないようにしてきたが、今となっては必要無い、只の肉塊だよ」

「うっはー、言うね、神取。その表現、すっげぇソソる! もうヤッて良いよな?」

「おい待て。……神取、本当に計画に支障は無いんだよな? 俺たち、お前に迷惑は掛けたくないんだよ。それに、これが裏目に出て取り分が少なくなったりしないよな?」

「ああ、大丈夫だ。県から国への働きかけは確認してある。国と登録委員の繋がりを考えれば、早瀬村の世界遺産登録はほぼ確定しているといって良い。国内の目立った遺産候補は殆ど登録が終了しているからな。順番的に見ても間違いないだろう。遺産登録が終了すれば、その景観保護保全の為、早瀬村には運営費用が組み込まれる。歪なほど膨らんだ巨額の金だ」

「しかしよ、神取。それをどうやって戴くんだ? 俺はまだその詳細を聞いてないぜ?」

「県、市に多少のピン撥ねをされたあと、資金の運用は自治体に任せられる。実際、保護保全するのはそこの住人だからな。もう判るだろう? 誰がその資金を管理する?」

「ははは、ナルホドな! 母祢のジジイとババアが管理するってことか!」

「そうだ。金が早瀬村のものとなったら、あとは投資目的で何度かに分けて運用させる。むろん、そのどれもがダミーだ。そっちの用意は済んでいる。口座も足がつかないモノを用意した。口座は我々の人数分。金額は多少上下するが、ほぼ同じだ。まあ、そこに転がっている死体の分が上乗せされるから、かなりの額になる。約一年の労働で何十年分の対価を得ることが出来るわけだ」

「じゃあ、俺たちは普段通りにやってれば良いんだな? あと数ヶ月、今までのように」

「最初からそう言ってる。お前らはただ普段通りにやってくれれば良い。あとは全部こちらで済ませる」

「はははは! それを聞いて安心したぜ。それにな、俺はトロ子のこと嫌いじゃないんだよ。薄気味悪いヤツだけど、顔は良いんだよな。身体も俺好みだし」

「てめえロリコンか?」

「は! ロリコンで結構! 嫌ならお前は見てろよ!」

「馬鹿野郎! 金の為とはいえ、もう何ヶ月も禁欲してるんだぞ。若くて穴があればなんだって良いよ」

「違いねぇ。それにこんなカタチで女を抱くなんて、滅多に経験出来ねぇ。最高だぜ!」

「こいつ、最後には殺すんだよな? なら、死姦も試してみたいな」

「うぇぇ、マジかよ。おい、神取、お前どうするんだ?」

「遠慮しておこう。興味がない。ま、殺す時は俺がやる。夜が明ける前に満足しておけよ」

「何だよ、お前が一番恐ぇじゃねぇか」

「女より殺しが良いなんて、やっぱ神取は違うわ」

「俺は女と金が一番だぜ!」

「……ふん。早く始めろ」

「はははは! トロ子、嫌だったら泣き叫んでいいからな!」

 その言葉と同時、私は顔面にコブシを叩きつけられました。衝撃はすさまじく、私の頭はボールのように床の上を跳ねました。一瞬で意識が朦朧とします。周囲の声はカタチを無くし、まるで水の中のようだなと思いました。

 私は両足の拘束を解かれました。不確かな意識の中ではありましたが、私は足を動かし暴れました。しかし、男性の大きな腕が私のお腹を何度も殴りつけました。私の足はすぐに動かなくなってしまいました。もう、息をするのも苦しいです。でも、ワンピースを剥ぎ取られ、下着を鋭利な何かで切り取られる感覚はとても生々しく感じ取ることが出来ました。

「お気の毒に」

 私の頭上、渇いた声で神取さんがいいました。

 私はもう、良いかな、なんて気持ちが沸きあがって来てゆっくり目を瞑りました。

 そういえば、昆虫っていますよね。虫ですよ、虫。知っていますか、虫。私、虫のことはよく知らないんです。知らないんですよね。でも、これは凄いなぁっと思って感心したことがあるんですよ。虫ってね、死ぬほど危険な状態になると自分で神経を切ることが出来るんですって。食べられたりするときとか、ほら、いつも一気にパクリってやられる訳じゃないでしょう? そんなとき、足が無くなったり、お腹が無くなったりする瞬間に神経を切るんですよ。そうすると痛みを感じることなく死ぬことが出来るんです。アレは便利ですよね。

 出来れば、私もそうしたいなぁ、なんて思ったりするのでした。



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